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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第十二章 決壊 / 血海
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第71話 裏をかかれて

「…おかしい、なぜ敵軍は追ってこない……?」


 いや、追いつかれて嬉しいわけではないが、とクロパトキンは続ける。

 逃亡列車は奉天を出てから鉄路を一晩ひたすら走って長春を抜け、ハルビンへのラストスパートを駆けていた。

 その間、敵軍接近の報告すら一つも入ってこないのだ。


「随分な朗報じゃないですか。敵から逃げられたんですから。」

「だが、な…。どうもここまで不気味に追撃の気配がないと…。敵軍の進撃速度とこの汽車の速度の差なら、もうとっくに追いつかれていたっておかしくない」

「連中の作戦になにか不具合が発生したのでは?」


 されど彼は首をひねる。


「それでも変だ。眼前に無防備を晒す敵軍司令部がおめおめと逃げるのを普通、手を出さずに傍観するか?」

「せいぜい、蛮族の考えることですから我々には」

「その蛮族に我らはここまで惨めに逃げているのだぞッ!!」


 彼は拳を震わせて唸る。


「絶対に、これ以上出し抜かれるわけにはいかない…!クリミア戦争で国土を焦土にされて、今度は有色人種相手に敗けるなど…皇帝陛下の面子に関わるッ!」


 揺れる列車の中、戦略地図へ目を落として彼は皇國陸軍の動きを辿ってみる。まずは地図の海城を指で示した。


「ここ海城から敵軍はあの奉天まで数日で進撃した。一方我々は刻下、長春を越えてハルビンへの敗走中か。」

「近代戦争は点と線、すなわち鉄道網を基軸にして展開されますから、奉天から連中は長春、そしてハルビンへ進攻します、か。」


 側近が首を傾げる。


「確かに。連中の攻撃路と我々の撤退路は重なっているのに連中が来ないってのは怪しいですね」

「だろう?なにか引っかかりを覚える。

 ……我々を敢えて逃している、か?」


 クロパトキンは髭に手を当てて熟考する。


「連中には、我らの総司令部を超えた戦略目標がある。そのためには我ら総司令部は北に追いやるだけでいい、……そういうことか?」


 指で頭をトントンとやって、思考をフル回転させた。


「だが…総司令部を超えた戦略目標とは一体なんだ??

 敵軍は次に長春を制圧する。その次、鉄道網に従ってハルビンへ向かう。駄目だ、これだと我々を放置する利益がない。我らが北に行くことで開く隙間…、長春から出る鉄道線のうち、そんなものがどこに――」


 瞬間、彼の脳裏をあの忌まわしき鉄の悪魔がよぎった。


「…――自動車、だ。」


 愕然と、彼はそう漏らす。


「?どういうことです、司令?」

「そうだ…完全に失念していた。連中は自動車による機動戦力、つまり鉄道沿いでなくとも高速の進軍が可能なんだ。この世界の軍隊で、やつらの軍だけは戦争で点と線を繋がなくても良い!」

「ッ、そういうことですか!」


 装甲戦闘団は既存のインフラに縛られない。


「そうしたとき、我らが長春から北に退くことで戦線に開く隙間…

 ――ッ!不味い、東部の長白高原ががら空きかッ!」


 鉄道のないこの高原。まず線路の敷設から始めなければならず、歩兵は進軍が大きく滞るだろう。だが独立戦闘団『奔星』ならば、この高原をやすやす抜けられる。


「長白高原を行った先には、満露国境、ウスリー湖。そこから開ける平原を南下したら…!」


 みるみる顔を蒼く染めるクロパトキン。


「――…ウラジオストクっ?!」


 戦線の壊滅から半月足らず。その期間で皇國陸軍の最終目標を暴いてみせたのは、むしろ相当早いほうなのだ。


「まずいッ! やらかしたァッ!!」


 だがそれでもなお、事態を止めるには遅すぎる。

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