#21.狂い始めた歯車
凶刃に倒れる配信者達
リナの内側に広がった心の闇は、偶然の被害者であるマゾに託された。
彼女は新たな街の搾取者『マゾ潰し』の二人をターゲットにした。
全財産を奪われた男の失望はあまりに深く、
その怒りの矛先は当然、自らを貪った者達へと向けられた。
リナを探し回っていた玲奈はその凶刃が振るわれる瞬間を目にした。
それはあまりに非現実的で、目の前の光景は映画のように思えた。
しかしそこに映像美で彩られた脚色は無く、ただ無様な悲鳴と
汚いし血しぶき、そして男の悲嘆の叫び・雄たけびがあった。
時間にすると僅か数分。しかし玲奈を狂わせるには十分だった。
つい先程、自分達を誹り罵った若き配信者達は、
凶刃により倒れやがて男も自らの時間を絶った。
まるで出来の悪いフィルムカメラのようなコマ送りの動き。
コレは果たして現実なのか、趣味の悪い夢なのか。
玲奈は声をあげる事もせず、ただその一部始終を眺め続けた。
やがて雨が降っている事に気付いた。
リナを探す事に必死で、彼女は傘を差す事も忘れていた。
目の前には憐れな配信者達と知らない男が横たわっていた。
玲奈は恐ろしい程冷静に二人の配信者に近付いた。
「ねぇ、生きてる?」
答えは無かった。しかし、僅かに青髪の女の方に息がある。
玲奈は二人に唾を吐きかけた。
そして言った。
「死にたくない?ねぇ、死にたくなかったらさ、ごめんなさいは?」
ネオンは、最期の力を振り絞り声帯を震わせた。
「ご・・・・めん・・・な・・・さ・・・・ぃ」
玲奈はそれを聞いても何も感じなかった。
そして、その場を来た方向の進行方向の先へと進んだ。
しかしそこには横たわっている配信者の身体がある。
玲奈はネオンの顔をまるでアリを踏み潰すように自然に、
気付いていないかのような素振りで踏み潰して行った。
『ぐぇっ』と憐れなカエルのような声をあげ、ネオンは目を閉じた。
後にはただ、雨が打ち付ける音だけが鳴っていた。
一方でリナは、男が報告をしに来ない事に焦っていた。
やはり、及び腰になり逃げたのだろうか。
自分は初めての純潔を散らしてまで覚悟を見せた。
それなのに逃げ出すのではあまりにも、非対称だ。
リナは遂に自らやるしか無いと覚悟を決めて、
夜でも凶器が変える場所を考えていた。
そこへ、玲奈が通りかかった。
「リナ!!」
玲奈はリナを見つけるなり、雨でびしょ濡れの身体を構わず、抱き着いた。
あまりに強く飛び掛かった為、リナはバランスを崩し後ろへ倒れた。
そして玲奈はリナを押し倒した姿勢のままで、キスをした。
「リナ・・・あの男、リナがけしかけたんだよね?
