33,うちのメイドはかなりヤバい?
しばらくして、ようやく解放された俺は、ルシアの治癒魔法で何とか一命をとりとめた。
(……マジで死ぬかと思った。アンナの抱擁はもはや武器だろ……)
胸を押さえながら荒い息を整えていると、アンナがコホンと咳払いをした。
「こほん……。先ほどはみっともないお姿をお見せしてしまい申し訳ありません。ルシア様、クリスティア様」
アンナはスカートの裾をつまみ、完璧な角度で優雅なカーテシー(淑女の礼) を取った。
さっきまで俺を絞め落としかけていた人物とは思えないほど、落ち着き払った声音で続ける。
「私、こちらの屋敷にてアレン様の侍女を務めております、アンナと申します。
以後お見知りおきを」
その姿は、まさに“完璧な侍女”。背筋は伸び、声は澄み、表情は凛としている。
(最初からそういう態度でいてくれよ……)
そんな俺の心の叫びなど知らぬ顔で、アンナは優雅に微笑んでいた。
「それにしても、アレン様。私、本当に心配しました。
なんでもダンジョンでミノタウロスと遭遇して命からがら討伐したけど、意識不明の重体だったと……」
「アンナ……」
アンナたちは悲しげな表情で俺を見つめてくる。その視線に、俺も少しだけ申し訳なさを覚え――た、その瞬間。
「それで、アレン様。勿論、食べられたのですよね。ミノタウロス!!」
「……はい?」
「どうだったのですか?お味は……ッ!!」
さっきまでの悲しみはどこへ行った。目がギラギラしてるぞこの人。……俺の同情返せ!!
「はぁ……。確かにミノタウロスは食べたが、生憎と俺は全く口にできなかった。味の感想を聞きたいなら、俺の後ろにいるシアたちに聞いてくれ」
俺はそっと“ターゲット”を後方へスライドさせた。
突然話を振られたルシアは「えっ」と小さく声を漏らしたが、時すでに遅し。食の探求に取りつかれたアンナたちは、ルシアを囲むように詰め寄っていく。
「ミノタウロスの肉は!? どんな香りでした!?柔らかさは!? 旨味は!? どの部位が一番……!」
「あ、あのっ、ちょ、ちょっと待ってください……!」
ルシアは完全にパニック。
アンナはというと、すでにメモ帳を取り出し、「詳しく聞かせてもらいますね」と言いながらルシアを空いている部屋へ連行していく。
「あ、アレンさん!!」
困り果てたルシアは、俺に助けを求めてきたが、肉に餓えたハイエナ(アンナ)たちを止めることなど俺になど出来るはずもなく、ただ合掌して祈るばかりだった。
しばらくして。机に突っ伏し、魂が抜けたように蹲るルシアの姿があった。……何があったのか、容易に想像できる。
「うう、酷いですよアレンさん。私を見捨てるなんて……」
「いや、あれはどうしよもなかったし。それに、ミノタウロスの肉を食べたのは事実なんだし仕方ないだろう」
「うう、そうかもしれませんが……。アレンさんは、時々意地悪です」
完全に拗ねてしまったルシアの隣では、優雅に紅茶を嗜むクリスティアの姿が。
クリスティアは、俺が“ターゲット”を振る前から、なぜか気配を完全に殺していたらしい。……回避性能高すぎだろ、この公爵令嬢!!
そんなこんなで、しばらく優雅なティータイムを過ごしていたのだが――ふと、何か物足りなさを感じた。
(こう、暑い日に冷たいものが食べたいな……)
「……アイスが食べたい」
(あ、ヤベ……!!)
思っていたことが、つい口から漏れてしまった。
俺の言葉を聞いた瞬間、ルシア、クリスティア、そしてお茶を注いでいたアンナまでもが反応した。
「なんですかアレンさん。その『あいす?』というのは。私凄く気になります!!」
「ええ、非常に興味があるわ!」
先ほどまで拗ねていたルシアは、これでもかと言うくらい食い気味に近づき、いつも冷静なクリスティアも、食べ物の事となると、なぜか前のめりだ。こうなった二人を止めることは、俺には出来ない。
ただでさえ、二人だけでも手に余るというのに、今回はもう一人、最強の食欲モンスターが隣にいる。……そう、アンナである。
アンナも「アイス」という単語に反応したかと思いきや、なぜか遠い目をして、まるで過去の恋を思い出すように呟いた。
「『アイス』ですか。とても懐かしいですね。あの時食べたあの味は忘れられません……」
まるで初恋の少女のように頬を赤らめるアンナ。だが次の瞬間――
「アレン様!!」
「な、なんだ……」
アンナは俺の目の前まで顔を近づけ、瞳をキラキラと輝かせながら叫んだ。
「作りましょう、『アイス』を!!」
「え?」
そう言うや否や、アンナは俺の襟を掴み、ずるずると調理場へ引きずっていく。……俺、一応貴族なんですけど?何なのこの扱い!?
そんな俺の虚しい心情などお構いなしに、アンナはぐんぐん前へ進み、気づけば調理場の前に到着していた。
「料理長! いますか?」
元気よく調理場へと入っていくアンナ。突然、突然メイドが乱入したにもかかわらず、料理人たちは驚く様子もない。これが日常化されているのだと実感する。
「なんだアンナ? 今日はどうした……ってアレン坊ちゃま!! おお、よくぞお帰りに!!」
奥から料理長が歩いてきた。料理長は、俺の顔を見るなり、感無量と言わんばかりに駆け寄ってくる。
その大きな声に、他の料理人たちもぞろぞろと俺の周りに集まりだし、まるで神を見るかのようにキラキラと視線を向けてくる。
「アレン様! お帰りを心待ちにしておりましたぞ!!」
「アレン様、また新しい料理を教えてくださるのですか!?」
「次は何を作るんです!? 煮込みですか!? 焼き物ですか!? それとも――」
(うるさい……! 近い……! 圧がすごい……!)
正直、ここまで群がれるとうるさいと思った俺は、大きな声で怒鳴ろうかと思ったその時……。
「そこを退きなさい、あなた達」
空気が一瞬で凍りついた。
アンナが、ドスの利いた声で前に出てきたのだ。その姿はまるで“厨房の支配者”かのようで、料理人たちは思わず道を開けてしまう。
「これからアレン様は、私に“アイス”を作ってくださるのだから」
(いや、お前のためじゃないからな!?)
アンナは当然のように胸を張っているが、その背後からは“絶対に邪魔するな”という圧が溢れ出していた。
料理人たちはというと――
「あいす……ってなんだ?」
「な、お前知らないのか! 二年前に一度、アレン様が作って下さった。あの、『幻のお菓子』の事を!!」
(なんだよ、『幻のお菓子』って!?)
まぁ、確かに、転生してきたばかりの頃に一度だけ作ったことはある。だが、あの時は氷も足りず、設備も整っていなかったため、本当に“試作品”レベルのものだった。
(……でも、今回は違う。なんたって今日は、氷魔法の天才『クリスティア・アイズベルグ』公爵様がいるからな!!)
俺はちらりとクリスティアの方を見る。
「あら、私に何か用かしら?」
「いや、別に……」
俺はそっと厨房の方に視線を戻し、一呼吸入れる。
(仕方ない。作りますか……『アイス』を!!)
そう心の中で決意し、調理を開始する俺だった。




