10,メインシナリオ開始しちゃいます?
とんでもない嵐に遭遇してから数日後。今日は、学園の外にあるダンジョンで新入生の実技演習が行われる日だった。本来であればこのイベントは、主人公であるルシアが攻略対象である人達とダンジョンに入り、好感度を上げる!というイベントなのだが……。なぜだか、その主人公は俺と一緒にパーティーを組んでいるのだった。
「あの、アレンさん。が、頑張りましょう!!」
「う、うん。頑張ろうな……」
はにかみながら拳を握るルシアに、俺は引きつった苦笑いを返す。まぁ、現状ルシアと仲がいいのは俺だからこうなるのは仕方ない……そう仕方ないのだが。
問題は、俺たちのすぐ後ろで、完璧に美しく気品あふれる『おすまし顔』のまま、無言でじっと俺の背中を見つめ続けているもう一人の淑女だった。
「……あ、あの~、アイズベルグ嬢。なぜ、あなた様も俺と一緒におられるのですか?」
意を決して、おそるおそる振り返りながら尋ねる。するとクリスティア令嬢は、平然とした表情でこちらに視線を向けてくる。
「この演習では、最低でも三人一組のパーティーを組まなければならない規則でしょう? だから私があなたのパーティーに入っているだけよ。……何か問題でも?」
「い、いえ……何も問題ありません」
冷たい視線が俺に向けられ、今にも身体が凍りつきそうだった。まぁ、この人の視線もそうなのだが、それ以上に周囲のギャラリーから一斉に送られる冷たい視線に、俺は血反吐を吐きそうになる。
(……おいおい、周りの男子どもの目が完全に『殺す』って言ってるぞ! 頼むからそんな怨念染みた視線をモブに送らないでくれ!!)
俺が心の中で必死の悲鳴を上げていると、隣にいたルシアが、おそるおそるクリスティア令嬢に向けて一歩を踏み出し、声をかけた。
「あ、あの」
声をかけられたクリスティア令嬢は、相手が平民の特待生だからといって決して見下したりはせず、公爵令嬢としての気品あふれる対応で、優雅に視線を向けた。
「ん、あなたは。特待生のルシアさんね」
「わ、私のこともご存じなんですか!?」
「ええ、勿論よ。優れた魔法センスで、平民でありながらうちの学園に特待生として編入してきた【期待の新星】ですもの。期待しているわ」
その言葉には一切の棘も、見下すような色もなかった。ただただ公爵令嬢としての気品に溢れた、相手への正当なリスペクトがある。……器が広いなぁ。
俺が心の中で感心していると、自分が褒められたことに対し、ルシアが顔を赤くして照れてしまう。
「き、期待の新星だなんて……そんな、私……っ」
もじもじと指先を弄るルシアだったが、その時。
「きゃぁー殿下ぁぁぁ!!」
突然、周囲のギャラリーから地鳴りのような令嬢たちの黄色い声援が飛び交った。ざわざわと騒いでいた生徒たちが、モーセの海割りのように一斉に左右へと避けていく。その中央から、虫酸が走るほどのイケメンオーラを放つ攻略対象が姿を現した。
金髪碧眼の第一王子のシリウス・レガリア。
顔面偏差値だけ見れば、現代のトップアイドルにも決して劣らない面々なのだが、男である俺からすれば「イケメンこの野郎!」とブチ切れたくなる光景だ。
「……アイドルかよ」
嫉妬故からつい本音がポロっと出てしまい、その言葉を隣で聞き咎めたルシアが、おそるおそる俺の顔を見上げてくる。
「あいどる……? あのアレンさん、『あいどる』って何ですか?」
(あ、やべっ! つい口から本音が)
慌てて口を抑えながら「なんでもないよ」とルシアの方に顔を向け誤魔かす。
(……。やっぱりメインヒロインだもんな。やっぱり攻略対象たちに気になるのかな?)