リナの護身用ナイフが落ちてたから。
あの男、自分の命と引き換えにしてあの二人を消したよ。
私も唾を吐きかけて、顔を踏んづけたよ。
そしたらあの青髪、喋らなくなっちゃった。」
リナは事の顛末を聞き、非常に驚いた。
男はやったのだ。やり遂げ、そして自らも消えた。
リナは心がいっぱいになってしまった。
この短時間で色んな事があった。
旅行からのマゾ化、そしてその解消、マゾ潰しの二人、
そして自身の暴走。しかし、まだ全ては終わってはいない。
むしろ、ここから先の動きが重要だ。
「どうしよう、玲奈・・・・。
アタシ、殺人を唆しちゃった・・・。」
「リナ・・・。リナは悪く無いよ、いやそもそも、
リナが唆した事を知ってるのは私だけだよ。
私、絶対に誰にも言わないから。大丈夫。
二人でこの事は一生の秘密にしよう。
あの男が全財産を奪われた恨みからの犯行。
きっとそれで、全ては丸く収まるよ。
この雨で、リナの護身用ナイフの指紋は消えるよ。
もしバレても落とした事にしよう。
大丈夫、大丈夫だよ、リナ・・・愛してる。」
二人は雨の中地面に倒れ込んだままで抱き合い、ずっと離れない。
やがて街にはパトカーや救急車のサイレンが流れた。
それは二人の映画ドラマのBGMのようだった。
玲奈はリナを探し回った疲れから、リナに覆いかぶさったまま眠った。
雨の中でビショ濡れになっている為、リナは濡れない場所へ行こうとして
玲奈を引きずろうとした。その時、警察が二人の前に姿を見せた。
「このナイフ、キミのだね。街には防犯カメラがある。
今はAI解析で事の次第は大体わかるんだ。
わかるね?キミは既に教唆犯として証拠があるんだ。」
リナは生まれて初めて言いようの無い恐怖に襲われた。
それは逮捕されたり刑務所に入れられる事では無い。
ただ、玲奈と離れるその事が何よりもただ怖くなってしまったのだ。
リナは目を見開き、失禁した。
雨がそれを洗い流したが、警察はその精神状態を鑑みた。
リナは手錠をかけられて、玲奈と引き離された。
(そんな、玲奈・・・やっと玲奈の事を守れたのに。
アタシの力で、玲奈を誹ったヤツらをヤって、
それでアタシ、これからまた玲奈と一緒にマゾ狩りを
アレ?アタシがやった事って悪い事なの?
わかんないや、あーもう、何でもいっか。
玲奈、バイバイ。またね、愛してるよ。)
ここで彼女の脳はその動きを止めてしまった。
その為、ここから先は暫く記憶が残っていないようだ。
~翌日~
玲奈はあるホテルの一室で目を覚ました。
そこには杏と凛がいた。
「おはよう、昨日は本当に大変だったみたいだな。
リナ、ニュースになってるよ。
それを見てアタシ達、必死でアンタを探したんだ。
そしたら濡れて地面に横たわってたから、
今はホテルのデイユースを使ってるよ。
安心しな、夜までずっと取ってるから、また寝ても良いよ。」
玲奈は長時間雨に打たれた為、風邪をひいていた。
凛が暖かいスープを作ってくれた。
「コレ飲みな?少しは落ち着くと良いんだけど。」
玲奈は凛に礼を言い、スープを飲んだ。
暖かい味に涙が零れそうになる。
「リナ、アイツ・・・ヤっちまったんだな・・・。
だけど気持ちは凄くわかるよ。アイツがやらなきゃ、
アタシが代わりにヤってたかも知れない。」
「リナ・・・・。」
「今はさ、どうしようも無いよ。とにかく待とう。
リナが直接ヤったワケじゃないんだろう?
