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ココロのトバリ  作者: サザンク
最終話 闇の帳/傷跡二人

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90/92

◇3

◇3

  

―1時間前 心宮駅付近―


「……にげ……ろ……」

 わたしを突き飛ばし、倒れ込んだ葵さんは、微かな声でそう言うと、動かなくなった。

 彼女の左脇腹は、半月状に抉れている。

 そして、流れ続けている、夥しい量の、血。

「――――」

 わからない。

 どうして。

 治らない。

 どうすれば。

 助かった。

 違う。

 わたしが。

 浮かんでは消える、断片的な何か。

 混乱で、震えることもできない。

「あたし、殺すつもりじゃ」

 そんな中。

「織草帷を撃ったつもり、で……」

 怯えた声が聞こえた。

 見知った姿が見えた。

 会ったのは過去一度きり。

 ただし、その一度きりの〝戦い〟の記憶は、強烈に残っている。

「斐上さん、あたし、人を」

 紫色のツインテール、ゴシックな衣装、祈るように両手で握られた(ワンド)

 揺れて沸騰した視界の中で、苛立つほど目立っていた。

「からがい くろ」

 からがいくろ。

 空骸黑。

 正体が定まる。

 そうだ、あの赤い光は間違いなく彼女の魔術だ。わたしも何度か撃ち抜かれた。

 それが、たった今、葵さんを。

「…………」

 空骸の隣にいるのは斐上。体育館で邂逅したもう一人の魔術師。彼もまた、黙ったまま、杖を携えていた。寧音を撃ったのは、たぶん彼だ。

 少しずつ。

 少しずつ、状況が理解できてくる。

「あ――――」

 でも。

 無理だ。

 わかればわかるほど。

 これ以上は。

 止められない。

「あああああああああああ!!!!!」

 自分の喉が、人とは思えない咆哮を上げる。

 身体が爆発した、みたいだ。

 ぐちゃぐちゃな思考のまま、わたしは二人へ突っ込む。

 武器はない、素手のまま、わたしは駆けていた。

「ひっ……!」高く短い悲鳴。空骸が咄嗟に杖を向ける。閃光がわたしの右耳を削いだ。どうでもいい、その程度の抵抗で勢いは落ちない。

「黑、下がれ――」斐上の鋭い声が、空骸を制止する。だが遅い、耳から溢れる血を握り締め、わたしは空骸の肩めがけて振り下ろした。

「〈千切れ〉!」

 粘土を引っ掻いたような感触。

 空骸から発せられる、耳障りな声。

 うるさい。

 甲高い声を出すな。

 ほんとうに、うるさい。

 次はコエすら上げられなくしてやる。

 血濡れの拳が向かう先は、空骸の顔面。

 これで、確実に――「ぐッ――!?」

 何かにぶち抜かれた。勢いをつけて、わたしの身体が宙を舞う。空骸から離された。

「……」斐上の目がわたしを睨んでいた。奴の攻撃魔術を受け、妨害されたようだ。

 威力に加減がない。左頬が削られ、口が裂けていた。

 空骸は倒れていた。目を瞑り、腕を押さえ、荒い呼吸を繰り返している。彼女の周りを白い光が覆っていた。何らかの魔術、結界のようなものだろうか。回復や防御の術式かもしれない。いつの間に発動していたのか。

 さっさと追撃しなければ。

 再生は問題ない。沸騰した血が、すぐに肉を繋げていく。何故か痛みも感じなかった。好都合だ、これなら相打ちに持ち込んででも――――


「【ちょっと代わって!】」


 ――は?

 なんだ?

 急に、赤黒い視界が、遠くなりはじめた。

 空も、地面も、斐上も空骸も目の前に見えている。なのに、自分がここにいないような感覚になる。

 自分の目ではなく、モニター越しにゲーム画面を見ているような、自分であって自分でない……そんな状態になった。

「【落ち着きなって、優先順位があるでしょうが】」

 なんだ、これ。

 わたしの意思とは無関係に、わたしの唇が動く。

「【まずは〈葵の傷を塞いで〉、〈椛のところまで移動させる〉のが先。まったく、勝手に諦めんなっての】」

 はぁ~、と、わざとらしくため息をつくわたし……の身体。

 凄まじい違和感。

 気持ち悪さが止まらない。

「お前はなんだ」斐上が杖を向けたまま問う。「織草帷ではないな」

「【当たり前じゃん、見ればわかるでしょ? でも意外、君みたいな人でも愚問を口にするんだ。私よりうんと賢そうなのにね】」

 くつくつと、わたしはおかしそうに笑う。笑うというより、頬と腹の筋肉が振動しただけのようだ。

「……〝花の巫女〟だな。心臓だけでも意識を乗っ取れるとは……千年前に化物扱いされるのも頷けるというものだ」

 嘲りには反応せず、逆に煽り返す斐上。

 わたしはというと、眉を顰めるのがわかった。

 ……筺花が、わたしの身体を使っている……!?

