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ココロのトバリ  作者: サザンク
最終話 闇の帳/傷跡二人

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97/100

◇10 七凪勇兎

◇10


 尾行されているのに気づいたのは、アリアを出て数分、大通りを歩いていた時だった。

「……ん?」

 背中に視線。

 殺気……ってほどじゃない。

 単に、じろじろ眺められているような感じ。

「んー?」

 歩くペースは変えず、通りを見ながら、自然に気配を確かめる。

 夕方に近い街は、それでも全然暑い。日傘を差した主婦の二人連れも、濡れたワイシャツを着たサラリーマンも、スマホを見ている若者も、アーケードの日陰を器用に歩いている。これだけ人がいるなら、視線を感じても不思議じゃないが……。

「勘違い、でもなさそーだな」

 試しに、角を素早く曲がったり、唐突に立ち止まったりすると、後ろの気配も同じ動きをした。

「…………」

 うーむ。

 おかしい。

 〝あからさますぎる〟。

 はっきり言って、素人未満だ。

 これだけ人混みと物陰があるのに、紛れるつもりもなく、馬鹿正直に距離を保とうとしている。わざと気づかせたいのか? とすら思ってしまう。

 経験上、つけられるのには慣れている。大抵は同業——客か、商売敵が、こっちの品定めをしている場合がほとんどで……要は魔術師だ。そして、魔術師ってのは総じて〝隠れる〟のが上手い。魔術の知識や研究の成果ってのは、盗まれたら終わりの財産だ。連中にとってそれは常に、命よりも遥かに重い。だからこそ、研究に注ぐのと同じだけの執念で、自分の存在そのものを世間から消す。

 ……店を構えて本を売ってたフォルテ? 知らん。

 とにかく……だ。

 あえて下手な尾行をして、こっちの油断を誘うつもり——いや、意味がない。俺に何かするつもりなら、最初からバレないようにする方がずっと楽だ。

 なんにせよ。

 確かめてみないと、次の動きはできない。

 数歩先に、眼鏡屋のショーウィンドウがあった。西日を受けたガラスが、通りの反対側を青っぽく映している。

 陳列された眼鏡に興味があるフリをして——目は悪くないけど——足を緩め、ガラスの中を〝視る〟。

 俺の背後、斜め後ろ。

 電柱の陰に、二人組。

「……あ?」

 一本の電柱に二人がかりで隠れようとして、両側からはみ出している——〝制服姿の女子高生〟。

 ガラス越しに、思わず二度見しかけた。

 ……誰ぇ?

 顔は知らない、だから心当たりがない。

 なら金狙いか? ……カツアゲをしそうな風には見えないし、俺の身なりでそんなことする奴がいるとも思えない。

 振り返って声をかけてもいいけど——。

 俺は再び歩き始めた。後ろの二人も、律儀についてくる。電柱の陰から自販機の裏、そしてドラッグストアののぼりに身を隠して(全然隠れてねぇけど)、追ってきていた。

 前方の信号が、点滅を始めた。

 歩幅を少し広げて、横断歩道を滑り渡った。すぐに信号が赤に変わり、動き出した車の流れが、俺と二人を分厚く塞いだ。数秒、相手の視界から自分が消える。

 見えなくなった僅かな隙に、雑居ビルの間に入る。ゴミ捨て場の脇を抜けて、裏道へ。そして、大通り——追っ手の背中側へ、ぐるりと回り込む。こういうのも、戦いの中で得た知恵の一つだ。