うるうるとした瞳で見つめてくるルシアを見た俺は、彼女が攻略対象たちについてどう思うのか、ついうっかり聞いてみてしまった。
「……ルシアはさぁ、あの王子たちの事どう思ってるか?」
「え!?」
… ルシアは一瞬、ポカンと鳩が豆鉄砲を食ったような顔で瞳を丸くした。それから、なぜかみるみるうちに顔を真っ赤に染め、もじもじと視線を泳がせ始める。
「えっと、とてもカッコいい人たちだなぁと……私的にはアレンさんのほうが」
最後はよく聞き取れなかったが、ルシア的にも顔を真っ赤に染めるほどカッコいいと思うんだな……流石は乙女ゲームのメインキャラたちだと感心してしまった。
俺達がそんな会話をしている間、クリスティア令嬢はシリウス殿下と何やら話をしていた。
「やぁティア。元気そうで何より」
「シリウス殿下も息災で何よりです」
シリウスの会話に淡々と返すクリスティア。……ホントに婚約者候補かよ、とツッコミを入れたくなる。そんな態度に少しムッとしたのか、シリウス殿下はこちらに矛先を向けてきた。
「……そうか。ところでそこにいる御仁は君の知り合いかな?」
(おいおい、こっちに矛先むけんじゃねぇよ!)
心の中で必死に冷や汗を流していると、クリスティア令嬢は、平然とした表情のまま俺達を紹介し始めた。
「ええ。今回一緒にダンジョンに入ってもらう。アルベール男爵家のご子息アレン・アルベール殿と今年、特待生で入学されたのルシアさんよ」
突然の紹介に気が動転してしまった俺は、とりあえず頭を下げてみた。それに倣うかのようにルシアも頭を下げる。
「アルベール……すまない聞いたことのない家名だな」
(まぁ、そうだろうな)
貴族と言っても、数多くいる貴族の中でも下の方の男爵。そんな下級貴族の名前をいちいち覚えているほうが変だ……だからこそ俺の家名を知っている、この令嬢が異常なのである。そんな、聞かれたら俺の首と動体が離れ離れになるような事を考えていると、シリウス殿下は、俺の事など無視しルシアの方に近づいてきた。
「君が特待生のルシアだね。会えて光栄だ。僕は、レガリア王国第一王子の、シリウス・レガリアだ。以後よろしく」
すっと美しい手をルシアに差し伸べ、まばゆい金髪碧眼のロイヤルスマイルを浮かべるシリウス殿下。……ようやく、主人公と攻略対象との出会いが実現してメインシナリオの歯車が動き始めた。
(俺のせいで狂い始めた歯車だったが。これでようやく前に進められる!)
と心の中で安堵する。そんな中ルシアは、なぜかオドオドとした態度を見せながら、チラチラと俺の方を見てくる。
「……えっと。あの……」
どうして俺の方を向くんだろうと考えていると。
「殿下。あまり女性を困らせるものではありませんよ」
完璧なおすまし仮面のまま、シリウス殿下とルシアの間に割って入ってきたクリスティア令嬢。……おお、なんかさっきのは悪役令嬢ぽかったぞ。と完全に部外者ムーブをかます俺。
「おっと、これは失礼。美しいレディを前に、少し気が流行ってしまったようだ」
シリウス殿下は悪びれもせずロイヤルスマイルを浮かべると、すっと手を引いた。
「僕たちもそろそろ行くよ。ティア、それにルシア。また後で」
そうキザなセリフを言い残すと、シリウス殿下は精鋭の騎士たちを引き連れて、先にダンジョンの入り口へと消えていった。
(……あれが、ルミナス・クロニクルで一番人気のシリウス・レガリアか。なんか、聞いてた話とだいぶ違う印象だったな)
前世の妹から聞いた話だと、誰にでも優しく接する完璧な聖人君子のような王子様と聞いていたけど、いざ実際に目の当たりにすると……何と言うか残念イケメン感というかなんというか、そんな印象を受けた。……まぁ、ゲームと現実では見える風景が違うもんな。
自分自身で勝手に納得しながらゆっくり頭を上げる。するとルシアが恐る恐る俺の方に近づいてきた。
「……あの、アレンさん。さっきのは……その……勘違いですから」
(何が勘違いなんだ?)
ルシアが言い放った言葉の真意が掴めなかった俺は、とりあえず生返事で回答する
「勘違い……何のことかよくわからんがとりあえず俺達も行こうか」
そう言い放った俺は、ダンジョンの中へと足を進める。その歩いていく背中をみたルシアは小さく頬を膨らませる。
「……アレンさんの……ばか」
誰にも聞こえないくらいの声量で独り言を漏らすルシアだった。




