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ココロのトバリ  作者: サザンク
最終話 闇の帳/傷跡二人

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◇1

◇1


 葵さんは……人を、死なせたことがありますか?

『藪から棒だね、どうしたんだい?』

 七凪さんと一緒に化心を退治した時、言われたんです。……もしもの時は、覚悟するべきだって。

『そういう意味か。たしかに、人の命を助ける仕事である以上、そのリスクが常に伴うね。まぁ、別にこの仕事だけが特別ってわけではないさ』

 どういうことですか?

『別に難しいことじゃない。命に関わる仕事はこれだけじゃないからね。医者とか警察官とか……彼らだって、目の前で命を失う可能性は高いだろう。ああ、でも、工場に勤めていれば機械に巻き込まれるかもしれないし、レストランで接客をしていても変な客に刺されるかもしれない。もしかすると、まったく身の危険の無い仕事というのは、存在しないのかもしれないね』

 まぁ、そう言われてみれば、そうかもしれません。

『質問の答えがまだだったね。うん、化心から守ることができずに、人を死なせてしまったことはあるよ。大抵の場合、気がついた時にはもう手遅れだった、ってことがほとんどだ』

 ……そんな時、どうするんですか。

『どうもしないよ。どうにもできないっていうのが正しいかな。化心の心術で死亡しても、死因の特定はできない。単に〝心不全〟として処理される。一般的にはオカルトな話だから、遺族に話して信じてもらえるわけでもないしね。……君から見て私は、無情な人間かな?』

 いえ、そんなことは。

『私だって、なんとも思わないわけじゃないよ。ただ、それらひとつひとつに心を砕いていたら……本当に心が砕けてしまうからね。後悔に囚われて、間に合わないかもしれない恐怖に怯えて、次に誰かを助ける時に、足が竦んだら本末転倒だ。だから、あえて深く考えないことにした。まぁ、逃避だと言われてしまえば、否定できない』

 葵さんが足を止めていないなら、それはきっと、葵さんにとって……正しいやり方なんだと思います。

『……そうだといいね』

 わたしにも。

『ん?』

 わたしにも、そんな時が来るでしょうか、人を、守れない時が。……いえ、来ると思います。葵さんでも、そうだったんですから。

『遅かれ早かれ、直面するだろう。完璧にすべてをこなせる人はいないし、その身一つで助けられる人数は、たかが知れている』

 わたしには、割り切れる自信がありません。きっと、〝それ〟が起こったら、戸惑ってしまいます。

『戦うことが、怖くなったかい?』

 怖い……戦いは怖くありません。化心も、びっくりはしますけど、恐怖を感じたことはないです。

 でももし、誰かを救えなかったことがきっかけで、以降剣を振れなくなってしまったらと思うと……わたしには、その方が怖いです。

『戦うという行為ではなく、戦えなくなった自分を想像するのが怖い……と』

 ……そうですね。

 何も覚えてないわたしにとっては、戦えることが……〝自分〟を定義するものなので。

『……なんというか、感じざるを得ないな、責任ってやつを』

 ……? どういうことですか?

『君はもっと、趣味を持った方がいいってことだよ。そうだな……依頼の無い日があったら、どこか遊びに行こうか。動物園や美術館、スポーツやライブの観戦、変わった料理を食べに行くのでもいい。それで興味が湧いたら、自分でもやってみるんだ。どうだろう』

 いいですね。なら、椛さんも誘いましょう。

『えー』

 そろそろ仲良くしてくださいよ。





 ……………………。

 ……………………。

 ……………………ん、んん。





「…………あれ……」

 硬い地面に身体を叩きつけられたような痛みと、僅かな揺れによる不快感で……〝目が覚めた〟。

「……ここ、は……」

 座っている。

 座席の、ザラついた布の感触。

 カタン、ガタン、と不規則な音の重なり。

 横長の窓に映っているのは、高速で流れる景色の線。

「……っ……!」

 意識が少しずつ明瞭になると同時に、骨が軋む痛みで吐きそうになる。

「なんで……電車、に」

 当然の疑問が口をつく。

 ……いや。

 それよりも、だ。

「……! 葵さんは……寧音さんは……!」

 目覚める前、最後の記憶を手繰る。

 わたしの目の前で起きた出来事、二人の安否について思考を巡らせる度に、頭の奥で爆ぜるような痛みが走った。

 擦り切れた服と汚れた手は、わたしがさっきまで駅前で戦闘していたことを示している……はずだ。その事実と、今の状況が、まったく噛み合わない。端的に言えば、混乱していた。

 何が何だか、理解できない。

 ……できなかった、が、

 答え合わせは、すぐに訪れることとなる。


「一時間以内か。意識の有無が再生や覚醒の速度に影響するのか……検証は不十分だな」


 視覚外から低い声がして、飛び跳ねかけた。

 一つ空けて右隣の席。

 スーツの男が座っていた。

 グレーのスーツ、髪も、顔さえも、同じ色のフィルターがかかっているように見えた。

 薄く、枯れている。その男からは〝生気〟のようなものが、ほとんど感じられない。

 ……〝初めて会った時〟と、同じ印象を受けた。

「…………」

 そう、この男をわたしは知っている。

 魔術を使い、織草の技を使い、化心すら使う者。

 織草帷(わたし)を――その心臓(筺花)を狙う者。

 斐上(ひがみ)――と、空骸黑(からがいくろ)から呼ばれていた男だった。

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