プロローグ
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日々、魔物からの侵略に対して対抗し続けている城塞国家、日輪。
何百万もの命がひしめくその国の中枢で、二つの命が産声を上げた。
「測れ」
毛布に包まれた双子の赤ん坊を携えて、一人の男が言う。
それを受けて、水晶玉を持った老人は愉快そうに笑った。
「ほっほ。国家魔導士に向かってずいぶんと尊大な物言いだのう。のう夜頼、実はちょっと緊張してるんじゃないかえ?」
「本気で言っているのか」
「冗談じゃよ」
二人が話しているのは、百人は住めそうな大屋敷の一室。
赤ん坊を抱えている方、月城夜頼は急かすように双子を国家魔導士にかざす。
「良いからとっととこの二人の退魔基数を測れ。それによって今後のすべてが変わるんだ」
「そうじゃのう」
休む間もなく魔物からの攻撃を受けている日輪においては、退魔基数の強弱は文字通り人生を左右する。
退魔士になることができれば、国に雇われるもよし、用心棒として企業に雇用されるもよし、ギルドに加入して成果給で豪遊を目指してもよし。とにかく自由な人生が約束される。
逆に、退魔基数の著しく低い者の人生は悲惨なものだ。
ごくまれに商人として大成する者もいるが、大半の者は食料を生産する労働力としてこき使われる。
それをわかっていて、老人は夜頼に笑った。
「こやつら二人とも無能じゃったら面白いんじゃけどな」
「おい」
音もなく、部屋中の影が蠢く。
―――いい加減にしないと殺すぞ。
そう言われているような気がして、老人は慌てて水晶玉をかざした。
それを双子に順番に向けて、老人は言う。
「そっちの女の子は……ほう、97とな。こいつはすごい。50あれば一流が約束されると言われる中で、これほどの退魔力を持つとは」
「……そうか」
わが子の適性を出産直後に測るのは、割とよくあることだ。
普通、ここでずば抜けた適性があれば親は狂喜乱舞するものだが、夜頼はむしろつまらなそうに男児の方をかざした。
「こっちもだ。……どうせ無駄だろうがな」
「そんなことやってみないとわからんて。さて、どれどれ」
男児の額に水晶の中心を合わせて、覗き込む。
そして、数秒ののち。
老人は、ひび割れた唇の端をひくりと引きつらせて、言った。
「これは………ひどい。適正0じゃ」
「0か」
「ああ、こっちもこっちで規格外じゃな」
おそらく女児のほう、退魔基数97というのは、城塞国家日輪の歴代記録でも、限りなくトップに近いものだろう。
逆に、男児の方はぶっちぎりの最低値だ。
どんな一般市民でも、それこそ鞭打たれるような最下層の農民でも、一桁前半ぐらいの退魔基数はあるものだ。
男児の行く末に同情して、老人はすべすべの頬を指先で撫でる。
「この子は、苦労するのう」
対して、自分の子供の将来がほぼ確定したにもかかわらず、月城夜頼は冷めたものだった。
「使えなければプラントにでも送ればいい」
およそ我が子に向けるものではない、まるで使い勝手の悪い道具を見るような目で、泣き続ける双子を見つめていた。
◇
それから月日は流れ、17年後。
月城家嫡男、月城陰丸は退魔士修練校、日之出学園の校舎裏でひたすら素振りを繰り返していた。
使っている武器は、同級生に与えられるような立派なものではない。入学したての新入生に与えられる、木製の小刀だ。
同級生と模擬戦でもしようものなら一合で砕け散ってしまう脆い武器が、今の陰丸に唯一扱える得物だった。
「……くそ」
何に向けるわけでもない、強いて言うなら周り全てに当たり散らすような悪態が思わず漏れる。
遠くの方から聞こえる、爆音となにやら楽しげな騒がしい声に心を焼かれる。
6年をかけて優秀な退魔士を育成することが責務である退魔士修練校には、放課後でも学生が自由に使える演習場がいくつもある。
しかし、それらを陰丸は使えない。
持っている武器と退魔力に応じて使える演習場の規模が変わっていくというルール。
陰丸に使用許可が下りる演習場が一つもないからだ。
「入っても一瞬で蜂の巣にされるだろうから、いいんだけどさ」
先の見えない恐怖を押し殺すために、独りごとがもう癖になってしまっていた。当然、それで何が変わるわけでもなく、ただ虚しさと先行きの見えなさだけが募っていく。
そんな最悪な状況を上書きするように、素振りを続ける陰丸の頭の辺りに石が飛んできた。
側頭部を押さえて、痛みにうずくまる。飛んできた方を見るが既に誰もいなくて、どろりと額を流れる血の感触に唇を噛む。
