第3話 使われなかった薬
ダンジョン三十二階層。カケルが死んだ場所は、査定が済むまで封がされていた。
半透明の保全障壁が、惨劇の跡を冷凍保存している。
誠司は、その手前に立っていた。一人では、ここまで来られない。査定員に、三十二階層を踏破する力はない。
「……勘違いしないで」
隣で、凛が前髪をかき上げた。装備を纏った彼女は、追悼イベントで見た姿とは別人だった。
「あなたを信じたわけじゃない。あの"たまたま"を、自分の手で否定したいだけ。それだけよ」
それで十分です、と誠司は思う。種は、もう芽を出している。
道中、二度モンスターが湧いた。凛は振り返りもせず処理した。誠司が状況を理解する前に、敵はもう崩れている。空間の歪みを読み、最短で急所へ抜ける――ランキング上位の探索が、何でもないことのように流れていく。これが、誠司に決定的に欠けているものだった。
保全障壁の前で、凛が足を止めた。
「ここ……変」彼女が眉をひそめる。
「カケルなら、こんな袋小路に追い詰められない。退路を、塞がれてる」
探索者の目だった。地形の不自然さを、彼女は一目で読む。誠司には見えないものを。
誠司は障壁越しに、床の一点を指した。岩の隙間、暗がりの底。そこに、小さな硝子の影が転がっている。
「あれを、回収してもらえますか」
凛が手を伸ばし、引き上げる。
――回復薬の小瓶。封は、切られていない。中身は、満たされたままだった。
カケルの道具袋から抜かれた、本物。誰かが飲ませないために抜き取り、ここへ捨てたのだ。
凛の手の中で、使われなかった薬が、静かに光っていた。
「……これ」彼女の声が、震えた。
「事故じゃ、ない」




