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「わたくし、やっぱり無理ですわ…どうして、誰もわかってくれないの…」
凛子は七夕屋の帰り道、家に帰る勇気がわかず、道端に座り込んでしまっていた。凛子の目から大粒の涙が流れる。
「——あらあら、そんな顔をしていたら、髪飾りまで寂しそうに見えるわ」
凛子が声の先を見ると、髪にあやめの簪を挿した着物の女性が立っていた。女性は凛子に寄り添うように話しかけた。その声は優しく慈愛に満ちていた。
「…わたくしのこと誰も大事じゃないのよ……」
「どうしてそう思うの?」
女性はそう言いながら、凛子にハンカチで涙を拭くように進める。
「わたくしの気持ちを全部無視されるの…」
「そうなのね。それは悲しいわねぇ。理由は聞いたの?」
女性には、独特の雰囲気があり、凛子は正直に全て話してしまう。
「わたくしが結婚を嫌がったからよ」
「あら、それだけで…?」
女性はそれは正当じゃないのかしら?と凛子に寄り添いながら、会話をしてくれる。凛子の心はどんどん軽くなっていく。
「否定しないの?わたくし、わがままでしょう?」
「どうしてそれが我儘と言えるのかしら?私は我儘だとは思わないわよ」
女性は凛子の頭を撫でる。
「でも、親なら貴方を一番に考えた行動だと思わない?」
「…それは分かっていますわ。でも、それでも、わたくしの考えを尊重して欲しかった」
凛子は下を向き、また大粒の涙を流す。
「——ねぇ、お嬢さん。結婚ってね、決して悪いものでは無いのよ。幾万の縁の中からたった2人の縁が繋がれる」
「……」
女性の言葉に凛子は顔をあげる。
「私、何百年も見てきたの。私の主人たちは晴れ姿に似合う笑顔でその日を迎えて行った」
美しくゆわれた髪を簪で飾り、笑顔で友人や親たちに手を振る主人たちの顔を思い出す。
「お嬢さんは簪をもう婚約者さんから貰ったかしら?簪はね、人生のお友達なの。このあやめもたくさんの人生を共にしたわ」
女性はあやめの簪に触れる。あやめの簪は古そうではあるものの輝きを失っておらず、一目見れば、大切にされてきたことがわかる。
「…わたくし、もう一度夏彦さんとお話しますわ。両親とも…!」
「えぇ、応援しているわ」
女性は凛子の頭を撫でた。
「お姉さん、話を聞いてくれてありがとう——あら?」
凛子がお礼を言おうと女性を見た時、そこにはもう誰も居なかった。彼女が居たという事実はハンカチが無ければ幻だったと感じるほどに、足跡も何もかも跡形もなく居なくなっていた。
遠く離れた森の中で、女性は静かに微笑む。
「これで貸一つ、よ」
あやめの簪が風を受けて、かすかに揺れた。




