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魔王さま、賃貸ダンジョンはじめました  作者: 瀬川綱弘
File1-1:初心者ダンジョン経営編 ――人生/初心者/魔王
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第6話:ニート、家を買う

「……高い」


 俺は不動産屋で物件を見ながら、げんなりと唸っていた。


   *


 結局、あのあと気絶するように寝た俺は、昼になってようやく目を覚ますことになった。当然、先に起きていたゼノビアさんは椅子に座って刺繍をしているようだった。


 紅い布をチクチクを縫うゼノビアさんの指はところどころに血の跡があった。……不器用なのだろうか。


「……えー、ゼノビアさん。なにをしていらっしゃるので」

「魔王城で拾っていた布をあつらえているのです。このままではボロ切れですが、いま私たちの持つもので一番価値があるものですよ」

「マジかあ」


 俺たちの所持品ボロ切れ以下かぁ。


 俺も自分の服装を見る。


 ……うーん、カットソーに短パン。よく見たらこんなもの俺は着た覚えがない。デザインも非常に簡素で、縫い目も粗かった。


 きっとこの世界の技術で造られた服に違いない。もし現代から持ち込めたものなら量販店のものといえどすごい価値になったはずなのだが、世の中ままならないものだ。


「さあ、目が覚めたなら物件を見に行きましょう。新生活一日目ですよ」


 そして、切実な生きるための命綱でもある。

 昼の日差しを受けながら、俺は寝癖のついた頭を撫でた。ううむ、さて困ったぞ。まあでも、寝たらなんとかなる気がしてきた――。


   *


「……と、朝には思ったんだけどなぁ」


 いやあ、ダメなもんはダメだね。そんな風に不動産屋の掲示板に貼られた物件情報を見ながらハハハと笑った。


 村にある不動産屋の前には掲示板が設置されていて、そこには何枚もの不動産情報の書かれた紙が貼り付けられている。その一角に、お目当てのダンジョン情報が貼り付けてあった。ひとつだけ。


 うん、未だに数字も読めないけれど確信できる、これはダメだ。買えない。だって桁数が多いから。これはふつうに億を越えてるね。そして、買い切りの値段が書いてあるということは賃貸じゃないということだ。


「賃貸ダンジョンとかないじゃん……」

「時間が経つと斜陽業界になるものですね」


 しまった。この人300年の間お城に引きこもってたんだった。おっとっと、さっそく前途多難だぞ。


「というか、なんでダンジョンが売ってるんだ? ふつう、バケモノとかがでて人に嫌われるものなんじゃ」

「ああ、魔王さまはそういう認識なのですか。ダンジョンとは、謂わば放牧地のようなものですよ」

「放牧地?」

「はい、例えば、そうですね――」


 ゼノビアさんが俺の目線にあわせるためにかがみ込むと、指でひとつの物件を指さした。


「若草森林ダンジョン。ここは木々によって構成されているそうですが、ダンジョンは外部とは隔絶されるが故に独自の生態系が形成されます。

 その結果、他の地域では天敵や環境の変化によって生存できないモンスターも棲息することができるわけですね」

「モンスター……それって危なくないのか? 誰がありがたがるんだ。それに中から出てきたら危ないだろ」

「もちろん、大量発生した場合は危険です。危険ですから、購入者が厳重に管理しなくてはいけません。ですが、それだけの恩恵はありますよ」


 ゼノビアさんの指がすっと紙の上をすべって、ある一角を指した。あとの話から推測して、棲息モンスターの一覧のようだった。


「例えば、このレアモンスター。リトル・ボアですか。彼らの牙は美術品として重宝されるのですが、その肉が美味であり戦闘能力も低いため、外界では真っ先に襲われて死んでしまいます。ですが、ここなら一定数棲息しているので、牙を持ち帰ればお金に変えられます」

