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 祈るような気持ちで唱える。

「身体強化」

 視界がクリーンになって、陰丸は内心で安堵のため息をついた。

 向かいで同じように強化をした冷泉が、せせら笑う。

「おや、おめでとうございます。身体強化が使えるようになったのですね」

「口の減らない奴だな」

 目にもの見せてやる。

 黒短剣を前に構えて、ふくらはぎに力を入れる。軽くはじくような気持ちで前方に跳ぶ。そのまま、冷泉の首まで肉薄する。

 と見せかけて、寸前で真横に跳ねた。

「氷牙氷域・昇牙」

 鋭い氷錐体が突き出る。そのまま突っ込んでいたら貫かれていたルートだ。

―――術が思ったより速い。

 身体強化がかかっていてもひやりとする速度だ。

 追うように生えてくる氷錐を、陰丸は連続で避ける。

 腰をひねり、首を傾け、とにかく避ける、避ける、避ける。

「近寄らせませんよ」

 氷錐に押し戻されるように後退させられた陰丸に、冷泉は鎌を向ける。

 その先端に氷塊が発生し、同時に風が巻いた。

「氷牙氷域・塊刃旋風」

 ばきばきと氷を砕きながら発生した風は、竜巻を横倒しにしたような威力と圧力で陰丸に迫る。

 喰らったら終わる。かといって横に逃げても追いつかれる。

 横薙ぎの旋風が扇形を描いて追尾してきたら、冷泉との距離がある今の状況では逃げ切れない。

―――だったら。

 地面を踏みしめて、陰丸は息を吸う。ふくらはぎ、太ももまで感覚を解放して、全力で斜め前に跳ぶ。

 冷泉の戦法は一貫している。大鎌をタクトのように使い、氷錐体でルートを限定して旋風で仕留めるゴリゴリの遠距離型。

 だが、懐に入ることができれば、あの小回りの利かない大鎌で、短剣の陰丸に対応しきれるとは思えない。

 冷気に交じって、舌打ちが聞こえた気がした。

「近寄らないでくれますかねぇ、落ちこぼれの分際で」

 氷壁に進路を阻まれる。

 陰丸は勢いのまま黒短剣を突き立てた。速度の減衰と引き換えに壁は破れたが、正面に冷泉はもういない。

 右方に距離を取り、くるくると鎌を回す冷泉に、陰丸は挑発するように笑みを返した。

「逃げ回るだけか? 天才の名が泣くぞ」

「危なげのない戦術と、もたらされる確実な勝利。それこそ僕が示したいものです」

「そんなもん誰に見せびらかすんだよ」

「一般客に」

「……とことん、馬が合わないな」

 無能と知れたら嬉々として体を壊すくせに、実力自体は冷泉が言う無能に見せびらかそうとする。

「自己顕示欲の塊が……。恋白を傷つけたこと、絶対に後悔させてやる」

「ええ、頑張ってください。次のを躱せたらですけどね」

 大鎌を片手に持ち替え、もう片方の手も水平にかざす。

 まるでハグを受け止めるように広げられた両腕に、白い靄が渦巻く。

「氷牙氷域・塊刃旋風、双」

 それは悪趣味な鋏のようだった。

 発生した二つの旋風が、ものすごい勢いで両側から陰丸を潰しにかかる。

 逃げ場がない。少なくとも、二次元面では。

 全力で上に跳ぶ。

 氷錐を砕いて地表を蹂躙する二対の旋風を眼下に捉えて冷や汗が滲むが、冷泉の笑みが不気味なままで、直後に気付いた。

―――まずい。

 誘導された。

 二対の暴風を操りながら、さらに追加で術を発動するなんて高度なこと、無理だろうと高を括っていた。

 しかし、姉貴と比べられる程度には才能に溢れた、二段階飛び級の天才。

「氷牙氷域・塊刃旋風」

 冷泉の眉間から突き出るように、三つ目の竜巻が出現する。

―――避けられない。

 身体強化のおかげで、視界はクリーンだ。急速に近づいてくる旋風に含まれた、氷塊の細部までくっきりと見える。だが、逃げ場がない。

 打撲か、裂傷か。どちらにしたって食らい続ければ致命傷になる。

 とっさに陰丸は、ジャージの上着を破り脱ぐ。

「血迷いましたか。肌を露出させるとは」

「うる、せぇっ!」

 受け止められるなんて思っちゃいない。

 背中部分の布を盾のようにして、旋風に対して斜めに構えた。風圧で、陰丸の体がわずかに浮き上がる。

 さらに、布越しに氷塊の一つを下に叩き落とし、その反作用でさらに前方に跳ねた。

 旋風の数センチ上を弾丸のように突き進み、今度は陰丸が笑う。

「一度に出せるのは三つが限度みたいだな」

「っ、氷牙氷……」

「遅い」

 あらゆる術には、詠唱が必要だ。

『武器固有の接頭語・術名』で構成される詠唱は、どうしても発動にラグが出る。身体強化で唇の動きを早くしても限界はある。

 初めて全力で回避行動を取った冷泉の首を、陰丸の短刀が掠める。付与された身体保護を、わずかにえぐり取った感触がある。

 反応しきれていない冷泉の背後に着地し、すかさず二撃目。短剣だろうが、胴体に突き立てれば重症判定で試合が終わる。

―――勝った。

 しかしこのとき、陰丸は一つ失念をしていた。

 大鎌に一つだけ嵌った宝玉が、未だに使われていないこと。

 そしてその宝玉が、青く輝く。

 直後。

 足元から発生した氷柱に、陰丸の全身が覆われた。

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