30,ジャガイモのフルコース……作っちゃいます(前編)
目の前に提供された『コロッケ』なる料理を初めて見た店主は、言葉を失っていた。
昨日――
レガーロ亭の食材保管庫を物色していた俺は、兄ダリアが大量に仕入れた木箱の中身が『ジャガイモ』であることを確認していた。
「これって……『ジャガイモ』か?」
「はい、そうです。うちの兄貴……じゃなかった、兄が錯乱して購入したものなんです」
「誰が、錯乱だ、このバカ妹が!!」
「錯乱でしょうが!! こんな危険な食材なんて買ってきやがって!!」
「ジャガイモが……危険?」
ジャガイモが危険という言葉に、俺は思わず首を傾げた。確かにジャガイモには『ソラニン』という毒が芽に含まれているが――。
「ちなみに聞くけど、このジャガイモの下処理……特に“芽”はちゃんと取って調理してるのか?」
確認のために尋ねると――
「え、何ですか……めって?」
(そこからか~)
本当にこの世界の料理レベルはかなり遅れている……と改めて実感した。
俺はジャガイモの芽に含まれる毒『ソラニン』について説明し、これを取り除かないと嘔吐や下痢などの症状を引き起こし、最悪の場合は死に至る可能性もあると伝えた。
……まぁ、いきなり説明されてもすぐに理解することは難しいだろう。
「とにかく。ジャガイモはしっかりと下処理を行えばどんな料理にでも化けることのできる最強の野菜なんだ!!(※あくまで個人的な見解です)」
力説したものの、二人はまったくピンと来ていない様子だったので、まずはジャガイモの定番メニューを作ることにした。
まずジャガイモを水で洗い、包丁の根元を使って芽を丁寧に取り除く。今回はセイロがないため、簡易的な蒸し器を作る。
水を張った鍋にボウルを逆さまに入れ、その上に切り込みを入れたジャガイモを置いて蓋をするという簡易セイロの完成だ。
「アレンさん、これは何をしているんですか?」
「ん? ああ、これは『水蒸気』を使った『蒸し料理』って言うんだ」
「すい……じょうき? 虫?……料理?」
聞き慣れない単語が次々と出てきて、ルシアの頭は完全にパンクしていた。まぁ、魔法が主流の世界で化学の話をしても分かるわけないよな……。
「えっと、簡単に説明すると。水蒸気って言うのは、水を火など熱い所に長期間置いておくと、熱い白い煙が出てくる。それを水蒸気と言って。
その、水蒸気の熱を使って、食材に火を通る調理法を……蒸し料理っていうんだ!」
「へーそうなんですね。アレンさんって本当に何でも知っているんですね」
「えーっと、まぁ色々とね……アハハ」
(本当は、前世の世界での知識を生かしているだけだけど……)
少し罪悪感を覚えながら、蒸し上がるのを待った。
数分後――
「もうそろそろかな?」
俺は鍋の蓋をそっと開け、竹串でジャガイモを刺して火の通りを確認する。
「うん、大丈夫そうだな」
しっかり火が通っていることを確認し、ジャガイモを取り出して十字に切り込みを入れ、その上にバターと塩を少々かける。完成――
『じゃがバター!!』
目の前に出された料理を見て、リゼットとダリアは言葉を失った。今まで毒だと思い嫌悪していたジャガイモが、とても美味しそうに見えたのだから。
「いただきます!」
腹が減っていた俺は、放心状態の二人をよそに蒸したてのジャガイモへかぶりついた。
ホクッ、ホクッ……!
