4,スープで好感度上げちゃいます?
まずは、料理長から譲り受けた鳥の骨をしっかり洗い、余分な血合いや内臓を素早く指先でこそぎ落とす。そしてたっぷりの水を張った深鍋に投入し、コンロの火を点け……ってあれ?これどうやってつけるんだ?
現代のガスコンロにあるような、カチッと回して火を点けるスイッチのようなものはどこにも存在しない。代わりにそこにあったのは、まるで最新のIHコンロのように平らな黒い石板。表面には、鈍く光る不思議な魔導文字が彫り込まれている、魔法陣のようなコンロだった。
(これ、どう使うん……?)
俺が鍋の前で眉をひそめて悩んでいる。
「ど、どうされましたか、アレン様?」
アンナがおずおずと近づき、上目遣いで声をかけてくる。俺は、このコンロの使い方を知らないと素直に伝えるとアンナは、優しい口調で俺に教え、左手を前に突き出した。突然、彼女の指先からポッと小さな炎が上がる。俺が「おおっ!?」と声を上げて驚く間に、アンナがその手をコンロの魔法陣にかざすと、連動するように石板へボッと勢いよく火が灯った。
「このように、魔力を込めればつきますよ」
「おお!」
魔法……か!そういえばこのゲーム(ルミナス・クロニクル)には、そんなものがあったっけか。すっかり忘れていたぜ。正直、魔法がない世界から俺からすれば物凄い驚きだな。――っと、いけない。見とれている場合じゃないな。手伝ってくれたことにお礼を言わないと。
「ありがとうアンナ。助かったよ」
しみじみと笑顔でお礼を伝えると、アンナは未だに俺からの感謝に慣れていないのか、目を丸くして少し驚いた表情を見せる。まぁこれはおいおいに。
さて料理の続きをしますか!
鳥の骨を入れた鍋に蓋をし、弱火でコトコトと煮詰めていく。時々蓋を開けては、表面に浮いてくる濁った泡――灰汁を、丁寧に、すくい残しがないよう取り除いていく。正直、灰汁は取り除かなくても問題はないが、取るか取らないかによって味が大きく違ってくる!
スープが育つのを待つ間、俺はもう一つの仕込みに取りかかることにした。
先ほど鳥の骨と一緒にもらった野菜の剥き皮やヘタを、しっかり洗う。少し香りを出すために軽く炒めたあと、先ほどの鳥の骨同様たっぷりの水と一緒に煮込む。
時々、灰汁を取るために鍋の蓋を開けるたび、そこから溢れ出てくる何とも香ばしい匂いに、アンナの頬が緩みだす。そして……。
ぐ~。
突然、アンナのお腹が鳴りだす。お腹が鳴ったことが恥ずかしかったアンナは、一瞬で耳の先まで真っ赤に染め上げ……。
「す、すみません……」
慌てて両手でお腹を押さえ、消え入りそうな声で俺に謝罪をする。また怒鳴られるんじゃないかと身を固くしている彼女に、俺はいたずらっぽくニヤリと笑ってみせた。
「いや、謝る事はないぞ、アンナ。むしろ、その音が聞こえるってことは、このスープが間違いなく美味しいってことの証拠だからな!」
「え……?」
ポカンと呆気に取られるアンナを置いて、俺は最後の仕上げを行う。
煮込んでおいたスープをしっかりザルで濾し、更に煮込む。
「さぁ、完成だ!!」
調理台の上に並べられたのは、じっくり煮込んでおいた二つのスープ。そしてそのどちらでもない、未知の三つ目のスープがアンナの目の前に出された。
目の前に出されたスープの、暴力的とも言える芳醇な香りを嗅いだ瞬間、アンナは口からよだれが堪らず零れてしまった。
「あ、あのアレン様。これは?」
潤んだ瞳で、不思議そうに聞いてくるアンナに俺は不敵にニヤリと笑ってみせた。
「右から、鳥の骨からとった『チキンブイヨン』。野菜の皮などからとった『ベジブロス』。そして、その両方のスープを合わせて作った……『コンソメスープ』だ!!」
どれも聞きなれない名前に困惑してしまうアンナ。 更に、それを厨房の遠目で見ている料理長やシェフたち。
アンナは目の前に並べられた液体に、少し戸惑いを見せていた。
なぜならこのスープは本来、厨房で捨てるはずだった物たちで作られている。本当に食べて大丈夫なのかと、一抹の不安が脳裏をよぎる。…………だが、目の前の料理から立ち上る芳醇な香りに、たまりかねてゴクリと唾を飲み込んだ。そして、ゆっくりとスプーンを手に持ち、まずは右端にある『チキンブイヨン』の入った皿にそれを浸した。ほんのり白濁としたスープをすくい、おずおずと口元へ運び、そっと唇を湿らせるように含む。
