◇9 七凪勇兎
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『無いわね』
師匠——フォルテは、俺の額に触れていた手を離してから一言、そう言った。
『アナタの身体には、まともな魔術を編めるだけの魔力はない。ゼロってわけじゃないけど、魔術師としては……全然足りないわ。何十年も修行して、小石一つ浮かせられるかどうかってとこね』
『……そっすか』
自分でも驚くくらい、なんとも思わなかった。
まぁ、そうだろうな、って感じ。
軽くなった財布を開けられて、「入ってないね」と言われるようなものだ。
がっかりはしなかった。それは、期待という名前の元手があることで初めてできる贅沢だ。俺は、その元手をとっくに使い切っていた。
『ねぇ、ユウト』フォルテがこっちの顔を覗き込む。光の欠片を散らしたみたいに、瞳が輝いていた。『アナタの技術は素晴らしいわ。その年でここまで精巧な魔術道具が作れるんだもの。アナタの道具を使いたいと思う魔術師は、たくさんいるでしょうね』
手を握られる。掌を撫でられる。道具作りでできたマメやタコを、彼女は愛おしそうに眺めていた。
『けれど、魔術の使えないアナタは魔術師を名乗れない。それどころか、アナタを侮辱する人も現れる……きっと、それも、たくさん。何よりもアナタ自身が、その矛盾に耐えられなくなる。ワタシはそれが……一番心配』
『…………』
『手先の器用さを使うなら、別に魔術の道でなくても良い……むしろ、他のことに使う方が幸せになれると思うわ。それでも、アナタがここにいる理由は……何?』
理由、と言われた瞬間に、色々なことを思い出した。
そのどれもが大層なものじゃないし、面と向かってこの人に言うのは、かなり恥ずかしい。
とはいえ、弟子入りを頼み込んでいる立場だ。学びたい理由を言わないんじゃ、話にならない。
『俺は——』
だから、言った。
上手くまとまった言葉じゃなかったけど、理由を口にした。
フォルテは何も言わなかった。
茶化しも、疑いもしなかった。
俺が話し終わった後、長いこと黙って、そして、静かに首を振った。
『……ごめんなさい。ワタシは、アナタを魔術師にしてあげられない。センスの無い人間が、魔術を操れるようになる日は、永遠に来ない。……努力や根性では、この事実は覆らないの』
『みたいっすね』
『だから——』
『じゃ、売ってください』
考えるより先に、提案していた。
『〝弟子〟じゃなくていいっす。知識も、道具も、作り方も——教えられないなら、全部、俺が〝客〟として買います。商品を使えようが使えまいが、俺の勝手でしょ』
フォルテは、目を丸くした。
それから、声を上げて笑った。
店先で客に向ける営業用のやつじゃない。初めて見る、笑い方だった。
『いいわ。ただし、ワタシの〝全部〟は……高くつくわよ?』
『……分割なら』
『あら。何回払い?』
『……一生、とか』
今度は、笑わなかった。
さっきまで揺れていた瞳が、すっと据わる。品物を検分する時の、商売人の目になっていた。
長い値踏みの末に、フォルテは俺の手を取った。
『交渉成立。——あぁ、それと』
俺の指に、細い指が重なった。
『肩書きだけは〝弟子〟にしてあげる。その方が箔が付くでしょ? ……これはサービス♡』
そんな形で、フォルテシモと七凪勇兎の契約師弟関係は始まった。
魔術の世界を教えてもらう代わりに、ある程度の金を支払う。月に一度、あの日から、欠かしたことはなかった。
あいつが、俺の前からいなくなるまでは。
財布から抜いた札を数えて、机の引き出しに押し込む。行き場を失った月賦が、一月分、積み上がった。
当の魔女は、行方知れず。
手がかりを求めてこの街に来たものの、もぬけの殻。
「ったく、客が金持ってんのに、店主がいねぇんじゃなぁ……」
……月に一度の、この工程。だからか。余計なことまで、思い出しちまった。
視線を作業台に戻す。さっきまで弄っていた、作りかけの銀細工のロケット。形が気に入らなくて、バーナーで炙り直すつもりだった——けど。
「——やめだ、やめ」
こういう日は、じっとしてると碌なことを考えない。
少し、外の空気を吸おう。
ロケットを作業台の隅に転がして、代わりに店の鍵を掴んだ。