「【化心を造ってる人でなしには言われたくないよ。やれやれ……千年経てば、人間も利口になると思ったんだけどな】」

 戸惑う暇もなく、わたしは話し続ける。自分の口調から感じたのは怒りではない。喩えるなら、飛び回る羽虫を眺めるような、不快感だった。

 わたしの手が髪をかき上げた。固まった血が絡んでいるせいか、ごわごわとした触感がした。

「【でも、君たちが何をしようが、死んだ私には関係ないか。計画を止めるのも借りを返すのも、今生きている織草がするべきだもんね】」

「悪いが関係はある。俺たちの計画の核は、お前の心臓なのだから。想定通りではないが、ここで奪わせてもらう」

 構えた状態から、斐上が一度大きく杖を振った。杖が白く光り、魔術が行使される。

 もしわたしの顔を損傷させたあの攻撃と同じなら、当たればひとたまりもない。しかし、わたしは至極つまらなそうに眺めていた。

 そして、

「【君の〈砕けた杖〉で〈まともに撃てるわけない〉じゃん】」

 ただ一言、

 わたしがしたのは、〝言の葉〟を紡ぐだけだった。

 身構える動作も、避ける動作もない、実質無抵抗を宣言しているようなものだった。

 なのに――〝砕けた〟。

 ガラスが割れるような音を立てて、杖から放たれた光が霧散した。

 それだけではない。

「……莫迦な」

 斐上が持っている杖もまた、先端からひび割れはじめ、やがて根元まで崩れた。地面に落ちたそれは、木の枝ですらない残骸と化していた。

「……初代織草の言霊は、未だ健在ということか」

「【まさか。こんなの、生きてた頃の私には及ばない】」

 吐き捨てるように言う斐上と、涼しげに返すわたし。

 実力の差は明確だった。

「【気が変わった】」わたしは唐突に両手を上げて伸びをした。こき、と小さな音が肩から鳴る。「【葵の分くらいはやり返しておこうかな。一応は孫の孫の……とにかく可愛い孫みたいなものだし。何より、君は帷を泣かせた】」

 斐上が目を見開き、一歩後ずさる。

「【予備の杖ぐらい持ってるでしょう? なら取り出す隙くらいはあげるよ】」伸ばした腕をだらんと下げる。「【でも〈撓った右腕〉でできるのかな?】」

「――ぅッ!?」

 めしゃっ、という、不気味な音と同時に、ようやく、斐上が人間らしい呻き声を出した。ジャケットの内側に入れた右腕は、本来ではあり得ない方向に曲がっていた。

「【あはっ、騙された! 騙された!】」わたしは満面の笑みを浮かべた。「【フェアにやるわけないじゃん! 不意打ちしたのはそっちなのにさ!】」

 腹を抱えて震えるわたし。ただ〝言う〟だけで、世界の理が簡単に歪んでいく。聞く側からすれば、それがただの発言なのか呪いなのか、判断できない。恐ろしい現象だ。

「【じゃあ次は足を捥ごうか、どっちかの】」わたしは愉しげで、無邪気で、何より残酷だった。声が〝帷〟のままなのが、怖くてたまらない。「【どーちーらーにーしーよーうーかーなー……】」「――〈見当違いの恋(スクリーム)〉……!!!」

 黒いものが目の前を横切ったのも束の間。

 斐上を指した人差し指が……〝噛み千切られた〟。

「【あら】」わたしは怪訝な目で、横切ったものを追う。痛みはなかったが、第二関節から先が骨ごとなくなっており、血が噴き出していた。

『にゃおん』それはわたしの指を口で掴んだまま、しなやかに降り立ち、ぺっ、と吐き出すように捨てた。

「【懐かしい。まだ飼ってたんだ、その猫】」再生する指を見つめながら呟く。内側にいる〝わたし〟も、その点だけは同じ気持ちだった。

 影絵のように真っ黒な猫は、異世界から召喚された生物――ストレンジャー。

 空骸はストレンジャーを操る術を得意とする魔術師、その(デザイア)によって、わたしを妨害したのだ。

「……はぁ……っぁ……はぁ……」

 わたしを見つめる空骸の顔は血の気が失せ、青ざめていた。彼女の右肩からは血が溢れている。いつ気絶してもおかしくない状態で、彼女は杖を振っていた。

「……ひがみ……さんの……じゃまを、するな……!」

 わたしのいる地面から茨のようなものが生え、足元と腰を縛りつけた。物理的な感触がないのに、まったく動けない。魔術による拘束だ。

「【びっくり。その傷でまだ魔力を編めるなんて】」縛られながら息をつく。「【でも、この程度じゃ――】」

 僅かな歩みすら許さないほどの拘束は、非常に強力だったが、所詮花の巫女の言霊を封じるには至らない。わたしは解く意思を口にするだけで良かった。

 ――が、

「【!――――――!】」

 脳髄を熱した串で貫かれたような熱さと、背骨を氷柱に変えられたような冷たさが、同時に襲いかかった。

 皮膚が内側から弾け飛ぶような痛み。

 目も耳も、ノイズまみれになったようだった。

「【帷が、限界か……!】」苦々しげに唇が歪む。このままでは全身が潰れると、本能が感じていた。

 言霊の負担が思ったより大きく、戦いを続行できない。

 せめて、ここから離脱しなくては――と考えが至ったところで。

 自分の額に杖が突きつけられているのがわかった。

「……漸く取り出せた」杖の持ち主――斐上は一言そう言って、わたしの顔に〝魔術の一撃〟を叩き込んだ。

「【やっば――】」

 衝撃と共に、わたしと筺花の意識が、沈む。

 深く……。

 遠く――。

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