執行猶予とか付くかもだし、アイツらは・・・・
まぁ、もちろん死んだんだろうな?」
「うん、私見たんだ。二人が倒れてるの。
シッカリ刺さってたし、生きて無いと思う。
唾吐いて、顔を踏みつけたの。
最後、あの女『ぐぇっ』って無様にカエルみたいな声上げてた。」
「そっか・・・。まぁ、お似合いだな。
初対面でいきなり攻撃的だったし。
それにしても、大変な事になったな。
楽しかった旅行から戻って、マゾ化解いて貰って、
さぁ今日からまたマゾ狩りだーって時にこんなの、
何なんだろうな、神様とかを恨むしか無いな。」
「もし神様がいるなら、私達の事は嫌いなんじゃないかな。
私達、そんなに悪い事して来たかな。
ただ少し皆よりも早く自分の力で生きようとして、
それでマゾ狩りを初めて。
だけどマゾ達の事を少し可愛く思って、マゾ牧場を見て。
彼らの幸せそうな姿を見て、ここで働きたいってなった。
マゾの気持ちも理解した。ここからなんだよ。
ここからまた、今度は私達の第二章、目標を持って
本気でマゾ狩りを通して将来を見据えながら、
そんな・・・私達の第二章が始まるはずだったんだよ・・」
そこへ綾がホテルの部屋へとやって来た。
「杏、凛、玲奈。今日は仕事を休んでここに来たわ。
杏、連絡をくれてありがとうね。」
「綾ちゃん・・・何でだろうな。
アタシ達、本当に生きるのが不器用だよな。」
「それはアタシだってそうだわよ。
貴女達だけが特別不器用なんじゃない。
そもそも上手く生きてる人なんていないわよ。
リナは・・・信じましょう。彼女は必ず戻るわよ。」
玲奈が綾にネオン達の事を伝える。
「綾さん、殺されたあの二人、マゾ潰しって言うのをやってたの。
マゾ達から全財産を奪うっていう、えげつない行為。
そして私達四人を挑発して来た。街を壊そうとしてた。
あんなの、殺されて当然だよ・・・。」
「玲奈!!そんな事言わないの!
彼女達の事、何も知らないんでしょう!!」
「知ってるよ!タワマン住んだり、配信で大成功してて、
マゾ潰しは遊びだって言ってた!
この街からマゾがいなくなった次の街に行くだけだって。
あんなの、ゴミだよ、人間の屑だよ。」
「玲奈・・・いくら貴女でもそれは前言撤回しなさい。
アタシね、あの子達の事知ってるのよ。」
「え!?」
「丁度貴女達に会う少し前にね、あの子達を見かけて声を掛けたの。
今よりももっと身なりは汚かったわ。
聞くとね、彼女達は孤児だったみたいなの。
だから、親がタワマンだとかはきっと嘘ね。
それで配信も全然伸びなくて、仕方なくマゾ狩りをしててね。
だけどマゾ達の事がかわいそうになってお金を取らなくてね。
そしたらお金が無くなって、万引きしたり身体売ったりして。
それでアタシが見かねて『もう少し大胆に行きなさい』って言ったの。
それからはしばらく、他の街で活動していたみたいね。」
「そんな・・・彼女達、被害者だったって言うの?」
「被害者かどうかは、アタシ達が決められる事じゃないわ。
ただ、少なくとも家庭との不和が原因でここに来た貴女よりも
家族に恵まれていなかった事は事実ね。」
「私、そんな子達の事を・・・そして、リナは・・・・・・。
綾ちゃん、どうしよう。私、私、取り返しの付かない事をやっちゃった。
もう、この世界で生きる資格なんて無いよ。ねぇ、どうしよう。」
「落ち着きなさい。大丈夫よ。
今の貴女は、リナが帰って来た時に抱き着く道標なのよ。
シッカリしなさい。リナが帰って来た時に貴女がいなかったら。
アタシの周りでコレ以上の不幸をアタシは許さないわ。」
その時、杏がスマホでニュースを見ていて驚きの声をあげた。
「あ!あの二人、生存だって!!
病院で息を吹き返したみたい!!」
「え!?それは良かったわね!って、まぁ手放しでは喜べないけど。
とにかく、死人が出なくて良かったわ。あ、マゾが一人、か。」
「何か、ソイツも助かったっぽいよ?
内側に着込んでいた女性用ブラが上手く作用して
致命傷には至って無かったんだって。
死んでるように見えたのは、ビビって気絶したんじゃない?」
こうして事件は一旦の踊り場に向かった。
しかしコレからリナがどう扱われるのか、
そして傷が治った二人は玲奈達の元へと姿を現すのか。
狂い始めた歯車は一旦噛み合ったように見えて、
酷く軋んだ音を立て始めた。
そしてこの歯車が内臓されているのは美しい音色を奏でるオルゴール。
四人の少女達のオルゴールの音色は果たして、美しい音を取り戻せるのか。




