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退魔士と宣言

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 国立退魔士修練校・日之出学園・五回生。

 月城陰丸の一日は、走ることから始まる。

 ジョギングとか、そういう生易しいものではない。一日のエネルギーを使い切るつもりで全力疾走する。

 敷地だけは広い実家の、1キロトラック。

 肺が悲鳴を上げても、喉の奥から鉄錆の匂いがせりあがってきても、構わず足を動かし続けて、きっかり一時間を何とか走り切る。

 陰丸は荒い息を天に吐きかけた。

「十八、周……」

 一向に伸びない記録に歯噛みしても、結果は変わらない。

 身体強化が使えない以上、素の身体能力を上げることでなんとか誤魔化そうとはしているが、一時間で18キロしか走れないのは、1回生まで含めても断トツのビリだ。

 苛立ち紛れに地面を蹴って、家に戻る。

 こっそりとシャワーを浴びて、誰にも見つからないように鞄と木製の小刀を手に取る。自分の家でコソ泥みたいな立ち振る舞いをしなければいけないことに嫌気がさすが、どうせ家族と会っても気まずくなるだけだから仕方がない。

 なんて思っていたら、廊下でばったり親父と出くわした。

「学校か」

 低く響く声に気おされながら、陰丸は頷く。

「ああ」

「初歩操作も、未だに扱えないようだな」

「……無断で見るなよ」

 陰丸の不満は黙殺されて、ただ上から事実だけが降ってくる。

「身体強化して、四〇キロを一時間以内で走り切る。それが一回生の実技試験だ。五回生になっておきながら、なぜその程度のこともできない」

 返す言葉もなくて、陰丸は父の言葉を無視して横を通り過ぎた。

 しかし気になって、一つだけ尋ねる。

「姉貴は?」

「夜子ならもう出た。お前と違って出来が良いからな。国守の朝は早い。……陰丸」

「なに」

「帰ったら話がある。予定を開けておけ」

 それだけ言って、親父はすたすたと歩き去った。

 ―――くそ親父。

 心の中でだけ悪態をついて、無言で家を出る。

 途中で何度か使用人とはすれ違ったが、全員きれいに陰丸から目を逸らす。だから「いってきます」なんて言葉を使ったことはない。

 家での陰丸の地位なんて、そんなものだ。


◇


 退魔士の存在意義は、結局のところ『魔物』を迅速に撃退できるかにかかっている。

 なので、具体的に卒業が見えてきた五回生になってまで、座学を真面目に受ける学生は少ない。実技が良ければどうとでもなるからだ。

 その、数少ない座学を真面目に受ける学生、月城陰丸は、今日もせかせかとノートをまとめていた。

「魔物は私たちから食料を奪いにやってきます。魔物が食物に触れると、それらは即座に吸収されてしまいます」

 中年の女性教師が、こつこつと黒板にチョークを走らせる。

「大量に表れるそれら魔物は、いくら倒しても減ることはありません。そのため、かつて我々の先祖たちは何度も食糧難に苛まれ、相当数の餓死者を出し、そして対抗するために国と、対抗戦術を作りました。前者がここ、城塞国家日輪で、後者があなた方、退魔士と呼ばれる者たちです」

 地面とこちらを指す教師だったが、まじめに聴いているのは陰丸含め数人しかいない。大半は居眠りしていて、起きていてもひそひそとおしゃべりに興じている。

 やれ「先週の実習で悪喰を倒した」だの「新しい武器を使えるようになった」だのという言葉が聞こえてくる。

「だ、だれも聞いてませんね……」

 隣にちょこんと座っている色素の薄い少女、尾道恋白が苦笑いする。

 陰丸も、苦笑いで返した。

「まあ、総復習みたいなものだからなぁ……。ここで眠って模擬戦闘の授業で本気出したほうが、効率的って考えなんだろうね」

 それは正しい、とても正しい。

 恋白や陰丸のように『絶対に戦闘では評価を取れない落ちこぼれ』でないのなら。

「退魔士が実力を十全に発揮するには、各人に合った武器を携えなければなりません。それはなんでもいいというわけではなく、『宣言』をする必要があります」

 めげずに色々喋っていた教師は言葉を切って、ひと振りの剣を握る。

 目を閉じて、流れるように宣言する。

「『中里連理は主として両刃剣No138を従える者である。私の力を認め受け入れ、魔を滅する一振りとなれ』」

 そして、軽い調子で剣を天井に向ける。その先端から、ろうそくのように安定した炎が灯った。

「とまあ、こんな感じで。宣言を完了した武器には退魔力を流すことができ、術の行使も、魔物を切り伏せることも可能となります。実習で悪喰ぐらいならすでに倒している方もいるでしょうし、この辺は大丈夫ですかね」

 悪喰というのは最底辺の魔物の名称だ。攻撃能力は低いがとにかくすばしっこく、大量に湧くいわば害獣。

「宣言、ねぇ」

 ぽつりとつぶやく。

 それを聞いて、恋白は慌てたように両手を振った。

「か、陰丸さんもきっといつかできるようになりますよ。身体能力はピカイチなんですから」

「恋白は身体強化まではできるもんな。武器もあるし」

「あはは……武器といっても、ダガーなんですけどね

 五回生ともなれば大剣やら薙刀やら、大きな得物を携えているのが普通なのだが、恋白はダガー。陰丸は宣言すらできていない木製の短刀。

「先生」

 講義室の最前列に座っていた冷泉氷人が、手を上げた。

「なんでしょう」

「宣言すれば、どんな武器でも扱えるようになるのでしょうか」

 教師は淡々と答える。

「いえ、自らの退魔基数で扱える武器しか扱えません。例えば分不相応な武器を相手に宣言を行っても、弾かれるような感覚を覚えておしまいです」

「なるほど、退魔基数が後天的に上昇することはあるんですか」

「史上では数例ありますが、よほどの例外でしょうね」

「そうですか。つまり、武器の強弱はそのまま退魔士としての格につながると。……あまつさえなんの武器も扱えないような人間は退魔士として不適正だということですね。ありがとうございました」

―――あいつ……っ。

 そんなこと、知らないわけがないのだ。

 教室中から失笑が漏れて、それが自分に向けられていることに陰丸は唇を噛む。

 隣で恋白が立ち上がりかけたのを感じて、その手を掴んだ。

「いい」

「でも……っ」

「いいから」

 反論したって、惨めになるだけだ。

 どうせ戦闘が絡めば、無様に転がるのは陰丸なのだから。

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