「ほう! ……でもダンジョンを買って、管理して、自分でモンスターを狩ってお金を稼ぐ……って、ずいぶん肉体労働だな」

「いえ、違います。実際は冒険者から入場料をとるのです」

「入場料」

「はい。適性レベルの狩り場、レアドロップのある狩り場、そういったものは冒険者には大人気ですからね」


 完全にMMOの世界ですね。


「狩り場、訓練場、環境保護――様々な要因でダンジョンは重宝されたのですが。それにしてもおかしいですね」

「おかしなところしかないけど」

「この街の周辺にもダンジョンがあるから、こういった物件情報が出ているのですが、そのわりには冒険者の姿を見かけません」


 うわあ、スルーされたよ。


「かつてはあれほどいた、一攫千金を狙う餓えた獣のような死肉喰らいの乞食たちがいないとは……」


 なに、冒険者に恨みでもあるの? ……ありそうだね、うん。


「そりゃそうだニャ。だってそれがこの村唯一のダンジョンだからにゃ」


 背後に振り返ると、俺の真後ろには掲示板を覗き込むミレイナがいた。


「……なんだよ、ついてきてたのかよ」


 何故か言葉がぶっきらぼうになったが、俺は極めてふつうに完膚なきまでに平静であった。ところで前屈みになられると綺麗な御胸がパンパカパーンなんですがそれは!


「違うにゃ、キミたちが目立ちすぎてるだけ~。なにしてるのかって気になっちゃったの。

 それで、ダンジョンなんて買おうとしてるのにゃ?

 まさかダンジョン管理士の家柄なのにゃ?」

「ダンジョン管理士?」

「あれ、違うのかな? ダンジョンを欲しがってるから、てっきりダンジョン管理士試験に通ってる子なのかと思ったにゃ」


 えっ、そんなの試験通らなきゃダメなの。それじゃあそもそも買えないじゃん!

 ビビっていたら、ゼノビアさんが頷いた。


「はい、私がダンジョン管理士準2級の資格を持っています」

「ほほーう、メイドさんが持ってるなんて珍しいにゃぁ。じゃあ、そっちの子はまだお勉強中ということなんだにゃ」

「……そ、そういうことだな。それで、これが唯一のダンジョンってどういうことだ。なんで誰も買ってないんだ」

「ま、管理人が逃げちゃったからね。なにせこの国は隣のお国と喧嘩しちゃったからにゃ。いまは小康状態だけど、いつ再開するのやら」

「ああ……」


 そういえば、昨日も戦争がどうとか聞いた気がするな。


「このご時世にダンジョンなんて経営してたら、真っ先に命を狙われてしまうからにゃ~。なにせダンジョンなんて籠城には持ってこい、とっとと管理人を始末するなりしてくるからにゃ。それに……」

「それに?」

「魔王も復活したらしいから、信心深い人からは人間を裏切る人非人(にんぴにん)のレッテルを貼られてしまうのにゃ」


 ゼノビアさんが、その言葉を補足する。


「ダンジョンとは、元は魔王たちが造りだしたものを、人間たちが独自に管理し運用するようになったものですからね。元は敵の技術、それを運用していては裏切りを勘ぐられることもある……と。そういうことですね」

「そ、そうだな! そのくらい基本中の基本だ!」

「あれ、基本だったかにゃ?」


 ぎくっ。あれっ、なんか不味いこといった!?


「そういう歴史問題はもうお爺ちゃんが語り継ぐくらいのお話の気がするのにゃ」

「根城さまは背伸びしたがりなので」

「なるほど、雑学を語りたいお年頃なのにゃね」


 ゼノビアさんに睨まれた。ううう、迂闊だった。頷くだけにしておけばよかったか。この姿じゃなきゃ一発でアウトだったのではないだろうか。子供というのは便利だな。


「でも、よくこんなご時世にダンジョンを買いたがるなんて物好きにゃねぇ。

 ははぁ~ん、もしかしてキミが最近復活した魔王だったりするのかにゃ?」


 ニヤリと笑いながらミレイナがこちらの顔を覗き込んでくる……おおおおお落ち着け!


「そうですよ」


 ゼノビアさんがとんでもないことをいった。


「根城さまが魔王さまです」

「なに言ってんの!?」


 隠すって話だったじゃん!?

 ミレイナも「おー」と驚いた様子だった。


「そうだったのかにゃー、ずいぶん可愛らしい魔王さまにゃ」

「ええ、いつも自分は魔王だ魔王だと……」

「うんうん、魔王って響きかっこいいものにゃあ。勇者じゃなくて魔王に憧れるお年頃なのねん」


 ……あれ? なんか心なしか生暖かい目になられてるぞ?


