第2話 完璧な悲しみ
「証明できるの」凛の声が、怒りで震えていた。「いま言ったこと、ぜんぶ。できないなら、ただの侮辱でしょう」
「まだ、できません」誠司は認めた。
「でも、一つだけ確かなことがあります」
彼は、スクリーンの中で笑うカケルを指した。
「彼の道具袋は、戦闘前は満タンに映っていた。なのに最期には空で、しかも一本も飲んでいない」
「……落としたか、使う暇がなかっただけでしょう」
「落とすには、整いすぎていた。順番も、位置も、乱れていない」誠司は静かに言った。
「まるで最初から、中身だけが、なかったみたいに」
凛の眉が動いた。反論しようと開いた口が、止まる。
——彼女は知っている。隣のランキングで戦ってきた人間だ。カケルがどれだけ薬にこだわる男だったか。準備を欠かした日が、ただの一度もなかったことを。
「……たまたまよ」声が、わずかに掠れた。
「たまたま、英雄になった人間が、たまたま薬を切らしていた」誠司は彼女を見た。
「その”たまたま”が三十億円になる。だから僕は、数えるんです」
凛は答えなかった。怒りの奥で、別のものが一瞬だけ揺れて、すぐに消えた。彼女は誠司を強く睨むと、踵を返して人混みへ消えていった。
それでいい、と誠司は思う。種は撒いた。否定したい人間ほど、確かめずにはいられなくなる。
次に向かう相手は、もう決まっていた。
献花のたびに、時間を気にしていた女。
回復役の――椎名だ。
*
椎名は、会場の裏手で一人になっていた。
人目を離れると、悲しみの演技も少し緩む。彼女はベンチに腰を下ろし、自販機の安いコーヒーを両手で握っていた。億を稼ぐパーティの一員にしては、ずいぶん慎ましい一本だった。
「椎名さん」
誠司が声をかけると、彼女は顔を上げ、ほんの一瞬だけ警戒の色を見せてから、すぐに濡れた目をつくった。
「査定の方……ですよね。カケルのこと、まだ何か」
「一つだけ。あの階層で、あなたが最後にカケルさんを回復したのは、何分前ですか」
椎名のまばたきが、わずかに速くなった。
「……覚えて、ないです。必死だったので」
「必死な人は、時間を覚えているものです」誠司は静かに言った。「忘れているのは――計っていた人だ」
缶が、彼女の手の中で小さく軋んだ。
「……あなたに、何が分かるの」椎名の声から、演技が抜け落ちた。低く、疲れた、本物の声だった。
「安全な場所から、人の死を数えてるあなたに。お金が、どれだけ人を追い詰めるか」
それは、自白の一歩手前だった。
誠司が口を開きかけた、そのとき。
「椎名」
黒崎だった。いつのまにか背後に立ち、彼女の肩に手を置く。笑顔のまま、しかし目だけが笑っていない。
「こんなところにいたのか。次のインタビューだ」彼は誠司を一瞥した。
「査定の方も、お仕事熱心ですね。でも――故人を、あまり疑わないでやってください」
椎名は操られたように立ち上がり、黒崎に連れられて、また光の中へ戻っていった。
誠司は、空になったベンチを見ていた。
お金が、人を追い詰める。彼女はそう言った。守るためではなく、追い詰められて、薬を抜いたのかもしれない。
――許せない。だが、分かってしまう。
その厄介な感情を、誠司は静かに飲み下した。




