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試合開始

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 恋白が攻撃されていると聞いて、陰丸はとっさに身体強化を使っていた。

 ―――使って正解だった。

 普通に走っていたら間に合わなかった。

 背後に恋白を庇って、黒短剣を構える。

「狙うなら俺を狙えばいいだろうが。なんで恋白を手にかけた」

「いや、誤解ですって。そちらの方が僕をここに連れ込んだんですよ」

「恋白が自分から攻撃するわけないだろうが!」

「はは、まあそうですよね。だってあなた方は弱いですもんねぇ。……おや、そういえばセンパイ、いつの間にか武器を手に入れたんですか」

 ぱちぱちと気のない拍手をして、冷泉は鎌を背に戻す。

「小さくてくすんでいて、いかにも先輩にお似合いの武器ですね。おめでとうございます」

「言ってろ。お前、後で後悔させてやるからな」

「ええ、楽しみにしていますね。張り合いがあった方が、僕も楽しいですから。ではまた、闘技場で」

 そして、悠々と冷泉が去った後で、陰丸は慌てて後ろを振り向く。

「恋白、足……、大丈夫か?」

「っはい。……幸い、体の芯まで凍ったわけではないので」

 そうは言っても、くるぶしぐらいまで氷で覆われている姿は足枷を嵌められているようで、とても歩けるとは思えない。

 噂にならないように、恋白の足をブレザーで覆ってから、ひょいと恋白を持ち上げた。

「わっ、ちょっと陰丸さん!」

「とりあえず医務室で解凍だな。痛くはないか」

「痛くはないんですけど……、これで通り歩くんですか嘘ですよね!?」

「強化してるから重くはないよ。……体勢については俺も恥ずかしいんだから我慢してくれ」

「はいぃ……」

 レイラは何故か大喜びで合った。

「いいではないか、青春じゃのう主様よ。お姫様抱っこまでしたらもう責任を持って結婚せねばならんの。はっは」

「……そういえばこの短剣な、布を巻いたらトイレ掃除とかもできるんだよ。多機能だろ?」

「うそうそうそじゃって冗談、冗談!」


    ◇


「さて」

 試合のスケジュールは、淡々と進んでいった。

 冷泉との対戦が次に迫った陰丸は、控室で防具のチャックをして、今更ながら焦っていた。

「……さっき強化を使っちゃったんだけど、やばかったか?」

 退魔士が扱う術は、退魔基数を消費することで発動する。

 そして一度消費した退魔基数は、日付が変わらないと回復しない。

 指折り数えて、陰丸は冷や汗を流した。

「さっき強化で5消費していると仮定すると……。最低でも俺の退魔基数が10以上じゃないと詰むな」

 先日まで0だったのだから、その可能性は十分にある。

 恋白を助けるためだったのだから後悔はしていないが、それにしても、と陰丸は頭を覆う。

「レイラ。お前、俺の残基わかったりしない?」

「さあのう。まあもしわかっても、乙女の肢体で便所掃除しようとする奴には教えんがの」

「……肥溜めに落とすぞ」

「そんなに心配するでない」

 薄い胸を張って、レイラはにやりと笑う。

「主様が携えておるのは安物に見えても最強の誘魔剣様じゃ。ピンチになったら黒剣でやればよいじゃろ」

「スカウトと一般客が満載の会場でそんなことやったら、お前も俺も終わりだぞ」

「手足を失う方が良いなら止めはせんが」

 いやでも、これだけは覚えておけ。そう言ってレイラは陰丸の鼻先で指を立てる。

「ピンチになったら、黒剣を出すことは考えておけ」

「だからそれをやったら……」

「瞬き一つ分にも満たないわずかな時間で良い。刹那であれ、黒剣となれれば儂は主様に強力なブーストをかけてやれる。……万が一の時は、思い出せよ」


    ◇


『学年末決闘・64試合目:冷泉氷人 対 月城陰丸』

「ああ、本当に来たんですね。逃げ出すと思っていました」

「逃げるわけないだろうが」

「そうですよね。敵前逃亡は赤評確定ですからねぇ。まあ、どのみちセンパイは今日で除籍ですけど」

「口を開く前に服を考えろよ。見栄え悪いぞ」

 学校指定のジャージの上からローブを羽織って大鎌を背負った冷泉に、陰丸は言い返す。

 隠すどころか見せびらかすように黒いローブの端を掴んで、冷泉は笑った。

「これと鎌は、僕の退魔士としてのシンボルですから。くすんだ武器を振り回して悦に浸っているあなたにはわからないでしょうね」

「わかりたくもないよ」

「それにしても、この試合は注目を集めていますね。まあ、月城と冷泉の嫡男対決ですからさもありなんって感じですけど。……可哀想に」

 大鎌をくるりと腕で回して、冷泉は構える。

 陰丸も、黒短剣を腰から抜いた。

 開始を告げる太鼓の音が、闘技場に響き渡る。

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