「ええ、なのでこの世の中でもダンジョン管理士に憧れを抱いているようでして。ダンジョン経営で家を復興したいと……」

「なるほどにゃ~、なかなか剛胆な子にゃ。そういうことならミレイナがおいしい情報を教えてあげよう!」


 ぴんっ、とミレイナが人差し指を立ててウィンクをした。


「不動産屋さんがいつも言ってたにゃ。ダンジョンは浮かせておくと環境が大変なことになって、後々自分が管理責任に問われて大変だって」

「ほう。それは確かなことなのですか」

「うん。だって抱きつかれながら愚痴られてるからにゃ」


 大変っすね、酒場の看板娘も……。


「だから、頼めば分割ローンで買わせてくれると思うにゃよ」

「……まあ、4万ほどしか」

「だいじょぶだいじょぶ」


 マジかよ。


「まあミレイナさんにお任せにゃ!」


   *


 結論から言うと、ダンジョンはアッサリと借りることができた。


「はい、それじゃこっちの契約書にサインしてね」


 丸眼鏡で頭の禿げたおっさんに契約書を差し出されたので、テーブルについたゼノビアさんがサインをした。


 俺は隣で、ミレイナに抱っこされてその様子を見下ろしていた。


 ……おお、なんだこの特等席。すごいぞ。背中におっぱいの感触がある。赤ん坊たちはみんなこんなお金のかかりそうなことを無料で堪能しているのか。なんかすごい羨ましいぞ。


「ね、言ったとおりでしょ?」

「すごいなミレイナ……」

「こらこら、ミレイナおねえちゃんでしょ」

「すごいなミレイナおねえちゃん!」

「よし!」


 うりうりうり。抱きしめられて後ろから頬をこすりつけられた。あっ、ほっぺめっちゃ柔らかい! すごい! 砂糖みたいに甘い匂いがする!

 あっ、これはいい。俺もう子供でいいや。こんなことしてもらえるなら俺ずっと子供でいい。


「……なんて顔してるんですか、根城さま」

「えっ」

「終わりましたよ」


 契約書を手にしたゼノビアさんが俺を冷ややかな目で見つめていた。突き出された契約書には……まあ読めないのだが、赤い拇印が押されていることはわかった。これで売買契約が済んだらしい。


「とはいえ、条件付きですが。

 ……現在、若草森林ダンジョンには、面倒なモンスターが住み着いているようでして。それによってダンジョンから逃げ出すモンスターが増えて面倒なことになっている様子。

 それを討伐してみせたら、正式に分譲賃貸ダンジョンとして提供してくれるそうです」


「にゃー、ウドおじちゃん、素直に売ってあげればいいのにー」

「無茶いわないでよ、ミレイナちゃん」不動産屋のおっちゃんが苦笑した。「見ず知らずの人に売るだけ破格なんだよ」


「そんなこといってー、いつもあたしのお胸で愚痴ってるくせにー。奥さんに言いつけちゃうにゃよ」

「ミレイナちゃん、ごめん、ごめんね! でもこれが最大限の譲歩だから! それにあのモンスターをどうにかできなきゃ、そもそも管理だってできないよ」


「むぅー。しょうがないにゃあ。なら、酔ったふりしてるだけなのも大目に見てあげるにゃ」

「ひえっ」


 おっちゃんの目が泳いだ。……うん、わかるよ。こんな猫娘がディアンドルを着てたら胸に顔を埋めたくなるよね。ところで耳元で聞こえたミレイナの声が笑っていなかった気がするのだが、もしかしてゼノビアさんとは逆に笑顔で内側に毒をため込むタイプかな?


「ネジローはこんな大人に育っちゃダメにゃよ?」


 ぎゅー、とされる。


「は……はい」


 実はあなたより年上でございますよとか言ったら殺されるので一生懸命に隠そうと思いました。


「それでは、まずはダンジョンの下見へ行きましょう。……申し訳ありませんが、ミレイナさま。ダンジョンではなにがあるかわかりませんから、ここからはふたりだけにしてもらえるでしょうか」

「あいさーっ、いってらっしゃいにゃ!」


 ミレイナに降ろされた。うう、背中に冷や汗をかいてしまった。

 すると、ゼノビアさんが俺の手を握ってくる。暖かい手だったが、昨日とは違って赤く点々とした刺し傷が目についた。保護者のような手だ。


 それにしても、ダンジョンか……。


 俺は心なしかワクワクしている自分に気づいた。だって、俺は独り暮らしすらしたことがない。物件だって選んだことがない。ついに俺は、自分たちで選んだ城に住むことになるのだ。


 これがワクワクせずにいられるだろうか。

 ゼノビアさんに手を引かれながら、俺は鼻歌を口ずさみはじめた。

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