模擬戦闘
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座学が終わり、模擬戦闘の授業になる。
模擬戦闘なので、当然ながらペアを組む必要があって、今日も陰丸と恋白はペアを組んでいた。理由は単純で、他の人との実力差がありすぎて勝負にならないからだ。
1キロメートル四方という大規模な演習場の隅っこで、陰丸は木製の短刀を取り出す。
恋白も、それに倣って腰からダガーを抜いた。ダガーというよりそれはナイフに近い。身体強化の出来ない陰丸は刃物の一薙ぎで死んでしまうため、片面の刃が潰されて峰打ちができるようになっている。
「ごめんな、得物の種類まで限定させてしまって」
「いえ……私は、その……陰丸さんと一緒にいられればいいので」
「ごめん風で聞こえなかった」
「なんでもないですっ」
恋白の声はたまに聞き取りづらいことがあって、なんだか聞き返すと毎回機嫌が悪くなるので陰丸は少し申し訳なく思っていた。
あまり雑談をしていると教師に睨まれるので、お互いに武器を構える。
「じゃあ、そろそろ」
「はい。……いきます」
何度も手合わせをしている仲なので、始めの合図は要らない。
ひゅ、と小さく息を吸い込む音がして、恋白の小さな体が肉薄する。一歩、二歩。一〇メートル近い距離を一瞬で詰められ、みぞおちの辺りに切っ先が迫る。
―――身体強化。
どこをどれぐらい強化するかは個人の判断に引っ張られるが、ありとなしでは全体的な性能が一段変わる。特に、小ささを生かして速度にリソースを振った恋白は、ぴたりと張り付かれると冗談抜きで見失いかねない。
体を引いて、初撃を避ける。返す刀で木刀を振るが、地面に這いつくばるように身をかがめ、かわされた。足首を払われて、バランスを崩す。がら空きの首に、ダガーの峰が迫る。
陰丸は、崩れたバランスに逆らわずに、もう片足で地面を蹴った。
くるりと、歪な後転飛びで恋白の二撃目を交わして、棒立ちの顎をつま先で蹴り上げる。
人の体を殴っているとは思えない硬い感触に顔をしかめて、そのまま振り抜く。たん、と着地して木刀を構える。
しかし、恋雪がくらくらと頭を揺らしているのを見て、構えを解いた。
「あー、……大丈夫?」
「あはは、喰らっちゃいました」
はにかんで、顎をさすり、恋白はほう、とため息をつく。
「その、……本当に身体強化は使ってないんですよね?」
「使わないんじゃなくて使えないんだけどね」
頑張って使おうとしていた時期もあったが、体が強張るばかりでちっとも効果がないものだから諦めた。
強化されている肉体に打撃を入れても、こちらがダメージを受けているようなものだ。実際、綺麗に脳を揺らされたはずの恋白はけろりとしていて、こちらのつま先はまだ痛む。
「……素の格闘大会があったら、ぜったい陰丸さんが優勝するのに」
「さすがにそれなら落ちこぼれではないだろうけど、優勝は買いかぶりすぎだよ」
「そんなことないです。だってそんな曲芸みたいな動き、今の五回生だって何人できるか……」
「いくら避けても、ダメージを与える方法がなければしょうがない。俺には、武器がないんだから」
自虐みたいで嫌だなと思いながら、陰丸は再び構えを取る。今度はこちらから責めるぞ、の意思表示だ。
退魔士学校では、外敵を屠るための特別な武器が支給される。それは万人に等しく与えられるが、万人が使えるわけではない。
宣言をして、適性アリと武器に判断されれば、固有の持ち主として認められる。
退魔士学校始まって以来の珍事が起こったのは、おおよそ五年前のこと。
『全武器に見放された学生』が、月城陰丸であった。
ただの木刀を振り回して、奥歯を噛む。
恋白の攻め方、癖を読んで先回りして、細かく動き回る的に確実に打撃を繰り出す。いくつかは外れ、いくつかは当たった。
しかし、その当たりの一つが、誘導されたものだと、当ててから気づく。
恋白の細い首で、木刀の切っ先ががつんと止まる。そして陰丸が硬直した一瞬の間に、小さな拳を腹に突き立てられる。
胃液が喉元までせりあがってきて、たまらず膝をついた。
「あ、だ……大丈夫ですか」
うかつに口を開くと吐いてしまいそうで、陰丸はうずくまりながら、手で丸を作るにとどめた。
―――だから、嫌なんだ。
こちらの攻撃は何発入れても有効打にならない。だが向こうの攻撃は、一撃でも入ればたやすく陰丸の耐久性を上回ってくる。武器で受けても木刀が折れるだけ。となれば回避しかないが、それにしたって速度でも負けている。
ようやく咳き込めるようになって、陰丸は片膝をつく。
そこで気づいた。
一〇〇メートルほど前方。
ちかりと、こちらに向かって青白い光が明滅して、陰丸は急いで起き上がった。
「え、ちょっと陰丸さん!?」
「黙って伏せてろ」
素っ頓狂な声をあげる恋白を抱き、中央から背を向けて身をかがめる。
その背中を、冷気が叩いた。
氷の礫を孕んだ突風が訓練場を一直線に突き抜ける。
途中で霧散することなく竜巻を横に倒したような氷風がわずか横を掠めて、背筋が粟立った。
「ああ、すみませんねぇ」
術者の鼻につく声は、遠くにいるはずなのに不思議と良く通った。
礫をいくつか受けて背中が痛む。顔をしかめて、陰丸は立ち上がった。
「制御ぐらいできるようになれよ、冷泉」
一〇〇メートルもの距離は軽々と詰められた。
青い宝玉のついた大鎌を軽々と抱えて、冷泉氷人はため息をつく。
「五回生なら、これぐらい避けられると思ったんですけどね。いやすみません、買い被りでした」
「恋白に当たったらどうしてくれる」
「自衛もできない人がこの学校に必要ですか」
氷人は陰丸を見て、それから恋白を見て、鼻で笑った。
「まあ、尾道さんは自分の武器も持っているようですし、なにより座学トップですからまだいいですが。貴方のその貧相な武器は何ですか?」
「……ほっといてくれ」
「月城家の武器庫になら、いくらでも上等なものが転がっているでしょうに。噂じゃ歴代で誰も使えなかった魔剣なんてのもあるらしいじゃないですか。お使いになったらどうです?」
「わかるだろ、なんで俺がこんなもの使ってるかぐらい。いい加減にしてくれ。どうしてそんなに俺に構う」
恋白を抱いたまま、陰丸は吠える。
それを真正面から見下して、冷泉は言った。
「弱いからですよ。弱いくせにいつまでもしがみついてみっともない。学年末の決闘で、引導を渡してあげますよ」
学年末決闘。
どうやっても避けられない暗い未来に、陰丸の気分が落ちていく。
冷泉の手前、あからさまに目を伏せるようなことはしないが、そんな心中の動揺を見透かしたように相対する男の顔に笑みが広がっていく。陰丸がよく見る、他者を下に見る非対称な笑みが眼前に立ちはだかる。
ちょうどそのとき時限の終わりを告げる鐘が鳴って、冷泉は薄ら笑いのまま踵を返した。
ゆったりと校舎へと戻っていく足音は、不疲無傷を象徴するように均一だった。
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