 数分経てば、彼女たちは信号を渡る……が、俺の姿はない。なぜなら既に、俺は二人の後ろにいるからだ。

「あれ——ない!」

「どっか——ね……もう——でしょ」

 立ち止まって話している。行き交う車の走行音で、その声は千切れている。俺を見失ったからか、遠目でも慌て気味なのがわかった。

「良くな——よ! 帷の彼——めないと!」

「——氏じゃないって言ってたけどね」

 足音を立てず、距離を詰める。近づくにつれて、話している内容もだんだんはっきりしてきた。

 黒髪がふたつ。片方は顎あたりまで揃えた短髪、もうひとりは背中に流した長髪。やっぱり知らない顔だ。

「ま、ストーキングなんて、するものじゃないってことでしょ」

「え〜侑里だってノリノリだったくせに」

「つばさがやり過ぎないか見張ってただけだし……そもそも、追いかけてどうするつもりだったの?」

「そりゃあ……怪しいことしてないか見るために」

「怪しい?」

「浮気……とか」

「だから付き合ってないんでしょ?」

「でも普段から女の子を取っ替え引っ替えしてるような人だったらアレじゃん。それか……え、エロい店に入ってるとかっ、そういう乙女の純情を弄ぶような——」

「なんの話してんだ、お前ら」

 無防備な背中に声をかける。

 うぎゃあっ——と、二人分の悲鳴が、夕暮れ前の大通りに響いた。




「すいませんでしたァッ!」

 ビシィッ! という音が聞こえそうなほどの勢いで、短髪の方——つばさだったか——が頭を下げる。隣の長髪——侑里も同じように、直角に腰を曲げていた。

「その制服……帷の」

 形に見覚えがある。作ったアンプルを渡す朝、帷がアリアに寄る際の格好と同じだ。さっき帷の名前を出していた気がするし、もしかしたら親しいのかもしれない。

「おお、下の名前呼び……」

「これは……」

 頭を下げたまま、互いに目配せする二人。

 何?

 街中で女子高生に頭を下げさせたままなわけにもいかない。さっさと頭を上げさせてから、事情を聞く。

 二人——仲町つばさと泉侑里は思った通り、帷の友達とのこと。

「バイトしてるとは聞いてたんですけど〜、何やってるのかよく知らなくて〜」

「お手伝い? をしているとかなんとか……でも詳しくは教えてくれないんです」

「はぁ」

 それで、いつか帷と一緒に歩いていた俺をたまたま見かけて、後をつけてきたと。どんな仕事をしているのか、そもそも俺がどんな奴なのか、知りたかったらしい。

 とりあえず、自分の名前を言った後、あいつが普段受けている依頼が猫探しとか、部屋の片付けとか——たしかそんなのだったはず——であることを話しておいた。

 ……というかあいつ、仕事の話はしてなかったのか。

 まぁ「目に見えない怪物を日々退治してます」って言って、信じるやつはいないか。化心が見える人間はほとんどいないし、どうすれば見えるようになるのかも、まだわかっていない。余計なトラブルを避けるのに、伏せておくに越したことはない……にしたって、もっとうまい言い訳はできただろうに。

 帷。

 織草の……帷。

 フォルテシモが、消える直前まで目をかけていたらしい——俺なんかよりも遥かに、〝魔力を持った少女〟。

 そのことに気づいたのは、廃ホテルで一緒に戦った際、魔力を繋げてお互いの位置を共有できる指輪——〈居離環(きょりかん)〉をはめた時だった。

 

『——ん? お前、フォルテから何か言われたか?』


 大きな魔力に触れた感触があった。

 喩えるなら、森の中にある太い木の幹に触れたのに近い。自分の腕なんかでは、一ミリだって揺らせないと思い知らされるような、そんな感覚。まぁ、俺はどんな人間と比べても魔力量は負けるんだけども……それでも、その辺の魔術師以上のポテンシャルを、彼女からは感じた。

 七凪勇兎には魔術師の才能がなく、

 織草帷には魔術師の才能があった。

 ……だからこそ、わからなかった。

 フォルテが帷を弟子に迎えることなく、連れていくわけでもなく、ただ心宮市に残して消えた理由が。

 フォルテが帷に魔術の手解きをせず——彼女がずっと、〝花の巫女の言霊〟とやらを元にした〝心術〟で戦っている理由が。

 だって、心術の使用には——〝魔力が必要ない〟のだから。

 フォルテは俺に多くを教え、帷に何も教えなかった。

 その訳は、未だ謎として残っている。

 だからこそ、俺は——「——さん。あのぉ、聞こえてます……?」

 目の前でひらひらと手が振られていた。手の向こうで、つばさが首を傾げている。

「ん、あぁ、悪ぃ。何だっけ?」帷の名前が出て、少し考え込んでしまった。

「関係ですよ、カ ン ケ イ! 七凪さんと、帷の!」

「あ〜?」関係〜?

