第4話 命の分かち合いと、溶けゆく心
深い、暗闇の底へと沈んでいく感覚。
指先から急速に熱が失われ、自分の心臓の鼓動すらも聞こえなくなっていく中で、不意に、凍りついた唇にひどく熱いものが押し当てられた。
『――メルティア。俺を置いていくな』
切羽詰まったルシアン様の声と共に、強引に開かれた唇から、燃え盛るような黄金の熱が注ぎ込まれてくる。
それはただの魔力などではない。最強の白龍が、自らの胸から直接引き裂いた『命の核』そのものだった。竜族にとって最大の禁忌である命の譲渡。その莫大な熱と生命力が、私を内側から食い破ろうとしていた猛毒を瞬時に焼き尽くし、消えかけていた命の火を激しく燃え上がらせていく。
息が止まるほど深く、執拗な口付け。
彼から途切れることなく流れ込んでくる熱情に焼かれながら、私は再び深い眠りへと落ちていった。
***
ふたたび重い瞼を開いた時、私はルシアン様の私室にある、雲のように柔らかな天蓋付きのベッドに寝かされていた。
「……っ、ルシアン、様……?」
身を起こそうとした瞬間、背後から伸びてきた力強い腕に、すっぽりと背中を包み込まれた。
見上げると、そこには私を抱きしめるように背中に凭れかかっているルシアン様の姿があった。彼の美しい顔には、いつもの気怠げな余裕はなく、ひどく疲れ切ったような、けれど心の底からの安堵に満ちた色が浮かんでいた。
「……気がついたかい。どこか痛むところはない?」
「いえ、痛みは、まったく……。あの、私は、たしか毒を……」
「そう。君は死にかけた」
ルシアン様は私の肩に顔を埋め、その長い金糸の髪を私の首筋に擦り寄せた。
私を抱きしめる彼の腕は、骨が軋むほどに強く、微かに震えているようにも感じられた。
「困った子だね。俺からこんな余裕を奪うなんて」
耳元で囁かれたその声は、甘く、紡がれたすべての言葉が逃げ場のないほどの重さを孕んでいた。
ルシアン様がそっと顔を上げると、至近距離で見つめた。
「人間の命は短くて脆いから……俺の命を、ちょうど半分君にあげたよ。これで君は、俺と同じだけ生きて、俺と同じ瞬間に死ぬ」
「命を……半分……?」
あまりにも途方もない言葉に、私は息を呑んだ。
他者に命を分けるということは、彼自身の力や寿命を永遠に削り取るということだ。世界中の何事にも執着しなかった彼が、欠陥品である私のために、そんな自己犠牲を払ったというのか。
「ルシアン様……どうして、私なんかにそこまで……っ」
「君なんか、じゃない。君は俺のただ一つの至宝だ。俺の世界を鮮やかに繋ぎ止めてくれる君を、失えるはずがないだろう?」
彼は私の頬を愛おしげに撫でると、その指先で私の唇をそっと開かせ、再び深く、刻み込むような口付けを落とした。
これまでののらりくらりとした態度はどこにもない。そこにあるのは、私をどこにも逃がさないと宣言するような、絶対的な捕食者としての執着だった。
それからのルシアン様は、人が変わったように過保護になった。
私に下働きを一切禁じ、どこへ行くにも自分の腕の中に閉じ込め、他の誰の視線にも触れさせまいとする激しい独占欲を見せた。
数日後、私が完全に回復したと聞きつけ、シオン殿が私室を訪ねてきた。
ルシアン様の腕の中に抱き込まれた私を見たシオン殿は、私から微かに漂う『白龍の命の気配』に気づき、すべてを悟ったように穏やかに微笑んだ。
「……ルシアン様が、自らの命を半分削られるとは。私の浅ましい恋心など、到底及ぶものではありませんでした」
シオン殿はルシアン様に対する深い敬意と、私への祝福を込めて、深く一礼した。
「メルティア殿。あなたは、最強の竜に選ばれた真の番だ。どうか、末永くお幸せに」
そう言って去っていく誠実な騎士の背中を見送りながら、私は胸の奥が酷く熱くなるのを感じていた。
公爵家で虐げられ、感情を殺して生きてきた私に、命を分け与え、これほどの絶対的な安全と重すぎる愛情を注いでくれる人。
彼の腕の中にいると、凍りついていた心が嘘のように溶けていく。
最初はあまりの執着の強さに戸惑っていたけれど、彼に触れられ、熱い眼差しを向けられるたびに、私の胸の奥にこれまで知らなかった甘い痛みが芽生えていくのを感じた。
何も求めず、ただ死を待つだけだった私に、これほど激しく求められる喜びを教えてくれたのは彼だ。彼の不器用で、けれど絶対に揺るがない熱に触れるうち、私は少しずつ、けれど確実に、ルシアン様という存在を心から好きになっていく自分を自覚していた。
「どうしたの、メルティア。他の男なんか見て」
「っ……ルシアン様。違います、私はただ……」
不機嫌そうに瞳孔を細めたルシアン様の胸に、私は自分からそっと身を寄せた。
彼がどれほど私を愛してくれているか、痛いほどに伝わってくる。私自身ももう、彼なしの人生など考えられなくなっていた。
「……ルシアン様の傍が、一番安心するんです」
私が小さな声でそう告げると、ルシアン様は一瞬だけ驚いたように目を見開き、やがてたまらないというように破顔した。
彼が私を甘く重い鳥籠に閉じ込めてくれるのなら、私は喜んで、この永遠の愛に溺れてしまおうと、心からそう思っていた。