「あー、うまい!!」
ただ蒸しただけのシンプルな調理だというのに、ホクホクとした甘みが舌の上でほどけ、バターの濃厚なコクがジャガイモ全体を包み込む。
塩気がその甘みを引き立て、噛むほどに旨味がじわりと広がっていく。
蒸したて特有の湯気がふわりと鼻をくすぐり、思わず目を細めてしまうほどの優しい香りが漂った。
「美味しいですぅぅぅ!!」
どうやらルシアも大変満足のようだ。リゼットとダリアも俺たちの美味しそうな食べっぷりを見て、ゴクリ……っと唾を飲み込んだ。
覚悟を決めた二人は、一斉にじゃがバターを口に運んだ。……その瞬間、脳に電撃が走った。
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「な、なんですかぁ、この美味しい食べ物はぁぁぁ!!」
「俺は、今までこんな美味しい食べ物を嫌悪してきたのかぁ……」
じゃがバターを食べた二人の反応はまったく違った。
リゼットは純粋な驚きで目を丸くし、兄ダリアは美味しさの感動なのか、今まで食べてこなかった罪悪感なのか、悔し涙まで流していた。
(……まぁ、美味しいようで何よりだ。
でもあれだな、じゃがバターを食べると色んなジャガイモ料理を食べたくなる……)
じゃがバターの衝撃が強すぎたのか、俺は他のジャガイモ料理も食べたくなってしまい、ジャガイモのフルコースを作ることにした。
まずは前菜。芽と皮を取り除いたジャガイモを半分に切り、さらに六等分ほどにカットして、しばらく水に浸して灰汁を抜く。
(本来この料理ではカットする必要はないが、火を早く通すためにこうしているだけだ)
水を二、三回取り替えたら、鍋に水とジャガイモを投入し、火にかける。
水がグツグツと沸騰し、吹きこぼれそうに水面が上がってきた時は、水を足して落ち着かせながら、ジャガイモが柔らかくなるまで火にかける。
「あの、どうして水を入れるんですか?」
ルシアが不思議そうに首を傾げてきたので、俺は軽く説明した。
「ん? ああこれか……。これは『差し水』って言って。沸騰させすぎた水を冷たい水で落ち着かせるんだ。 こうすれば、吹きこぼしや仕上げなど調整できるんだ」
「へぇ~、そうなんですね」
俺の説明を真剣な眼差しで聞いているルシア……その可愛い反応に思わず笑いそうになったが……っといけないいけない集中集中。
ジャガイモが柔らかくなるまで火にかけたら、お湯から取り出し……潰す!!
人によって好みの硬さや食感はあるかもだが、俺はある程度食感があった方が良いから潰すのはほどほどに。
上手く潰せ荒熱が取れてきたら、細かく切っておいた干し肉を投入
最後に卵と油で作った『マヨネーズ』を入れる……。
(っと、そうだった。危ない危ない。このジャガイモは最後のメインディッシュにも使うんだった。先にタネを分けておかないと……)
メインディッシュ用の分をしっかり取り分け、残ったジャガイモにマヨネーズを加えて混ぜると――『ポテトサラダ』の完成!!
「んーッ!! これも美味しい!!」
「な、なにこれ……!?さっきのじゃがバターとはまた違う美味しさ……!」
「う、うまい……!なんで俺は今までこんな美味しいものを避けてきたんだ……!
ジャガイモ様……本当にすみませんでした……!」
反応は三者三様だったが、どれも嬉しそうで何よりだ。
ちなみに、皮をつけたまま作るポテサラは『ジャーマンポテト』と言って、これもまた絶品なのだ!
さて、次はスープだ!
こちらもポテサラ同様、芽と皮を剥いたジャガイモを六等分にカットし、鍋に水と――俺が持参しているコンソメスープと一緒にコトコト煮込む。
……コンソメスープを持参している理由は……まぁ聞かないで欲しい。
ジャガイモが柔らかくなったら、お玉などで潰していく。
(これも人によって好みは分かれるが……。ジャガイモのポタージュなら完全に潰した方が俺は好み!!)
潰し終えたら、牛乳を投入し、またコトコトと弱火で煮込む。味をみながら塩などで調整したら……『ジャガイモのポタージュ』の完成!!
「と、とろっとしてて……あったかい……! これ、すごく優しい味です……!」
「なにこれ……!? さっきのポテサラともじゃがバターとも違う……!飲んだ瞬間、体の奥まで染みわたる感じがする……!」
「う、うまい……うますぎる! ジャガイモ様……本当に本当にすみませんでした……!」
これまた反応は、三者三様だったが成功のようだ……というかなんで涙流しながら食べてるのダリアさん……。
次にメイン料理に……といきたいところだが、その前にちょっとした“おつまみ”を少々。
芽と皮を剥いたジャガイモを薄くスライスし、水にさらす。これもポテサラ同様、二、三回水を取り替えて灰汁を抜く。
水にさらしたジャガイモは、ふきんなどでしっかりと水気を取る。
この“水気をしっかり取る”工程が、あとでカラッと揚げるための大事なポイントだ。
十分に水気を取ったら、ジャガイモを百八十度の油へ投入する。薄いので、長時間揚げる必要はない。
ある程度カラッと色づいてきたら取り出し、余分な油をしっかり落とす。
そして、熱いうちに軽く塩を振りかければ――みんな大好き『ポテトチップス』の完成!!
パリッ!!
「なにこれ!? こんなに薄いのに滅茶苦茶美味しい!!」
「まずい、上手すぎて手が止まらん!!」
全員、完全にポテトチップスの虜になっていた。
皿の上のチップスが減っていくスピードが、明らかに常識の範囲を超えている。
(……いや、これメイン料理の前に出すもんじゃなかったかもしれないな……でも美味しいから仕方ないか)
さて、それじゃあ 最後のメインディッシュの『コロッケ』でも作りますか!!




