29,油を使う時はご注意!
俺たちの協力を得られると思ったリゼットは、最初こそ嬉しそうに喜んだが、
すぐに「でも……本当に何ができるんですか?」と不安そうに俺たちを見た。
(……まぁ、いきなり現れた人を信用しろって方が無理だよな)
まずは信頼を得るため、俺たちはリゼットたちが働いている店――《レガーロ亭》へ向かった。
中は思った以上に綺麗で、細かいところまで丁寧に掃除が行き届いている。
古い店のはずなのに、どこか温かくて落ち着く雰囲気があった。
「すごい綺麗なお店ですね」
ルシアが素直に褒めると、リゼットはぱっと顔を明るくして、照れながら笑った。
「そうですか!? えへへ……ありがとう。お店の掃除は、全部私がやってるんです」
素直にお店を褒めるルシアに、リゼットは照れながらお礼を言った。どうやら、この店の清掃は全部リゼットが担当しているらしい。
二人が和やかに話しているのを見守っていた俺だったが――
ぐぅ~。
静かな店内に、俺の腹の音がやけに響いた。
(……そういえば、なんだかんだ昼飯食べてなかったな)
リゼットの信頼を得るという名目で、俺は何か一品作ってみることにした。
「さて……何を作るかぁ……」
リゼットの案内で厨房へ入り、「食材は何でも使っていいですよ」と承諾を得る。
俺はまず、食材が保管されている保管庫へ向かい、棚に並ぶ食材を一つひとつ確認していった。
(人参に……干し肉……小麦粉……)
保管庫の棚をざっと見渡しながら、俺は心の中で食材を確認していった。
もちろん、前に使わせてもらった公爵家の保管庫と比べれば、ここに置かれているのはごく普通の食材ばかりだ。
(……いや、公爵家と比べる方が失礼か)
そんなことを考えつつ奥へ進むと、保管庫の隅――薄暗いスペースに、やけに存在感のある“木箱の山”が目に入った。
リゼットの話から察するに、これが兄のダリアが大量に仕入れたという問題の食材らしい。俺は念のためリゼットに中身を見てもいいか確認し、「どうぞ」と承諾を得てから、一番手前の木箱の蓋をゆっくりと開けた。
中を覗いた瞬間――
(……なんだこれ)
思わず息を呑んでしまった。
翌日――。
「がーはっはっはっは。愉快愉快……実に愉快じゃ!!」
リゼットたちのライバル店にて、甲高い笑い声を響かせる男がいた。どうやら彼がライバル店の店主らしい。
「ほんのちょーーっと他店と同じ料理を出して、ほんのちょーーっと値段を安くしただけで客がわんさか流れてくるんじゃ。ホンマちょろい商売じゃわい!!」
まさしく絵に描いたような“ド畜生”ぶりで、聞いているだけでドン引きするレベルだ。さらに、誰に聞かせているのか分からないが、自分の犯した罪まで得意げに語り始めた。
「それに、念のためあっちの店の店主も、しばらく動けんくらいまでいたぶっておいたしな。これであの店も終わりじゃ。がーはっはっはっは!」
勝ち誇った店主は、かき入れ時の昼の時間が近づいていることに気づき、店の扉へ向かって外へ飛び出した。
「いらっしゃいませーーー……って誰もおらんじゃないかぁぁぁぁ……ッ!!」
元気よく外へ飛び出したものの、そこには誰一人並んでおらず、閑古鳥が鳴くような静けさが広がっていた。
店主はその異常事態に目を見開き、驚きを隠せないまま固まっていると、一人の従業員が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「た、大変です店長!!」
「大変なのは、見れば分かるわ! 客が居らんという事じゃろう……ッ!!」
「た、確かにそうなのですが……。そのお客が例の店に大量に並んでいて……」
「な、何じゃとぉぉぉぉぉ……ッ!!」
従業員の言葉を聞いた店主は、顔を真っ青にしながら大慌てで『レガーロ亭』へと駆け寄った。そして――
