決闘当日
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それからの数日は瞬く間に過ぎていった。
そして迎える、学年末決闘当日。
黒短剣を腰に携えて、陰丸は登校する。
普段の日ではないぐらい人でごった返す通学路に、過去四年間の散々だった決闘の思い出が脳裏をよぎる。
「うおー、なんだかお祭りみたいじゃ。出店もあるぞ」
そんな陰丸の内心を無視するようにはしゃいだ声を上げ、レイラは落ち着きなく周りを見回す。
「なんか妙に人が多いのう」
「そりゃ、学年末決闘は催し物の扱いだからな。一般客も来るし、前列には国守や企業のスカウトもいる。突出した実力を見せつければ、学生のうちからスカウトが来ることもある」
「要するに目立てれば嬉しいってことじゃな?」
「真っ当な目立ち方ができればだけど」
身体強化もできずにズタズタにされても目立つには目立つが、それがプラスになることはない。
最強誘魔剣レイラ様は、退魔士の就職事情はどうでもいいらしかった。くるくると回りながら、うわごとのように呟く。
「肉串美味そうじゃのう……。あ、りんご飴もあるぞ。あっちにはパンもある。素晴らしい、なんという贅沢な空間……っ」
「買っても食べられないだろ?」
「うるさいわ。目の保養という概念を知らんのか主様はまったくもう」
「食べられないものを延々と見せられるってどっちかというと目の毒じゃない?」
「ええい黙れ。そして我慢ならん。わ、儂はちょっとそのへんを見て回ってくるからの。後で合流しようぞ」
ではな、と言って陰丸の返事も聞かずにレイラは飛び消えていった。
瞬く間に見えなくなった黒いワンピースの少女にため息をついて、陰丸はそっと黒短剣の柄を撫でる。
―――冷泉に、勝てるだろうか。
黒短剣での強化はなんとか扱えるようになったものの、それだけで。
言い方を変えれば、一回生程度の技術で、五回生のトップに対抗することができるのか。
しかも陰丸は、未だに自分の基数がわかっていない。それは退魔士にとっては致命的と言えた。
退魔基数とは強さのパラメータであると同時に戦闘の生命線でもある。だってあらゆる術は退魔基数を消費することで発動するから。
そして例えば、自分の残基が二〇しかないときに、基数を三〇も四〇も消費する術を使おうとしても発動しないから。
決闘中にそんなミスを犯せば決定的な隙となるし、魔物との戦闘中にやらかすと死に直結する。
―――身体強化が使えるから、基数は上がってる、と思うんだけど。
先行理論が正しければ、少なくとも5は基数がある、はずだ。いや、さらに武器も使えていることを考えれば10ぐらいはあるのか。
姉貴経由で退魔導士を紹介してもらうこともできたが、誘魔剣を見せるのはなんだか怖くて頼めなかった。
「……ああ、そういえば」
午後は半休をもらうから、見に行く。と今朝がた姉貴が言っていた。
任務が長引けば休みなんて塵のように吹き飛ぶのが国守の定めだが、もしかしたらいるかもしれない。いたらいたで、スカウトとフラッシュの嵐だろうけど。
四年前、まだ一回生だった姉貴に舞い込んだスカウトの量を思い出した陰丸は、またちょっと気が重くなる。
―――どうしてこうも、俺の周りには天才が多いのか。
姉貴に、冷泉に、分野は違うが恋白あたりも。
そんなことを考えていたら、唐突にレイラが戻ってきた。
「主様!」
「どうした? パフェでもあったか?」
「そんなこと言っとる場合か。お前といつも一緒におった女がやばいことになっとるぞ」
校舎裏を指さす。
「人気のないとこで、冷泉と二人きりじゃ。一触即発の雰囲気じゃったというか、すでに冷泉は攻撃し始めておった」
「はあ!? なんで」
本当に意味が分からない。あの二人に直接の関係はないはずだ。
混乱しながら、慌てて陰丸はレイラの後ろを駈け出した。
◇
「陰丸さんを、壊さないでください」
陰丸が泡を食って駈け出す数分前、尾道恋白は冷泉氷人を校舎裏に連れ出していた。
青い宝玉をはめ込んだ大鎌を携えて、氷人は奥行きの浅い笑みを浮かべる。
「八百長を持ちかけるのはご法度ではないですか? 尾道センパイ」
「別に、八百長じゃないです。勝つのは、冷泉さんでいい」
負けた場合の陰丸の処遇を知らない恋白は、そう言って頭を下げた。
「武器を手に入れたとはいえ、陰丸さんはまだ覚えたてです。きっと冷泉さんとの間には実力差がある。……だからこそ、冷泉さんも、勝ち方は選べるはずなんです」
あんな、過去の決闘のように、対戦相手の体を欠損させるような無慈悲な勝ち方をする必要はないはずだ。
「まあ、不可能ではないでしょうけど。……わかりませんね」
頭を下げる恋白に、氷人が返したのは純粋な疑問だった。
「どうしてあの無能のために、そこまでするんです? 聞けば、恋白さんが退魔士学校に残っているのも、アレが原因らしいじゃないですか。貴女の実力があれば、今すぐにでも退魔導師として職を得られるでしょうに」
「確かに、陰丸さんに対する評価は、冷泉さんの言う通りかもしれませんが……」
いちいち説明するのは勿体ない気がして、恋白はそこで言葉を切る。
心にあるこの気持ちとニュアンスが異なってしまうとは思ったけど、簡潔にまとめた。
「……憧れだからです」
「ああ、そうですか」
つまらなそうに、本当につまらなそうに冷泉は空を仰ぐ。
背負った鎌に手が伸びる。
「ですがお断りしますよ。無能は退魔士として卒業するべきじゃない。腐った部分は切り捨てないと、腐敗はどんどん広がっていく」
「あなたが独断で、それを決めるのですか?」
「ええ、僕以下の実力の人間は、僕の物差しで測れます。だから退魔士としての貴女も、僕は測れる。……明らかに、ここにいるべき人じゃない」
冷たい目で恋白を見た。
「氷牙氷域・昇牙」
冷気があたりに充満する。
恋白が飛びのいた瞬間、今まで立っていた場所につららを逆さにしたような氷塊が突き出た。
続けざまに為される攻撃に慌てて強化をかけて、恋白は言う。
「どうしてですか! 冷泉さんの実力で、どうしてそんなに下を踏みつけにできるんですか」
「それは、あなた方が下にいるからですよ」
「答えになってません」
「いいえ、それが答えです」
校舎の壁も使いながら避け続ける恋白だが、いつまでもは続かない。氷塊が増えるほど逃げ道がなくなっていく。
もし通りに出ても冷泉が攻撃を続ければ一般人に被害が出る。
―――だったら。
「懐に入ろう、と思いますよね。でもそれは悪手です」
佇んでいたはずの冷泉に、瞬時に肉薄される。声が真正面から響く。
虚を突かれた恋白に囁くように、冷泉は笑った。
「貴女も足を失えば、退魔導師になってくれますか?」
鎌につけられた宝玉が青く輝いて、恋白の足が下から氷に覆われていく。
ひきつったような痛みがつま先から順に走っていき、恋白は思わず目を伏せた。
「欠損する瞬間を見るのは、怖いですか?」
「いや……申し訳ないな、って」
「は?」
答えは空から降ってきた。
「なにを、やってるんだお前は!」
怒声に慌てて飛びのいた直後。
寸前まで冷泉のいた場所に、陰丸の拳が突き刺さった。
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