翌朝
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氷壁の類はゴーレムの破壊に伴って消滅していたので、陰丸は黒剣を引きずってそのまま自室まで戻り、泥のように眠った。道中で、なにやら興奮した様子のレイラが色々とまくし立てていたが、すべて無視した。戦闘での疲労というよりは、精神的な摩耗がひどくてもう何も考えたくなかった。
そして翌朝。
「起きろ、おい起きろ主様」
まだ耳慣れない声に急かされるようにして目を開けた陰丸は、床に真っ黒な剣が落ちているのを見て思わず頭を抑える。
そして天井あたりを濡れ羽色の髪の少女が漂っているのを認めて、ため息をついた。
「……半分ぐらい、夢オチを疑っていたんだけどな」
「勝手に空想上の存在にされてたまるか。儂をぞんざいに放り投げたまま眠りおってこの虚け者めが」
「つーかまだ4時じゃないか。……もうちょっと寝かせてくれ」
「ふざけるな、起きろ起きるのじゃ主様。散歩、散歩に行こうぞ」
主というならもう少し敬って、こちらの体力回復を優先させてほしい。
ぎゃんぎゃんとうるさい黒剣を握って、そっと机に置く。そして首を振った。
「お前は外には出さないぞ」
「なんでじゃ!」
憤慨した様子でレイラは拳を振る。殴られるかと思ったが、腕は陰丸の体を貫通した。どうやら触れはしないらしい。
「ようやっと出られたというんじゃ、外の世界を見せてくれても良いではないか。こんなじめじめした部屋に置きっぱなしなんて耐えられぬ。恩人に対して何たる仕打ちじゃ心は痛まんのか」
「そもそもあのゴーレム、お前のせいで出てきたんじゃないの?」
「封印破りの粛清で出てきたんじゃからお主のせいじゃろ」
「………やっぱ戻してこようかな」
「うそうそうそ!」
まあ、冗談はさておき。
問答で覚醒してきた頭を回して、陰丸は真面目に答える。
「実際、ほいほいお前を持ち出すわけには行かないと思うんだ」
「だからなんでじゃ」
「俺、めちゃくちゃ弱いんだよ」
本当に、びっくりされるぐらいに弱い。使える武器といえば木製の小刀だけなぐらいに。
そんな陰丸が、ある日突然2メートルを超す禍々しいロングソードをぶら下げてその辺を歩けば、たちまち噂になるだろう。そして武器の出自を問われるだろう。
あんな天災みたいな化け物に守られていた誘魔剣の存在が公になるのはまずいことぐらい、陰丸にだってわかる。
「分不相応な武器を持ってると注目される。そうしたらどのみち、レイラは再封印だ」
「……ふむ、なるほど」
「な? だからさ……」
「じゃあ、こういうのはどうじゃ」
レイラが言った途端、黒剣がぐにゃりと歪んだ。
どろどろと溶けるようにして形を変えたそれは、最終的に陰丸が普段使っている小刀と同じぐらいのサイズになった。
刀身もくすんで、以下にも安物っぽくなった黒剣から抜け出て、レイラは言う。
「出力は1/100まで落ちるが、まあ問題はないじゃろ」
「めちゃくちゃ弱体化するな……。大丈夫なのかそれ?」
「大丈夫大丈夫。ついでに言えば、儂の姿も宣言を通した奴しか見えんからの」
ふっふっふ、とレイラは満足げに笑って、陰丸に詰め寄る。
「これで連れてってくれるじゃろ? 主様」
◇
「うひゃー、すっごいのう。どこを見回しても人、人、人じゃ。全員若いのはどういう理屈じゃ? これが噂に聞く学校か? だがこの建物この豪奢な設備、なるほど素晴らしい」
「(……お前本当に見えないんだろうな)」
連れてきてしまった。
念には念で小黒剣は鞄の中にしまってあるが、陰丸からすればレイラがくるくると飛び回っているのが丸見えなので、ひやひやしっぱなしだった。
学舎というよりは宮殿に近い日之出学園。
その掲示板の前に、陰丸を含むほぼ全校生徒がいた。
学年末決闘の対戦表が張り出されているからだ。
「恋白は……。よかった、まともそうなのと当たってるな」
自分の相手の確認を一瞬で終えて、陰丸は唯一の友達の対戦相手に安堵する。実力で言えばやはり恋白の方が下だが、嫌な負け方はしなさそうだ。
「それだと僕がまともではないということになりませんかね」
大鎌なんて特殊な武器を見せびらかすように携えて、冷泉氷人が後ろにいた。
「……事実だろ」
「失礼な。あなたと違って僕はまともで優秀な学生ですよ。というか、武器はどうしました? ついに木刀にすら見放されたのですか」
「……放っておけ」
「ええじゃあそうしますよ。僕も多忙ですから。あなたがこの学園を去った後も、放っておくとしましょう」
自分から話しかけてきたくせにそんなことを言って、冷泉は第一演習場の方に消えていった。
「なんじゃあいつ嫌な奴じゃの。〆なくていいのか?」
「……いいんだよ、大事になったら面倒だし」
このあと恋白と昼食の約束をしている。そちらに遅れたら申し訳ない。
◇
「ど、どうしましょう陰丸さん……」
校舎裏に足を運ぶと、恋白はもともと白い顔をさらに蒼白にしていた。
「別に気にしなくていいよ」
弁当を食べながら、陰丸はぞんざいに返す。しかし恋白は泣きそうな顔で言った。
「だって、相手はあの冷泉さんですよ。実力もさることながら、一切の容赦なく相手を粉砕することで有名な……」
学年末決闘は、基本的にどちらかが戦闘不能になるまで続行される。一応、教師陣による身体保護は付与されるが、それだって完全ではない。
そして冷泉氷人は、過去二度、対戦相手を再起不能にしていた。
1人は凍らされた上で砕かれて、片腕を失った。
もう1人は氷刃に足を抉られて、松葉杖が手放せなくなっている。
「場合によっては……本当に、殺されちゃいますよ」
「まあ、なるようになるさ。それより、恋白は良かったじゃないか。相手がまともそうなやつで」
「でも陰丸さんが……っ」
「気にするなよ。実は昨日、武器の宣言が通ったんだ」
鞄から黒短刀の柄を取り出してちらりと見せる。
「え、本当ですか! おめでとうございます!」
「ありがとう。だから大丈夫」
「………………でも、水を差すようで本当に申し訳ないんですけど、それでも冷泉さんには……」
「まあ、何とかなるさ」
軽く笑って、陰丸は武器をしまう。
封印を解いたのは間違っていたかもしれないが、それはやはり黒剣のおかげなのかもしれない。
「そうじゃそうじゃ、主様があの程度の凡夫にやられるわけがあるまいて。にしてもお主、こんな美少女を手籠めにするとは意外とやるのう、凡な顔のくせに」
だけどレイラは本当にうるさい。
帰ったら布を巻き付けて棚隙間の掃除用具にしてやろう、と陰丸は笑みを引きつらせた。
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