9,この悪役令嬢本当に悪役なのか!?
あとは、これを冷蔵庫に入れ、荒熱が取れたら完成だ。――そう思い、器を作業台へ移そうとした、その時。先ほどからずっと静観を貫き続けていたクリスティア令嬢が、静かに、だが遮るように声をかけてきた。
「待ちなさい。あなた一体それをどうするつもり?」
突然の事にビックリしてしまったが、落ち着いて対応で「荒熱を取るためにい一旦冷まそうと」とと言いかけた、その時だった。
「……冷ます、のね。――では、これで大丈夫でしょう」
クリスティア令嬢はフッと目を細めると、突然、器に向けて腕を突き出した。次の瞬間、彼女の美しい手元からきらめく氷の粒子を含んだ冷たい風が吹き出し、プリンの器を優しく包み込んだ。すると、先ほどまで熱々だったプリンが一瞬で冷まされ、プルプルンとした極上の弾力を取り戻していく。表面にはまるで宝石のような美しいツヤが走り、完璧な「なめらかプリン」がここに降臨した。
「……魔法って便利だなぁ~」
魔法の利便性について改めて感心している俺をよそ目に、クリスティアはまるで何事もなかったかのように席に座りこんだ。
(……あー、なるほど……ねぇ)
何かを察した俺は苦笑しつつ、完成したばかりのプリンをクリスティア令嬢の前に置いた。自身の前に置かれた、見たこともない黄金色の料理。それを目にしたクリスティア令嬢は、一瞬、瞳を大きく見開いた。そして、そっとスプーンを手に取り、プリンをそっと掬い上げた。
「っ……!」
スプーンの重みだけで、吸い込まれるように刃先が沈む。すくい取られた断面は、一切の濁りもない純金のような美しさで、ふるふると 儚げに震えていた。濃厚な卵とミルクが凝縮された黄金の塊。息を呑んだクリスティアは、誘われるようにそれを口へと運んだ。――次の瞬間、彼女の時が止まる。
咀嚼する必要すら、なかった。舌の上に載せた刹那、形を保っていたはずの黄金が、とろりと融けて優しいクリームへと姿を変えたのだ。これまで味わったことのないほど濃厚な卵のコクと、上品なミルクの甘みが口いっぱいに広がる。……そして次の瞬間。
先ほどまで鉄面皮を貫いていたクリスティアの口角が上に向き、優しい表情へと変わった。氷の令嬢と恐れられる彼女が、まるで花が綻ぶような、ひどく無防備で愛らしい笑みを浮かべているのだ。
その表情を見た俺は、一瞬ドキッと、ときめいてしまった。……いやいや何ときめいているんだ俺。相手はこの国の第一王子の婚約者候補で、この乙女ゲームにおける超・重要人物だぞ。ただの一介のモブ貴族にすぎない俺が、ときめいちゃダメだろ!!
心の中で激しく葛藤する俺をよそ目に、クリスティア令嬢は目にも止まらぬ速さでプリンを平らげ、いつの間にか完食していた。
(……いや、食うの速えな!!)
いつの間にかプリンが無くなっている事に俺は心の中でツッコミを入れざるを得なかった。そんな心のツッコミなど知る由もないクリスティア令嬢は、令嬢の仮面を被り直し、俺に何やら話始める。
「美味しかったわ。……流石はアルベール家ね」
「え……? 俺のことを、知っているんですか?」
思わず素の声で問い返してしまった。
乙女ゲームにおいて名前すら出てこない俺の家名をなぜこの人は知っているんだ?……と心の中で考えていると、彼女の口からあっさりとその答えが告げられた。
「ええ、知っているわ。なんせここ数年で、食という分野において飛びぬけて優秀な家系だと記憶していたからね」
「記憶……ですか」
「ええ」
確かに俺が転生してから食に関して、他の貴族達の所より発展しているだろうが、それでも俺の領地は辺境も辺境。まともに中央の社交界とも関わりを持たない、ただのド田舎のはずだ。
(……なのに、この人はそこまで把握しているのか)
その事実を突きつけられた俺は、彼女……クリスティアについてかなり誤解していたのだと実感する。彼女は、ただお高くとまっているだけの令嬢なんかじゃない。公爵家として……次期王妃になるために、並々ならぬ努力の出来る人なんだ、と思った。俺が心の中で一人勝手に感心しているとクリスティアが口を開く。
「アルベール家の作る料理は美味しいと噂では聞いた事があっても。実際食べるのとでは違うものね」
そう言うと、彼女はすっと気品ある動作で立ち上がった。
「美味しかったわ。……次も期待しているわ」
意味深な言葉を残し、彼女は華やかに厨房から去っていった。……ん?次も……よろしく? まさか、また食べにくるつもりぃぃぃぃ!!
モブとしてひっそり生きるはずだった俺の平穏な日常に、またしてもとんでもない嵐を引き寄せてしまったようだ。




