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ココロのトバリ  作者: サザンク
最終話 闇の帳/傷跡二人

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◇12 織草葵

◇12


 自分が7つの時、椛が囲炉裏に落ちたことがあった。

 悲鳴を聞いて振り返ると、彼女は灰と炭の上に手をついて、炉の中に倒れ込んでいた。泣き喚いて暴れる妹の手はなかなか掴めず、顔に当たる熱が私の身体を引き下がらせた。だから椛の名前を大声で呼んで、ただ泣くことしかできなかった。

 結局助けてくれたのは、私たちの声を聞きつけてやってきたお手伝いの人で……椛をすぐに抱き上げて、水を張った桶に身体を浸けた。

『大丈夫、大丈夫だからね』

 椛を手当てする人とは別の人が、私を抱きしめて、頭や背中を撫でてくれた。その間もずっと、椛は泣いていたし、私はただ闇雲に謝り続けていた。

 母様が来たのは、それからずっと経った頃——応急処置をして、電話で医者を呼んだ後だった。畳をゆっくり踏む音がして、見上げると、赤い着物と真っ白な顔が目に入った。

 ——当主様のお顔は、お召し物も相まって人形のよう。

 家の中で、誰かがそう言っていたのを思い出した。たしかに、私は母様の表情が大きく変わったのを見たことがない。眉も口もほとんど動かず、彼女は常に無表情だった。それは——この非常時においても。

『当主様、椛様が』

『お医者様は既に手配を……』

 言葉に応えることなく、母様は敷居を跨いできた。濡れた布に包まれた椛の前に膝をつく。私は少しだけ、ホッとした。母様が来たのなら、もう何も心配はないのだと思った。

 そして母様は——椛の足を包んだ布に、手をかけた。

『え……』

 止める間もなく、濡れた布が剥がされていく。

 椛がより大きな声で泣いた。喉が裂けるような音がする。身体が跳ねて、桶の水飛沫が畳に飛んだ。

『当主様、何をっ……』

 お手伝いが声を上げたけど、それ以上は何も言えないようだった。この家では誰も、織草家当主に意見することはできなかったのだ。

 母様は捲った布の下、赤く爛れ、皮が何枚も剥がれた椛の足をしばらく見ていた。顔を近づけて、匂いを嗅いで、様々な角度から……まるで、何かを確かめるような視線だった。その間、母様は一度も、椛の顔も、私の顔も、見ることはなかった。

『……ふうん、こうなるのね』

 やがて、母様は一言だけそう言うと、布を元に戻して、その場を去っていった。足音が遠ざかるまで、誰も彼女を呼び止めなかった。

 慰められなかった。

 叱られもしなかった。

 その日の夜も、翌日も……以降、母様が椛の火傷について、話すことはなかった。



 

 これが、私が覚えている中で最も古い……〝母様が怖かった〟記憶。

 今でも考える。

 あの人は、一度でも私達を〝愛する目〟で見たことがあるんだろうか……と。もしあの人に愛がないのなら、じゃあどんな気持ちで私達を見ていたのだろう……と。

 母様が姿を消した日まで、答えが出ることはなかった。

 否——単に私が恐れるあまり、聞けなかっただけなのかもしれない。聞いたところで、求める答えが得られる保証はない気もするが。

 応急処置の甲斐もあって、椛の火傷は命に関わるようなものにはならなかった。医者からも、早急に冷やしたのが良かったと言われたらしい。

 それでも唯一、椛の左足にだけ、赤い痕が残った。二十年経った今も、そしてこれから先の一生も、そこだけは消えることはない。

 椛はあの日の出来事を憶えていない。

 今も尚残る痕について、彼女がどう思っているのか——それを聞くことすら、私にはできなかった。



  

 帷ちゃんの身体に残る傷にも、私は触れられないままだ。

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