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8,黄色いお菓子と氷の令嬢

 昼食を終えた俺は、心の底からやってしまったという絶望を抱えながら、教室の隅の席で午後の授業を受けていた。


「あー、やっちまったぁぁぁ。どうすりゃいいんだ、これから」


机に突っ伏したまま、消え入りそうな声で愚痴をこぼす。

 本来なら、ヒロインであるルシアが攻略対象……今回でいう所の王子と運命的な出会いを果たし、物語の歯車が動き始める……はずだった。それなのに。

 俺は、チラリと前の席に座っている彼女の背中に目を向けた。必死に授業を受けていたルシアがたまたまこちらを振り返る。そして俺と目が合った瞬間、ぱっと嬉しそうに顔を輝かせ、周囲に見つからないよう胸の高さで小さく手を振ってきたのだ。

俺は引きつる頬を必死に動かし、精いっぱいの苦笑いで手を振り返した。


(畜生!!可愛いなもう!!) 


自分のチョロさを呪いながら、再び机に顔をうずめる。とりあえず、俺のせいでフラグをへし折っちゃったからには、俺が責任をもってフラグを回収するしかない!


……と、鼻息荒く意気込んでみたものの束の間、結果何の成果も得られないまま学園に入学して数日が経とうとしていた。その間ヒロインであるルシアと攻略対象たちとの進展は全くなく……。それどころか、ここ数日間で、なぜかモブ貴族である俺とばかり親しくなってしまっている。


「はぁ~……」


 俺は教室の机に両肘を乗せ、組んだ両手に額を預けて深いため息を吐いた。無駄に脳をフル回転させてしまったせいで、まともな思考すらできない状態だ。


「……糖分が欲しい」


ボソッと小さく独り言を呟く。疲れた脳が糖分を欲しているのは間違いなかった。けれど、この世界のお菓子と言えば、ただ大雑把に甘いだけの砂糖菓子や、パサパサした焼き菓子くらいのもの。勿論、大貴族様たちが通うこの学園であればそれなりに美味しいお菓子も食べられるのだが、転生した俺の口には、どうしても合わなかった。

……だったら自分で作るしかない。

 とりあえず、攻略対象だの何だのについて考えるのを一切放棄した俺は、自分でお菓子を作るため、この学園で自由に使える厨房へと足を運んだ。

 この学園は、生徒たち――つまり未来の国家を担う貴族の自主性を伸ばすという名目のため、あらゆる設備が整った専門の部屋が用意されているこの広々とした高級ホテルのような厨房も、その一つだ。


 重い扉を開けて中に入った俺は、とりあえず設置されている、冷蔵庫のような冷気の魔道具を開いた。さすがは貴族のための学園だ。一般家庭には普及していない贅沢な魔道具の中には、厳選された新鮮な食材がずらりと並んでいる。

卵に……ミルク……。うん決まりだな!

 調理を待つ食材たちを前にした俺は、前世の世界で誰もが一度は食べたことのある、あのプルンとした定番お菓子を作ろうと思い立った。必要な材料を調理台の上に並べ、さっそく取り掛かろうとした――その時。


「……あなた、一体ここで何をしているの!」


 突然、扉の方から一人のご令嬢の声が聞こえてきた。俺はその声に一瞬たじろいでしまった。ゆっくりと声のする方へと顔を向ける。――そこに佇んでいたのは。 この世界のヒロインの敵であり、次期王妃に一番近いとされる『氷の令嬢』――アイズベルグ公爵家の『クリスティア』だったのだ!!


(な、なななな、何で悪役令嬢がここにぃぃぃぃぃ!!)


 予期せぬエンカウントに、俺が戸惑いを隠せないでいると。


「……聞こえなかったのか? ここで一体何をしているのかと聞いているのだけれど」


 クリスティアは形の良い眉をピクリとひそめた。 その双眸そうぼうから放たれる冷徹な視線は、今にも凍てつかせてしまいそうなほどの威圧感を孕んでいた。この状況で下手に嘘をついたら、氷の令嬢の名にふさわしく、全身カチコチにされてからかき氷みたいに粉々にされそうだ。そう思った俺は震える唇を何とか動かし話した。


「……え、えっと。ちょっと脳が糖を欲していたから。お菓子でも作ろうかな?と思いまして、ここにいるのです、はい」


 何とか喉元につっかえていた言い訳を絞り出す。 それを聞いたクリスティア嬢は、俺の妙な言葉を吟味ぎんみするようにしばらく考え込んでいたが――やがて、その冷徹な双眸そうぼうで真っ直ぐに俺を射抜いた。


「……お菓子。あなた、名前は?」


突然名前を聞かれたため俺は素直に答えた。


「え、えーっと。アレン……アレン・アルベールと申します」

「アレン・アルベール……」


俺の名前を聞いたクリスティアは、小さくその名前を反芻した後、小さく「……そう」と呟き、そのまま部屋を出ていく……のかと思われたが。なぜか、俺の近くにある調理台が見える位置へとすんなり陣取ったのだ。

「……えーっと、あのー。アイズベルグ嬢。 なぜそこにジーっとこちらを見られるのでしょうか?」

 俺がたまらず困惑の声を漏らすと、彼女は表情一つ変えずに静かに口を開いた。

「気にしないで」


……いや、気にしないでと言われて気にしなくて済む身分差じゃないだろ! 心の中でツッコミを入れつつ、正直気になって仕方がなかった俺は再度話しかけてみた。だが、彼女は「気にしないで」と、まるで前世のRPGのNPCのように同じ言葉を繰り返すばかりだった。

 俺は半ば諦めの境地に達し、深いため息をこぼしながら、限界まで緊張した手つきでお菓子作りを始めることにした。


 まずは鍋で湯を沸かし、牛乳と砂糖を絶妙な温度で湯煎していく。

続いて卵を割ると、空気が入らないよう滑らかな手つきで溶きほぐした。激しく混ぜて泡立ててしまうと、焼き上がったあとの滑らかな食感が損なわれてしまうからだ。

 卵と牛乳をしっかりと混ぜ合わせることができたら、ダマをなくすために二、三回に分けてザルで丁寧に液体を濾していく。そうして出来上がった液体を器へと流し込む。……とはいえ専用の型なんてものは無いので、今回は厨房の棚で見つけた陶器のココット皿を代用することにした。器のふちから泡立たないよう、慎重に液を注ぎ入れていく。

 一連の無駄のない手際を黙って見ていたクリスティアが、どこか期待に満ちた眼差しで俺を見ていたように感じたが……まあ、気のせいだろう。

 さて、器に流し込んだ後は、いよいよ火を通す工程だ。……今回は”なめらかさ”を重視するため、大きめの鍋に先ほど注いだココット皿を並べ、器の高さの三分の二ほどまでお湯を張る。そうして蓋を閉め、弱火でじっくりと蒸し焼きにしていく。

 しばらく火に掛けておいた鍋の蓋を開けると、白く温かい湯気と共に、卵とミルクが合わさった優しく甘い香りがふわっと厨房一面に広がった。 

 思わず生唾なまつばを呑み込みながら、中を覗き込む。そこには――。


 まるで今にでもプルプルと踊りだしそうなくらい、完璧な、なめらかプリンの完成だ!!

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