第5話(最終話) 永遠の至宝
私が白龍の番となり、強大な竜の加護を得て生き延びているという噂は、風に乗ってあっという間に人間界へと広まったらしい。
龍宮の豪奢な謁見の間に、招かれざる客が足を踏み入れてきたのは、私がルシアン様と命を分かち合ってから数週間後のことだった。
「おお、メルティア! 私の愛しい娘よ、ずっと探していたのだ!」
「お姉様! 無事で本当によかったわ……っ!」
白々しい涙を浮かべ、両手を広げて駆け寄ってきたのは、私を処刑の森に捨てたエルフォード公爵と、義妹のセリアだった。
彼らは私が竜の伴侶として絶大な権力を手にしたと知るや否や、すかさず掌を返し、その力と財産に寄生しようと図々しくもこの龍宮へ乗り込んできたのだ。
「……っ」
二人の顔を見た瞬間。あの冷たい大理石の床や、背中を裂いた鞭の痛みが頭をよぎり、私の体は反射的に強張った。
無意識に一歩後ずさろうとした私の腰を、背後から伸びてきた力強い腕がぐんと引き寄せた。
「おや。君たちが、俺の可愛い半身を泥の中に捨てたゴミだねぇ?」
私を膝の上に抱き込んだまま、ルシアン様が気怠げに口を開いた。
甘く、ひどく柔らかな声。常に浮かべている優雅な微笑みは一切崩れていないのに、謁見の間を満たす空気は、一瞬にして肌を刺すような極寒へと変わった。
「は、白龍様! 誤解でございます、あれは行き違いで……私たちはメルティアを心から愛する、たった一つの家族でして……!」
「お姉様、あの時のことは本当にごめんなさい! 私、お姉様とまた一緒に暮らしたいわ。白龍様、私には高い魔力がありますから、きっとお姉様よりもあなたのお役に立てます!」
公爵が必死に取り繕い、セリアが上目遣いでルシアン様に取り入ろうとする。
浅ましく、ひどく醜い欲望の顔。
ルシアン様は退屈そうにふっと息を吐くと、そのエメラルドの瞳孔を、爬虫類のようにスッと縦に細めた。
「……君たち、俺の前でよくそんなくだらない嘘がつけるね。反吐が出る」
冷ややかな一瞥。
それだけで、公爵とセリアは見えない巨大な力に押し潰されたように、床に這いつくばった。
「が、あぁっ……!?」
「ひっ、白龍様……っ、お許しを……!」
「許す? 俺の至宝を傷つけておいて、どの口がそれを言うんだい?」
ルシアン様は私の髪を優しく撫でながら、虫けらを見下ろすような目で二人を見据えた。
「君たちの横領や不正の証拠は、すべて俺から国王に渡しておいた。エルフォード公爵家は本日をもって取り潰しだ。財産も地位も、すべて没収される」
「なっ……!?」
「それから、そこの雌。魔力があるから役に立つと言ったね。なら、その自慢の魔力を潰してあげよう。君が虐げてきたメルティアと、同じ条件で生きるといい」
ルシアン様が指先を軽く鳴らした瞬間。
パリンッ、と。セリアの体の中で、何かガラスのようなものが砕け散る嫌な音が響いた。
「あ、あああ……っ!? 嘘よ、私の、私の魔力が……ないっ! いやああああっ!!」
魔力の核を物理的に砕かれ、ただの人間へと成り下がったセリアが絶望の悲鳴を上げる。
財産も、地位も、魔力も。彼らがこれまで誇っていたすべてを、ルシアン様は声を荒らげることもなく、ただ優雅に微笑んだまま、一瞬にして奪い去り、社会のどん底へと徹底的に叩き落とした。
「二度と彼女の視界に入らないでおくれ。次に俺たちの邪魔をしたら、君たちの国ごと消すよ。……さあ、さっさと消えな」
ルシアン様が冷たく言い放つと、竜の近衛兵たちが、泣き喚く二人をゴミでも捨てるように引きずって謁見の間からつまみ出した。
扉が閉まり、後に残ったのは、穏やかな空気と彼の温もりだけ。
私の過去を縛り付けていた鎖が、今、完全に断ち切られたのだ。
「……怖かったかい?」
頭上から降ってきた柔らかな声に、私はゆっくりと顔を上げた。
ルシアン様はいつもの気怠げな余裕を取り戻し、ひどく甘い、熱を帯びた瞳で私を見つめていた。
公爵家にはあんなにも冷酷で恐ろしい姿を見せたのに、私に向ける視線は、どこまでも過保護で、狂おしいほどに優しい。
自分のためだけに恐ろしい力を振るい、完璧に救い出してくれた彼を見て、私の胸の奥で、確かな愛しさが堰を切ったように溢れ出した。
私はもう、下働きとして命を繋ぐだけの抜け殻じゃない。
彼と同じ命を分け合い、同じ時を生きる、たった一人の番なのだ。
「……いいえ」
私は微笑み、自分からルシアン様の首にそっと腕を回した。
「ルシアン様が私を守ってくださると、わかっていましたから。……愛しています。私の命も、心も、すべてあなたのものです」
自分から身を寄せ、唇を重ねる。
ルシアン様は一瞬だけ驚いたように息を呑み、次いで、たまらないというように喉の奥で低く笑った。
「……あぁ、本当に。君はどこまで俺を狂わせれば気が済むんだ」
私の腰を抱き寄せる腕の力が、逃げ場のないほどに強くなる。
降り注ぐのは、溶けてしまいそうなほど深く、重い口付け。
「これでやっと、完全に君と二人きりだね」
満足げに目を細めた最強の白龍は、その腕の中にすっぽりと私を閉じ込めた。
もう二度と、彼が退屈することはないだろう。私は彼が与えてくれるこの甘く重い黄金の鳥籠の中で、彼だけの至宝として、永遠に愛され続けるのだ。




