27,どこの世界にもこういう人はいるのか……
数時間後……。
午後の一時限目の講義を終えたルシアは、次の授業を受けるため、廊下を歩いていた。すると、背後から突然声が飛んできた。
「ちょっとあなた!」
「えっ……はい?」
呼び止められたルシアが振り返ると、そこに立っていたのは――ゲームでもよく見かけた、いかにも不機嫌そうな貴族令嬢たち。
しかも、よく見ると彼女たちは、初日にルシアをいじめてきた令嬢たちだった。
「えっと、私に何か用ですか?」
突然呼び止められたことに驚いたルシアだったが、すぐに気持ちを落ち着かせ、理由を尋ねた。すると、先頭に立つ令嬢が扇を口元に当て、ゆっくりと口を開く。
「何か用ですって。そんなの決まっていますわ。あなた、平民のくせに調子に乗り過ぎなのよ」
「調子に……乗り過ぎ?」
何のことか分からず首を傾げるルシア。自分は調子に乗っているつもりなどないと否定するが、令嬢たちはまったく聞く耳を持たなかった。
「ちょっと、クリスティア様やシリウス殿下に気に入られているからと言って。平民であるあなたが私たち上流貴族に口答えなんて。そういうのが調子に乗っているっていうのよ!!」
「「そうよそうよ」」
取り巻きの令嬢たちも、まるで合唱のように声を揃える。
さらに彼女たちは、ルシアが“平民のくせに反論した”こと自体を責め立て、嫉妬と偏見丸出しの暴論を次々と口にした。
そして――話はいつの間にか、アレンのことやダンジョンの件にまで飛び火する。
「だいたい、あなたがいつも媚びているあの下級貴族も気に食わないのよ。あのダンジョンでの一件をさぞ自分の手柄かと言わんばかりに子爵に昇格して、クリスティア様の貢献を横から掻っ攫って。どうせ、あなたもあの下級貴族もクリスティア様のお零れを貰ってだけのくせに……」
その瞬間。
先ほどまで黙って聞いていたルシアの中で、何かが――プツン、と切れた。
「……謝って下さい。」
「はぁ?」
「アレンさんに謝って下さい!!」
突然の大声に、令嬢たちは一瞬だけ怯んだ。
「あなたたちは、あの日何があったのか何も知らないのに……!
アレンさんがどんな思いで、あの大きなミノタウロスに一人で立ち向かったのかも知らないのに……知ったような口を叩かないでください!!」
「な、なによ、平民のくせに生意気よ!!」
「生意気で結構です。私のことはどう思われても構いません。
……でも、アレンさんのことを悪く言うのだけは――絶対に許せません!!」
ルシアの怒りに押され、令嬢たちは一瞬たじろぐ。だが、そのせいで彼女たちの無駄に高いプライドが逆に刺激されてしまった。
先頭の令嬢が「平民のくせに!!」と叫び、右腕を前に突き出す。魔法を放とうとした――まさにその瞬間。
「……一体、これは何の騒ぎかな?」
どこからともなく、落ち着いた声が響いた。
「誰ですか、私の邪魔をするのは……ってあなた様は!?」
良いところで割って入られたことに腹を立てた令嬢は、声のした方へ怒りを込めて振り返る。
しかし、そこに立っていた人物を見た瞬間――その表情が一気に青ざめた。
この国の第二王子であり、乙女ゲーム『ルミナス・クロニクル』の攻略対象の一人――『ユリウス・レガリア』が、静かにルシアたちの前へ歩み出ていた。
「こ、これはこれは……ユリウス様。ご、ご機嫌よう……」
さっきまで威圧的だった令嬢たちは、一瞬で猫をかぶったように態度を変え、お淑やかな声で挨拶する。
ユリウスは柔らかい微笑みを浮かべたまま、しかしどこか冷たい光を宿した瞳で、ゆっくりと彼女たちへ近づいていった。
「やぁ。それで、これは一体何の騒ぎかな? あまり穏やかな会話というわけではなさそうだったけど?」
令嬢たちはお淑やかな態度を崩さないまま、若干の嘘を交えながら言い訳を始める。
「そ、そんな穏やかでないだなんて、とんでもないですわ。
私たちはただ、平民である彼女が少し場をわきまえない振る舞いをしていたので、貴族として“指導”をしていただけですのよ……」
「……へぇ~。指導……ねぇ~」
「はぃ~」
まるで猫が甘えるような声で言い訳する令嬢。ユリウスはしばらく考える素振りを見せた後、ニヤリと口角を上げる。
「うん、なるほど、理解したよ。君たちの言い分を……」
「そうでしたか! ありがとうございます、ご理解頂き……」
「……けどね」
ユリウスは令嬢の耳元に顔を寄せ、囁く。
「……あまり、公衆の面前でやるべきではないよ。君たちの品位が疑われちゃうかからね」
「は、はいぃ~」
耳元でイケメンボイスをゼロ距離で聞いた令嬢は、ボンッ!! という音が聞こえそうな勢いで顔を真っ赤にし、スライムのようにとろけた表情になった。
その後、正気を取り戻した令嬢は、顔を真っ赤にしたまま「ご機嫌よう」と挨拶し、そそくさとその場を後にした。
急展開にただ茫然としていたルシアだったが、ふと我に返り、助けてもらったことにお礼を伝える。
「あ、あの。助けて下さりありがとうございます」
ユリウスはゆっくりと振り返り、柔らかな笑みを向ける。
「いえ、お礼だなんてそんな。たまたま通りかかっただけですし、それに僕はただ当たり前の事をしたまでですよ。――ルシアさん」
突然名前を呼ばれたルシアは、肩をビクッと震わせた。
なぜ自分の名前を知っているのか尋ねると、ユリウスは口角を上げて答える。
「そんなの知っていますよ。平民でありながら、特待生としてこの学園に入学し、この前のダンジョン演習で遭遇してしまったミノタウロスの討伐に貢献。さらに、この国の第一王子――僕の兄上を助けた大功労者の名前くらい……ね」
その表情は、見る者が見れば失神するほど美しい微笑みだった。
しかしルシアは特に動じることもなく、いつも通り落ち着いた態度で対応する。
そんな他愛もない会話をしていると――
キーンコーンカーンコーン……。
始業のベルが鳴った。ルシアは「講義に遅れる!」と慌ててユリウスに挨拶し、その場を急いで立ち去った。
ルシアがいなくなった廊下に、ユリウスだけが静かに立ち尽くす。
「……彼女が……兄上のお気に入りの……ルシア……か。……ふふ、面白そうだな」
穏やかな微笑みの奥に、不気味な影が揺れていた。
……ちなみに、そんな裏で起こっていることなど知る由もない俺は、午後の眠い時間を、ウトウトしながら必死に講義を受けていた。




