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「……この経緯があってよく飴渡せましたね!?」
舞台は現在、電車内に戻る。
斐上から(彼視点で)起きた出来事を列挙され、それでようやく色々と思い出すことができた。
葵さんの負傷、空骸への攻撃、筺花の乗っ取りと、斐上との戦い。
「……筺花」
服の上から、指先で軽く傷をなぞる。心臓は変わらず鼓動を繰り返していた。今は筺花の声も、存在すら知覚できない。あの時の出来事すべてが、夢だったかのようだ。
否。
紛れもなく、すべて現実だ。
わたしの身体を介しての行動も、わたしの口を介しての発言も、実感として覚えている。
脳が焼けるような熱さも、この男に撃ち抜かれた衝撃も、神経の端々にこびりついている。
「織草葵の姿はどこにもなかった」斐上が言う。「花の巫女が何かをしたのだろうが……生きているのか、死んでいるのか、俺は知らない」
「…………」
「雲坂寧音から生まれた化心を撃ったのは俺だ。尤も、完全に消滅を確認したわけではない」
葵さんと寧音の行方。
二人とも安否は不明だ。
斐上の言葉はわたしに対する配慮や、ましてや安心させるためではない。事実をただ事実として、冷徹に告げているだけだった。
葵さんの身は、筺花が言霊の力で椛さんのところへ運んだはずだ。言霊の使い方から考えると、応急処置もしてくれたのだろう。だから、きっと間に合う……と信じるしかない。
筺花は、喚いて暴れることしかできなかったわたしの代わりに、やるべきことをやってくれた。
今回も、助けてくれた。
彼女の本心は、どこにあるのだろう。わたしからのコンタクトは頑なに拒否され続けている。織草の子孫に対する情はあるかもしれないけど、わたし個人をどう思っているか……結局わからないままだ。
そして、寧音は…………。
「……空骸黑は、どうしていますか」
あの場にいながら、ここにいない人物について聞く。
衝動のまま、わたしが攻撃した魔術師。傷は軽くないはずだ。指先には、肉を引っ掻く感触がまだ残っている。彼女だけは、筺花ではなく、正真正銘わたしがやったことだ。あの時わたしをつき動かしたのは、正義感ではなく、葵さんを撃たれたことへの復讐心それだけだった。筺花の存在に関係なく、わたしの中には、人間相手に衝動的な暴力を振るうことを厭わない――そんな加害性が潜んでいたのだ。
……勝手な話だ。
さっきまで本気で葵さんと戦っていたくせに、いざ葵さんが傷つけばこの様なのだから。自分で自分に嫌気がさす。なんて我儘なんだろう。こんなわたしに、正当に怒る資格なんて、本来あるわけないのに。
「黑はここにいない。俺たちの〝拠点〟で傷を治している。あの腕なら、治癒魔術で元に戻る」
「そう……ですか」
「意外だな。あれを気にかけるとは。よもや、罪悪感でも湧いたか」
「……許すつもりはないです。けど、やりすぎた……とは思っています」
次の駅への停車を知らせるアナウンスがなる。知らない名前の駅だった。今乗っている電車の路線も、きっと初めてなのだろう。伴って、列車の速度も落ちてきた。
斐上を見る。正確には、斐上の右腕を。筺花の言葉によって無惨に曲げられたはずのそれは、何事もなく袖に収まっていた。ここにくるまでの間に治癒魔術とやらを使ったのだろう。わたしの再生と比べて優れているかわからないが、強力な術であることには違いない。これなら、空骸の方も問題なさそうだ。
……いや、たしかに敵の負傷を心配するのはおかしいな。
風が抜けるような音を立てて、列車が完全に停止した。
ドアが開く。
ホームにいた十数人は列を作って待っていた。そして――わたしのいる車両内で立ちあがろうとする者は一人もいなかった。
「……まずい!」
このままでは――!
「乗っちゃダメです! この電車には――」
声を張り上げて、席を立つ。大声を出したのに、車内の誰もわたしを見ていない。逆に異様な反応だった。
「余計な真似はよせ」後方から冷ややかな声がわたしの身体を震わせた。「既に乗っている乗客も〝人質〟なのは、わかっているだろう」
「……!」
乗りこんできた彼らは、誰一人わたしの声に反応せず、ぼんやりとした表情で、空いた席へ吸い込まれていく。皆話すことも、スマホを取り出すこともなく、正面の暗い窓を見つめているだけだった。
わたしは止められなかった。
止めようがなかった。
本当なら、ドアが開いたその瞬間に、ここから飛び出して逃げたかった。椛さんのところに行きたかったし、寧音を探したかった。けれど、そんなことをすれば、この魔術師によって〝最悪な事〟が起きる。
従うしかなかった。
「……卑怯者」
「そうだな」
ドアが閉まった。
きっと次の駅までも、かなりの時間があるのだろう。
特別快速なのだから。