「その……実際のところ、どう思ってるんですか? 帷のこと。単なるバイト先の同僚なのか、それとも……」

 鼻息を荒くするつばさと、どこか窺うような目の侑里。

「どうって……」

 言われても、なぁ。

 帷は同僚として俺を紹介していたらしいけど、俺はあいつをそう思ってない……俺はハートキャッチの人間じゃないし。

 化心だって、たまたま見かけたら殺す、くらいのもんだ。俺は織草(あいつら)ほど化心退治を主に考えてない。

 一緒にいるわけでもなければ、目的が完璧に一致しているわけでもない……だから、仲間ってわけでもないだろう。どこまでいっても俺は道具屋で、あいつは客……関係っていうなら、それ以外にない。

 ……まぁ、でも、あえて……か。

 あえて、俺が織草帷にとって……〝そうでありたい〟と思ったものがあるなら……。

「〝味方〟だよ。俺は、あいつの」

「おぉ……なんか……」

「むしろ……余計に、アレというか……」

「アレってなんだよ!?」

「その味方っていうのは、『たとえ君が世界の敵になっても、俺だけは君を守るよ』的な?」

「いやそこまでじゃねぇよ。たぶんその場合は世界が正しいんじゃねぇかな」

「え〜! そこはこう、嘘でもカッコつけないと」

「なんで俺があいつに良いカッコしなきゃいけないんだよ」

「それは……だって」「ねぇ……?」

 ひゃあぁぁ、みたいな声を出して、二人はお互いに顔を見合わせる。なんなんださっきから。

 ……とはいえ、追っ手の事情もわかったし、最低限の説明もした。

 これ以上こいつらと話すことはない、か。

「とにかくそういうこった。これに懲りたら、もう人をつけ回したりすんなよ。俺だから良かったが、相手によっちゃ、遊びじゃ済まねーから……」「遊びじゃ! ……ないです」

 つばさが遮るように発した。隣の侑里は黙ったまま、静かにつばさを見ていた。

「あたしたちが尾行したのは……少しは遊びだったかもだけど……でも、それだけじゃないんです。本当に、帷が心配で……たまに、凄く疲れてそうな顔をする時もあるから」

 つばさが——先ほどまでの明るい調子を抑えて、そう話した。

「そう……ですね」

 侑里もまた、彼女の言葉を補足するように続けた。

「毎日学校には来るので、大丈夫かなと思ってたんです。でも今日は来なくて……だから、私も」

「……良い友達を持ったんだな」

 あの見た目だ。集団に馴染むのには苦労しそうだと思っていたが……案外うまくやっているみたいだ。こんな風に普段から顔を合わせ、変化に気づくどころか、気にかけてくれる関係を得られるのは……とても、運がいい。

 互いに気を遣えるのは——自然とそうあれるのは、素晴らしいことだ。でも、思い遣るだけが一番大事なわけじゃない。通じ合うベストな形が一つしかない——そんなはずはないのだ。

 ならば、彼女たちにかけるべき助言は……。

「……そう悩むことはねーよ。人には事情があるもんだし、あいつにも同じようにある。それだけの話だ」

 二人はまだ、俯いていた。

 織草の家、記憶と身体のこと、ハートキャッチの仕事……語れないことはあまりにも多い。帷はきっと、それらほとんどを抱え込んで人生を歩んでいくことになる。どれだけ仲の良い相手にも、その重みを分け与えることは、たぶんない。

 だから帷は何も言わないし、だから二人は困ってしまう。

 でも——それはきっと、見方によっては、そう悪いことじゃないかもしれない。

 なぜなら、帷がこの二人に望んでいるのは……別のことだろうと思うからだ。

「抱えた重り(なやみ)について一緒に考えてくれる人間じゃなくて、重り(なやみ)を抱えていることを忘れさせてくれる人間っていうのも、立派な友情の形なんじゃねーかな。そして、あいつに必要なのは、きっと後者……俺は、そう思っている」