「――っ!?」
次の瞬間、アンナの細い眉が跳ね上がった。 口いっぱいに広がったのは、今まで飲んできたどんなスープよりも濃密で、それでいて驚くほど雑味のない、ピュアな鳥の旨味。
感動に震えるアンナは、吸い寄せられるようにスプーンを動かし、続いて真ん中にある『ベジブロス』の入った皿に口をつけた。
「――っ!? あ、あま……い……?」
口に含んだ瞬間に広がったのは、先ほどの鳥のスープとは違うすっきりとした、けれど濃厚な野菜の甘み。軽く炒めていたおかげで、香ばしさが最高のアクセントになって鼻へ抜けていく。
鳥の旨味に驚かされ、野菜の甘みに心を奪われたアンナは、そのどちらでもない謎の黄金に輝くスープ、『コンソメスープ』を口へと運んだ。
「――――っ!?」
スープが舌に触れた瞬間アンナは、呆然と目を見開いて完全に硬直してしまう。そして次の瞬間、アンナの目からポロポロと大粒の涙が溢れ落ちた。
「な、なんですか……このスープ……ッ。先ほどの飲んだ、『ぶいよん』と『べじ…ぶろす?』とかと言うスープより遥かにおいしいです!」
今まで食べたことのない未知の美味に衝撃を受けたアンナは、そこから理性が完全に吹き飛んでしまった。そのままの勢いでスプーンを猛烈に動かし、並べられている三つのスープをすべて、一滴も残さず綺麗に平らげてしまったのだ。
ぷはぁ、と小さく息を吐いて皿を置いたアンナの表情は、幸せそうに緩みきっており、お世辞にも人前で見せられるようなものではなかった。
その様子を遠くから呆然と見つめていたシェフたちの視線に気づいた瞬間、アンナは勢いよく我に返り、顔をボッと真っ赤に染め上げ、大慌てで口元を拭うと、涙目で俺に謝罪をしてきた。
「も、申し訳ありませんアレン様。このようなみっともないお姿をお見せしてしまい」
今にも泣きだしそうなアンナを見た俺は、優しく微笑みかけ……。
「何言ってるんだ。あんなに美味しそうに食べるアンナを見て。作った甲斐があるってもんだよ!」
アレンの思いがけない優しい言葉と手の温もりに、アンナは、「ボンッ」と音がしそうなほどの勢いで、再び顔をリンゴのように真っ赤に染めてしまう。――その時だった。アレンの背後から、料理長を含めた数名のシェフたちが、吸い寄せられるようにゆっくりと近づいてきた。
「あ、あの、アレン様。もし、可能でしたら、わたくし達にもそのスープを貰えたり出来るでしょうか?」
何とも余所余所しい態度で懇願してくる料理長たち。きっとこれも前の俺の影響なのだろうと思いながら俺は、笑顔で構わないよ!と優しく承諾する。
スープを食べた料理長達もアンナ同様、ただ呆然と目を見開いて硬直した。中には、あまりにも美味しさに涙腺が崩壊するシェフまで現れる始末だ。
「こんなおいしい物を食べたことがない!」
スープの圧倒的な美味しさに涙腺を崩壊させた料理長が、突然、もの凄い勢いで俺に詰め寄ってきた。
「アレン様! 今までの非礼、大変申し訳ありませんでした。どうか、どうかこのスープの作り方を、我々に伝授していただけないでしょうか!」
いかにも頭が重そうな料理長の頭が深く俺の方に向いていた。それに倣うかのように、厨房にいた他のシェフたちも一斉に俺に向かって深く頭を下げてくる。
流石の俺もここまでの事態は予想しておらず、驚きを隠せなかった。だが、大きく一呼吸を置いて、すっと冷静になる。
「頭を上げてくれ、みんな。……元々は、俺が皆に横柄な態度をとり続けていたのが悪いんだ。君たちが悪いわけじゃない。むしろ、今まで理不尽に怒鳴り散らしていた俺の方こそ、本当に申し訳なかった」
高貴な身分であるはずのアレンが、平民である使用人たちに真っすぐに頭を下げて謝罪した。 そのあり得ない天変地異のような光景に、厨房にいた全員が息を呑んで驚愕した。
「あ、アレン様! 滅相もございません、どうか頭をお上げください……っ!」
料理長がすぐさま慌ててアレンに近づき、恐縮しきった様子で頭を上げて欲しいと懇願してくる。
俺はそれを受けいれ、ゆっくりと顔を上げた。これでようやく、過去の自分の悪評を一つ清算できた気がして、少し肩の荷が下りたような気分になる。その後、俺は気を取り直して、彼らにスープ作りの技術について徹底的に指導を行った。
――それから、長いようであっという間だった、三年の月日が流れて。