―――人並みの、才能さえあれば……。
ぎりぎりと砂を引っかいている陰丸に、こつり、と足音。
「相変わらず無駄な努力をしているようですねぇ、センパイ」
粘つくような敬語に、顔をしかめる。
「冷泉……。こんなところまでいびりに来たのか」
「まさかそんな人聞きの悪い。同級生との親睦を深めに来ただけですよ」
どの口が言うんだ、とつばでも吐き捨てたい気分で、陰丸は起き上がる。
冷泉氷人。
日之出学園に入学して3年しか経っていないが、飛び級で五回生と同一のカリキュラムを受けることを許されている、まごうことなき天才の一人。
服の砂を払って、陰丸は言う。
「それで、何の用」
「いえね、ちょっとストレス発散に付き合ってもらおうかと、ね」
言葉と同時に、目の前から冷泉の姿が消えた。
とん、と軽い足音が背後から聞こえて、それを認識する前に陰丸の体が前に浮く。
「が……っ」
後ろから蹴られ、地面にたたきつけられる陰丸に、冷泉の声が上から落ちてくる。
「ああやっぱり、センパイは良い蹴り心地ですね。これほどのサンドバックはなかなかありません。誇っていいですよ」
「お、まえ……ぐぁっ」
起き上がろうとする頭を足で踏みつけられて、地面に額がぶつかる。全体的に痩身なくせに、その力は重機のように重たい。
身体強化。
一回生のうちから習う、そして陰丸は未だに扱えない、初歩にして基本の技術。
「ああ本当にすかっとします。といっても、あなた方姉弟にはいつもイライラさせられていますから、その分を返してもらっているといった方が正しいですけど」
「なんの、ことだよ」
「冷泉家嫡男にして退魔基数75の僕は、もっと天才としてもてはやされたっていいはずなんですよ。二段階飛び級だって日之出学園の歴史上、数人しかいないわけですし。なのに、わかるでしょう。同じ世代に月城夜子がいるから、さあ」
どろりとした粘っこい声がさらに粘性を増した気がした。
「あの人が残した記録が目を引きすぎて、僕が全然認められない。やれ退魔基数97だ。やれ4段階飛び級だ、ってね。挙句の果てには『生まれる世代が違えば天才と言われたかもね』なんて言われる始末ですよ。本当にもう、……クソが」
最後に強く踏みつけられて、頭に乗る圧が消える。
腰を走った衝撃が抜けずにがくがくと震えたまま、何とか体を反転させた陰丸は、せき込みながらも返した。
「……文句なら姉貴に言ってくれよ。俺は関係ない」
「ええそうですね、失敬。だけどセンパイだって十分他人をいら立たせていますよ。だって明らかに裏口入学じゃないですか」
「…………」
陰丸は黙りこむ。
正確に言えば、陰丸は裏口入学ではなくて推薦入学生だ。日之出学園の入試制度としてちゃんと存在する一形態で入ってきたため、違法な存在というわけではない。
ただ。
「名家、月城家。そして誰よりも目を引く才能を持った月城夜子。それらの威を借りるようにして何の才能もないくせに入ってきたのがあなたでしょう。違うんですか?」
「……だったらなんだってんだ。お前には関係ないだろ」
「ええまあ。でも、やっぱり腹立たしいし、消えて欲しいじゃないですか。何の力もないくせに五回生まで上がってきている時点で、むかつくんですよ」
とん、と再び軽い音がして、仰向けに震える陰丸の横に冷泉が現れる。
腹の上に足を置かれて、ゆっくりと圧をかけられて、呼吸が乱れる。
「あなたみたいな無能がいつまでも退魔士学生を名乗っていると、日之出学園の品も下がるし、四名家の名声だって堕ちかねません。わかってるんですか? ねえ、先代最強、当代もおそらく最強の月城家で、唯一落ちこぼれの嫡男さん」
「じゃあ、どうしろ、っていうんだ」
「別に、何もしなくていいですよ。どうせもうすぐあなたは終わりですし。いえね。学園長が今年から変わったじゃないですか。まあ僕の叔父なんですけど。どうやら根回しがようやく終わったようなんですよ」
「……なに、言って。……がっ、あああっ」
みしみし、と聞こえてはいけない音があばらの辺りから聞こえてきて、陰丸は圧迫感と苦痛に声を上げる。
「はっは。不細工」
「はぁ……はぁ……っ」
小馬鹿にするような笑みと共に、踏みつけられていた圧力が消えた。
「いやあ、今日はストレス発散に付き合っていただいてありがとうございました。せいぜい短い学園生活を楽しんでください。センパイ」
せわしなく呼吸をするしかない陰丸を尻目に、冷泉は片目を細めて軽く頭を下げて、校舎裏を去っていった。
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