◇0
◇0
「こんにちは、本日のコールドブリュー、豆はどちらのものですか?」
「えっ、あ……はい! ルワンダの浅煎りです」
「素敵、じゃあそれを氷少なめで。スイーツのオススメはある?」
「オススメ……は、瀬戸内レモンのタルトです。期間限定となっています」
「いただくわ、あとカヌレもお願い」
ある都市の大通りから一つ隣の路地、少しだけ人の声が落ち着いた場所に、個人経営のカフェがあった。
〝魔女〟――フォルテシモ・リリックワールドは、そこに入店し、流暢な日本語で注文した。光り輝く金の髪を僅かに揺らし、艶やかな唇を上向きにする。店員は見た目と話し方のギャップに少し戸惑った後、慌てて注文を手元のタブレットに入力した。
海外の有名モデルが撮影の合間に寄ったのかと思わせるほど、その姿は整っていた。店内にいた者の中で、彼女からすぐに目を逸らしたものは一人もいなかった。フォルテからすれば、視線を集めることは珍しくなかったため、周囲を気に留めることなく、そのまま店外のテラス席へ移動した。
傘で日よけされた席に座る。快晴だったが、何しろ気温が高い。客は氷のような冷気で満ちた店内にしかおらず、故に肌を撫でる熱や、周囲に響く蝉時雨を、彼女は独占していた。
フォルテは冷たいコーヒーに口をつけ、ベンチの背に身体を預けた。灼熱の空気の中であっても、魔女は汗の一滴すら落とさない。
身につけていたスマートフォンが断続的に震え、着信を知らせた。フォルテは画面に記された英字の名前を見て、少しだけ綻んだ。
「ハロー」明朗な口調で電話をとる。「ちょうど話したいと思っていたところよ」
人の目はあるが、すべて厚いガラス戸の向こうだ。〝近況報告〟をするのに不都合はないと、彼女は考えた。
「ヒガミは当をつけたみたい、そうね、思ったより早かったわ。だから近いうちに心宮へ戻るつもり」
電話相手が行動の真意を問う。
「まさか、邪魔なんかしないわよー。彼が何を作ってどう動かすのか、私が一番見てみたいもの。ただ、計画が成功しても失敗しても、〈永演〉は回収しておかなくちゃ。アナタにも迷惑をかけちゃったし、そろそろ〝戻して〟おかないと……」
再びコーヒーに口をつける。ぬるくなるのはかなり早そうだと思った。
「ええ、別に失敗してもいい。むしろ、そうなる可能性が大きいでしょうね。はなから期待していないわ。まぁ、たとえ失敗でも、〝心臓〟の力を観察できるし、ワタシ的にはそれで満足よ。それでも……いいえ、なんでもないわ」
計画が進む中で、思わぬ〝チップ〟を受け取れるかもしれない……と思ったが、わざわざ伝える必要はなかったので、言うのをやめた。
「とにかく、言霊は問題ないってコトで、それじゃあ――ん?」
電話を切ろうとするのを、相手に静止される。
続けて耳に届いたのは、自分に対してのある〝頼み事〟だった。
「お願いって言われても、ワタシはワタシのしたいことを優先するつもりだから、約束はできないわよ。……そうね、アナタが言うそれが面白いなら、もちろん、ヤブサカじゃないけど」
電話相手が話を続ける。
フォルテは聞きながら、タルトにフォークを入れていた。欠片を刺して、口に運ぶ……その直前で、手が止まった。
「…………興味深いわね」持っていたタルト付きのフォークを、皿に置いた。「わかったわ、アナタへのお礼も兼ねて、寄り道してあげる。……七凪勇兎、ね」
別れの挨拶をし、電話を切る。
残りのタルトを片付けて、コーヒーを飲む。
氷少なめにしたのは、やはり失敗だった。




