表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ココロのトバリ  作者: サザンク
最終話 闇の帳/傷跡二人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/92

◇2

◇2


 自分たちを除いて乗客は17人。車内で立っている人間はおらず、皆まばらに座り、虚な表情をしていた。

 左を見ると、運転席があった。進行方向から察するに、自分たちは先頭車両にいるようだ。

「この電車は特別快速だ」

「え?」

「主要駅以外には止まらない。次の駅まで20分はある」

「へぇ……そんなのがあるんですね……」

 斐上が口を開いた。小さくはないが、低く、重く、静かな声。わたしに対して話しているはずなのに、意識しないと耳をすり抜けそうだった。

「…………」

「…………あの」

「………………」

「………………いや、何か喋ってくれませんか!?」

「何をだ」

「何をって……その……たとえば、この電車に乗せた目的とか」

「何故だ」

「連れてきたのがそっちだからですよ!?」

 なんで喋ろうとしないんだよ。

 こっちは何が起きているかわからず混乱しているんだから、敵の方がその様子を見て、色々得意げに語るものじゃないのか。空骸はそういうタイプだっただけに、余計戸惑う。今のところ、この電車がしばらく止まらないことしかわからなかった。

「俺から語ることは何もない。目的と計画については、あの体育館で話したことがすべてだ」

 咲良紗高校の体育館。

 わたしたちが、初めてにして唯一彼ら魔術師と邂逅した場所。

 そこでわたしは、自分の心臓が初代織草家当主の織草筺花(おりくさきょうか)のものであり、それを移植したのが、葵さんと椛さんの母親である織草鏡花(おりくさきょうか)だったことを知らされた。そして、二人の魔術師――斐上と空骸黑が、化心を消滅させることを目的として、化心にまつわる実験を行なっていることも。

 記憶を失ったわたしにとって、あの日は自分の〝始まり〟を知った日だった。

 忘れたくても、忘れられるわけがない。

 ……隣にいるのは、紛れもなく、敵だ。

 身体が強張るのを、否が応でも感じてしまう。

 掌に汗が滲む、悟られないように、わたしは手を握った。

 状況は限りなく危険だ。わたしは今、一番の敵と逃げ場のない密室に閉じ込められている。いや、ただの密室ならまだ良い。牢獄や倉庫などに監禁される分には、抵抗のしようがあるからだ。最悪なのは、ここが電車という公共の場所で、わたしと斐上以外に乗客がいること。何度か周囲の様子を窺っているが、乗客たちの表情は依然として生気がなく、目の焦点が合っていない。催眠や幻覚……そういう類の〝術〟が行使されているに違いない。

 つまりは……〝人質〟。

 斐上は、この車両に乗ってきた人たちを人質にして、わたしと同じ空間に閉じ込めている。わたしがこの男と戦えば、巻き添えになるのは避けられない……ということだろう。それが、わざわざ電車にわたしを連れてきた理由だ。

 ……この状況では、下手に動くことはできない。

 不意に、斐上がジャケットの内ポケットを探った。

「……!」

 武器か、即座に(ワンド)を想起する。

 反射的に身構えたところで――「食べるか?」

「えっ」

 差し出されたのは、棒状ではあっても、わたしが想像したものとはまったく違うものだった。

 赤青白が渦巻いた円盤が、透明なフィルムで包まれている。棒はそのカラフルな円盤に刺さったプラスチック製の串であり……斐上が懐から出したのは、俗にロリポップやペロペロキャンディと呼ばれるものだった。

 ……どういうつもり?

 彼の顔はそのまま。冗談を言っている雰囲気ではなさそうだ。

 じゃあ、普通に好意で?

 いや、だとしても。

「た……食べませんよ。何が入ってるかわからないのに」

「人工甘味料は摂らないのか、健康志向だな」

「毒かもって意味です!」

「そうか」

 斐上は躊躇なく手を引き、キャンディを再びスーツにしまった。

「お前の年頃には、これを与えておけば苛つきが収まるはずだが」

「わたしをなんだと思ってるんですか……」

「少なくとも、黑は喜ぶ」

 あの子そんなにチョロいの?

 飴を舐めている姿は、似合うかもだけど。

 冷酷な魔術師のイメージと、目の前で繰り広げている会話の落差に、毒気が抜かれかける。

「話すことは何もない、と言ったが」斐上が淡々と告げる。「聞きたいことがあるのなら、答えてやってもいい。まだ時間はある」

「…………」

 人質がいる故の余裕か、それとも単なる気まぐれか。

 真意はわからないが、会話をする気はあるらしい。

 無駄を嫌う寡黙な印象が強かったので、少し意外だ。

 であれば、話せるうちに話すべきだ。

 聞きたいことは色々あるのだから。

 まずは現状の確認……か?

「駅前で、何が起こったんですか」

 喉の奥に、不快な粘り気が張り付いたような気分だった。

 正直に言えば……怖い。

 このまま無意味な問答を繰り返して、現実から目を逸らすのを少しだけ願ってしまうほどに、答えを得るのが恐ろしい。

 けれど、ずっとは逃げられない。

「……覚えていないのか」

 斐上の表情は変わらない。

 相変わらず無機質のまま。

 しかし、数秒の沈黙の後に投げられた問いには、微かな訝しみが含まれていた。

 わたしは、斐上の問いにただ無言で肯定する。

「俺が話せるのは事実だけだ。あとは勝手に思い出せ」

 やがて斐上はそう続けると、わたしが気を失う前の出来事を簡潔に述べた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