「私たちに……それが務まるんでしょうか」

「務まるとか務まらないとか、固く考えることはない。帷は何も言わないんだろ? なら今はきっと、今のままでいいんだよ。この後関係が変わるのか変わらないのかは、重ねた時間が決めてくれる」

 らしくなく、クサイことを言った。

 そういう自覚がある。

 友達なんていないくせに、どの口が——って感じだ。

 ただ——「ありがとうございます!」と言いながら、俺の手を掴んで上下に振るつばさの様子を見るのは、悪い気分じゃなかった。

 さて、おまけで言うべきことは言った。

「じゃあ、俺は帰る……真っ直ぐ帰るからな!」

「もうつけませんよ〜」

 調子の良い返事を背に、アリア方面を向く。

 得る物があったかと言われれば微妙だけど、とりあえず、気分転換にはなった……ということにしよう。

 そうして中断していたロケットの構想について、改めて考えを巡らせ始めた……時だった。

「——なに、これ」

 つばさが素っ頓狂な声を上げる。独り言にしては大きなその声を聞いて、俺も侑里も彼女の側に寄った。

「これ……トレンドのとこ、心宮駅だって」

 つばさがスマホの画面を俺たちに見せる。画面に映っていたのはSNSのようだ。

「駅前で……日本刀?」

 侑里も怪しむような声。しかし、スマホの画面は、一枚の写真を事実として発信していた。

 見たことのある駅前広場。その石畳に、一振りの日本刀が深く突き立っている。

 冗談みたいな光景だった。刀身は赤黒く汚れ、傾き出した日を鈍く照り返している。周りには人だかりと、規制線の黄色いテープ。

『深々突き刺さってて草』『なんかのプロモーション?』『固くて抜けないらしい』『リアル警察来てた』『色合いが人殺した後すぎるだろ』

 そんな文字列が、写真に付属している。

「なんだろこれ、イタズラかなぁ?」

「にしてはなんか……生々しい、っていうか……」

「…………」

 写真だけじゃ、はっきりと判断できない。だけどこれは小道具ではなく、しっかりと本物である予感がしていた。誰がどういう意図で突き刺したか知らないが、この得物からは〝使われた〟形跡のようなものを、感じたのだ。

 胸の底で、嫌なものが迫り上がってくる。

 と、

 ヴッ、と震えて、画面の上に新しい通知が表示された。


【速報】縹丘線(はなだおかせん)・鴇谷駅(ときやえき)にて列車脱線 複数の車両が横転 死傷者数不明


「……え」

 つばさの指が止まる。

「鴇谷って、結構近く……」

 二人の顔から、色が引いていく。

 ニュースサイトの記事を読む。

 走行中の列車が、減速しないまま駅に進入、原因は不明とのこと——。

「……帷は、今日休んだんだったな?」

「え? そ、そうですけど」侑里が答えた。「なんで今そんなこと……」

「お前ら」低い声が出た。二人がぴくりと肩を震わせる。「このまま寄り道せずに、まっすぐ帰れ。それで、今日はもう家から出るな」

「で、でも、今から帷のお見舞いに行こうって……」

「いいから」つばさの言葉を止める。「今日は帰れ。帰ってから……そのスマホで連絡でも入れてやってくれ。それで……ちゃんと伝わる」

 最後だけ、頑張って声を和らげた。これもまた、実に俺らしくない。

 何が何だかわからない様子の二人を無理矢理頷かせて、帰らせた。夕暮れの人波に、背中が二つ、小さくなるのが見えた。

 それを見届けてから、俺は踵を返した。

 目的地は変わらない。

 けれど、目的は変わった。

 ロケット作りは、明日に繰り越しだ。

 今は店の中に置いてある武器を、取りに戻る。

 日本刀。

 列車事故。

 学校に来なかった——帷。

 考えすぎならいい、関係ないならいい。

 俺の取り越し苦労なら、それが一番いい。

 けれど、もしも、

 もしも、何かが既に起きているんだとしたら——。


 俺は、走っていた。

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