38,夏祭りには両手に……花!?
初めて焼きそばを目にしたルシアとクリスティアは、その焼きそばから出てくる破壊的なまでの香ばしい香りに、”ゴクリ”と唾を飲み込んだ。
いざ焼きそばの実食に移ろうと思った矢先、とある問題が二人に降りかかった。
「あの、アレンさん。この『ヤキソバ』っていう料理なんですが……どうやって食べればいいんですか?」
そう、この乙女ゲームの世界において『啜る』っという食文化が存在しなかったのだ。と言うよりも、この『ルミナス・クロニクル』という乙女ゲームの世界に、『麺料理』という料理自体が極めて稀で、公爵出身のクリスティアですらどう食べればいいのか迷っていた。
……さらに付け加えるなら、”啜って食べる!”という文化自体、前世でも日本特有の食べ方であり、他の国……ましてやこの乙女ゲームの世界に啜って食べるなんて文化があるはずもなかった。
(確かに。よくよく考えれば、麺料理自体初めての人に、いきなり焼きそばを食えって言う方が無理な話か……)
「まぁ、特に決まった食べ方があるわけじゃないけど。俺のオススメの食べ方は啜って食べる事かな?」
「す、ススル?」
料理を作る事に夢中して肝心な事を見落としていた事について反省。
その後、分からないのであれば実践すればいいのだと解決案を思いつき、俺はそのまま実演する形で焼きそば食べる。
ジュウゥゥゥゥゥッ!!
豪快に啜る音を立てながら焼きそばを食べる。
「あー、うめぇ!!」
焼きそばを口に入れた瞬間――
麺の表面に絡んだウスターソースの濃厚な香りが鼻へと抜けていく。
噛めば、もちもちとした麺の弾力が心地よく、キャベツのシャキッとした食感と、ベーコンの旨味が一気に広がった。
(……これだよ、これ。前世の祭りで食べた“あの味”だ……!)
俺が美味しそうに焼きそばを食べる姿を見たルシアとクリスティアは、お互いに顔を見合った後、ゆっくりと焼きそばを口に運んだ。
ジュウゥゥゥゥゥッ!!
「「……ッ!? 美味しいぃ!!」」
初めて焼きそばを食べた二人の感想も俺と同様「美味しい!」と言う一言に凝縮されていた。
ルシアは、目を輝かせながら嬉しそうに頬を緩める。
「ソースの香りがすごくて……麺がもちもちで……こんなの初めてです!」
クリスティアは、いつもの冷静さを保ちながらも、わずかに口元をほころばせた。
「……確かに美味しいわね。香りも味も、想像以上だわ」
二人が美味しそうに焼きそばを食べている様子を見てなんだか微笑ましくなっていると、俺の背後からアンナの声が聞こえてきた。
「アレン様、少しよろしいでしょうか?」
「ん、どうした?」
「屋台の方は私たちにお任せいただき。アレン様はしばらくお休みいただき、その間お二人をお連れてして、ぜひともお祭りを堪能してください」
「え!?」
突然アンナから提案されたことに、変な声をあげてしまった。
「いや、でも大丈夫なのかアンナたちだけで?」
「ええ、大丈夫ですよ。むしろ、主であるアレン様がいつまでも働き続けたら、使用人である私たちの方が気が気ではありません。
それに……お二人もアレン様と一緒に祭りを楽しみたいですよね?」
「あ、アンナさん!?」
突然のアンナの質問に、食事を楽しんでいたルシアは驚いてしまい、その場で飛び跳ねてしまった。そんな中クリスティアは、いつも通りの冷静な態度で
「……そうね。公爵家の令嬢である私をほっぽり出して、自分だけ好きな事を使用だなんて。アレン君、あなた中々いい度胸じゃない」
クリスティアからこれでもかというくらいの冷たい視線が俺に突き刺さった。
「もうティア。そんなアレンさんを困らせるような言い方はよくない……」
「あら、あなたは嬉しくないのかしら? 彼と一緒に祭りを周ることが?」
「そ、それは……」
何故、「俺をを祭りに連れて行くか行かないか?」というディベート対決のような会話が繰り広げられた。
「まぁ、シアが彼と一緒に周らないと言うのなら。私はアレン君と二人だけで祭りを周るだけなのだけど」
「いや、俺の意志とか無視なんですかティアさん?」
俺の言葉など一切届いていない状況で、クリスティアは俺の左腕に自身の腕を絡ませた後、悪役令嬢らしくヒロインであるルシアに挑発染みた言葉を発する。
その瞬間、ルシアはなぜか怒ったような表情を一瞬浮かび上がらせた後、俺のもう片方の腕に恥ずかしそうにしがみついてきた。
「わ、私も……。私もアレンさんと一緒にお祭りを周りたいです!!」
顔を真っ赤にさせながら勇気を振り絞って言い放るルシア。その姿は、まさしく乙女ゲームのヒロインだなと感心してしまった。
……のだが、よくよく考えればこれ……完全に俺が攻略対象になっていないかとおくばせながら感じた。
「そう……。じゃあ、三人で祭りを周りましょ」
「いや、あのだから俺の意志とかないんですか!?」
俺の抗議などどこ吹く風といった様子で、クリスティアは軽く肩をすくめた。
「あら、アレン君。まさかあなた、この状況で“行かない”なんて言わせないわね?」
「うぐ……ッ!」
クリスティアからこれでもかというくらいの冷たい視線が突き刺さる。すると、ルシアが恥ずかしそうに袖をつまみながら、そっと俺を見上げてきた。
「アレンさん……。私、アレンさんと一緒に周りたいです。だ、ダメ……ですか?」
その瞳は、まっすぐで、少し不安げで――断れるわけがない。
「……いや、ダメじゃないけど……」
「じゃあ決まりね」
クリスティアが満足そうに微笑む。ルシアは嬉しそうに胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
こうして――俺の意志など半ば押し流される形で、三人で祭りを周ることになった。