「な、何じゃとぉぉぉぉぉ……ッ!!」
レガーロ亭の前にずらりと並ぶ大量のお客を目の前にし、店主は再び絶叫した。
「いらっしゃいませー!」
「い、いらっしゃい……ませ……」
店内は昨日とうって変わって、大量のお客で溢れかえっていた。
リゼットは大忙しで走り回り、ヘルプとして制服を着たルシアも必死に接客している。
「ルシアっち、そんな小さい声じゃ誰にも聞こえないよぉ!」
「うう、そうかもしれませんが……。この制服凄く丈が短くて、恥ずかしいですよ」
レガーロ亭の制服は、確かにかなり短い。ルシアはスカートの裾を押さえながら、顔を真っ赤にして接客していた。そんな忙しい店内に――
「おい、貴様らぁぁぁ!! い、一体どんなあくどい手段を取り負ったぁぁぁ!!」
店の外から、勢いよくライバル店の店主が乗り込んできた。入ってくるなり、根拠のない悪評を店内に響かせる。
「ああ、あくどい手段だとぉぉぉ……。ふざけるな、うちらは真っ当な商売をしてるっつーの!!」
「真っ当な商売だと……ふざけるなよ。昨日まで閑古鳥が鳴いていた店が、いきなり繁盛するなどありえんじゃろうが!!あくどい手段を使ったに決まっとる!!」
「んだとぉぉぉ……ッ!!」
「り、リゼットちゃん。お、落ち着いて……ッ!!」
完全にチンピラのような絡み方で店主に突っかかるリゼットを、ルシアが慌てて止めようとする。
今にも大乱闘がおっぱじまる――そう思われたその時。厨房の奥から、俺が二人の間に歩いて出てきた。
「あのー、店の中で根拠のない悪評を嘆きかけるのは辞めて貰えますか?」
「ああ、誰じゃ貴様!!」
突然現れた俺に驚いた店主は、俺が何者なのかを問いただしてきた。
名を聞かれたので、「昨日から臨時で働いている者です」と説明すると――
「そうか、貴様か……」
店主は何かを悟ったように呟き、俺の方へズイッと歩み寄ってきた。
「貴様が、この騒動の元凶だな……」
「元凶だなんて、そんな大げさな……。俺はただ、お客様が満足するような美味しい料理を提供したまでですよ!」
「美味しい料理だと……」
「ええ……」
“美味しい料理”という単語を聞いた店主は、しばらく黙り込んだ。
そして突然、店内に響くほどの大笑いをしたかと思うと――次の瞬間、俺の胸倉を掴みかかってきた。
「ふざけるなよ小童が……ッ!!
そんな美味しい料理一つで、昨日まで閑古鳥だった店が繁盛するわけなかろうが!!
言え!! 一体どんなあくどい手段を使ったのかぁぁ!!」
まったく信じてもらえない様子だったため、俺は“論より証拠”ということで、店主に一つの提案をした。
「だから、何もしてませんって。そんなに言うなら、この店で作った料理、食べてみて下さいよ。それでハッキリ分かりますから!!」
店主は再び黙り込んだが、俺の真剣な眼差しに何か感じたのか、胸倉を離した。
「良いだろう。そんなに言うなら貴様の料理食べてやろう!! だがもし、美味しくもない料理でも提供したら……分かっているのだろうな」
「ええ、勿論……」
俺は乱れた服装を整え、急いで厨房へと戻り調理を始めた。
ジュワァァァァ!!
油の中で何かが弾ける、食欲をそそる音が響く。同時に、香ばしい匂いが店内へふわりと漂い始めた。
その香りを嗅いだ瞬間、店主はもちろん、店内の客まで思わず息を呑む。
しばらくして――厨房の奥から皿を手に持って、俺がゆっくりと姿を現した。
「お待ちしました! どうぞ『特製コロッケ』になります!」
皿に盛られていたのは、油でカラッとキツネ色に揚げられた、見るからにサクサクの『コロッケ』。
衣は均一に色づき、表面はサクッと音を立てそうなほど美しい。湯気とともに、香ばしい匂いがさらに広がる。
店主はその見た目だけで、一瞬だけ言葉を失っていた。




