22,メレンゲを手作業で作るのはマジで地獄です……
数時間後……。
地獄のようなダンスを何とか切り抜けた俺。正直、ダンスの基礎は覚えていたが、終始タジタジでクリスティアのサポートが無かったらどうなっていたか。最終的には、何とかダンスを終えられたが、それ間、周囲から向けられる視線がかなり痛かった。
「はぁ~」
俺は小さくため息を吐きながら、時間が過ぎるのを待った。そうこうしている間に、夜のパーティーは滞りなく終えていた。ダンスが終わってからの間、ルシアはずっとシリウス殿下の隣におり、クリスティアは他の貴族の奴らと談笑したり、再びダンスを踊ったりと忙しそうに立ち回っていた。
パーティーが無事終わり、俺たちは帰路に就こうとしていた。
帰り際にシリウスがルシアの左手の甲にそっと唇を落とすという、ちょっとしたイベントはあったものの、俺たちは王宮を後にする。
その後、もう夜が遅いということもあって、俺とルシアはクリスティアの屋敷──アイズベルグ公爵邸で一泊することになったのだった。
(……眠れなぇ)
案内された客室のベッドに横たわりながら、全然眠れない状況に俺は天井を睨みつけていた。
正直、精神的疲労はこれでもかと言うくらいに溜まっており、ベッドに入った瞬間に爆睡していてもおかしくないはずだ。だが、お腹が空きすぎて眠れそうになかった。
あの地獄のダンスを踊った後、周囲の貴族どもから向けられる視線の刃が痛すぎて、とてもじゃないがのんきにご飯を食べられるような状況ではなかったのだ。目の前にあんなに美味そうな馳走が並んでいたというのに、俺は指をくわえて胃袋を鳴らすことしかできなかった。
「……。あーダメだ!!」
我慢の限界を迎えた俺は、ベッドからガバッ起き上がり、そのまま公爵家の厨房へと足を運ぶ。
本来、よその、それも公爵家の料理人でもない俺が勝手に厨房に入る事など絶対に許されない。
だが、前回。ミノタウロスのステーキを作った時、ここの料理長から、『あなたなら、いつでもこの厨房を使ってくれて構わない! その代わり、あなたの作る料理はぜひ私に食べさせてください!』
という、熱い交換条件付きで事前承諾を貰っているのだ。
厨房に入った俺はまず、何を作ろうか考える。
(正直、疲れているから甘い物が欲しいからお菓子を作るとして……。お腹もすいているから、ずっしりとしたものがいいよな……。う~ん)
心の中で思考を巡らせながら、俺は食材の棚を眺める。
(卵……。小麦……。そして、油か、これ?)
並ぶ食材を見た俺は、一筋の光を見出したかのように閃いた。
「……そうだ。『あれ』を作ろう!」
何を作るか決めた俺は、料理台の上に食材を並べる。
卵に小麦粉……砂糖にバター。そして、大量の油を用意。
「さて、作りますか!」
腕を捲りながら、調理を始める。
まず、卵を卵黄と卵白に分ける。正直、ただ作るだけなら分ける必要はないのだが、今回はふんわりとした食感の生地を作るためにこうしているのだ。
次に、分けた卵黄に、卵黄分に入れる砂糖を投入。お湯を張った鍋の上に置く……湯煎しながら、混ぜる。なぜ、湯煎しながら混ぜるかというと、卵黄の油が邪魔だから、お湯の熱でいい感じに温めながら卵黄の油を……っと、まぁ詳しくはグー〇ル先生に聞いて貰って。
ともかく、湯煎しながら混ぜた卵黄が白っぽく、跡がしっかり残るまで混ぜる。
次に、卵白だが……正直、こっちの方が大変だ……。
手順としては非常にシンプル。まず、卵白に砂糖を数回に分けて投入し、とにかく泡立てるだけなのだが……その泡立てが非常に重労働なのだ。
なんせ、卵白……メレンゲを手作業でやると、死ぬほど時間かかる上に、肩が外れるんじゃないかと思うほど同じ動きを繰り返すのだ。……正直、ハンドミキサーが恋しくなるぜ。
「うおおおおぉぉぉぉ……!」
……はぁはぁ。何とか、角が立つまで混ぜ終わったら、最初に分けて卵黄とメレンゲになった卵白を混ぜ合わせる。これも何回かに分けながら、メレンゲの泡を潰さないように……まぁ、ゆっくり混ぜ合わせ、しっかりと振るった小麦粉を入れる。
最後に、鍋で溶かしておいたバターと混ぜれば、生地の完成だ!
「うん、素晴らしい出来だ!」
自分で作った生地を自身で褒めながら次の工程へと進める……そう型取りである。だが、この世界には型をとる道具なる物は存在しない。少なくとも、俺の知る限りは……。では、どうするか、それは至ってシンプル。
ないのなら、ある物で代用すればいい!!……と。
そこで俺が取り出したのは、どのご家庭にもある……この金属のスプーンである。
まず、スプーンを二つ用意し、そのスプーン事態に油を薄く塗る。正直、水でも代用できるが、今回は油を使ったお菓子のためパス。
次に、その油を塗ったスプーンで生地をすくい上げ、二つのスプーンをすり合わせるようにして器用に形を整えていく。
形を整えた生地を、あらかじめ適温に熱しておいた油の中へと、滑らせるように投入した。
ジュワァァァァ……ッ!!
深夜の静寂を優しく破る、最高に心地よい揚げる音が厨房に響き渡る。
「うん、良い音……」
油の表面でパチパチと小さな泡を立てながら、生地が綺麗なキツネ色へと染まっていく。その心地いい音が廊下にまで響き、たまたま、ある人物の耳へと届いていており、その人物は、扉の隙間からそっと不思議そうに中を覗き込んでいる。
そんな視線に気づくこともなく、俺は目の前の鍋に集中していた。油に入れて少しすると、生地が油の熱を浴びてプカプカと浮き上がってくる。両面がしっかりと綺麗なキツネ色に揚がったのを見計らい、油から取り出す。
「よし、完成だ!!」
揚げたての香ばしさと、バターが熱されて放つ濃厚な甘い香りが、一気に空気中に充満する。これぞ現代の悪魔的揚げ菓子──『ドーナツ(ミニ)』の完成だ。
暴力的なまでに香ばしい香りに、俺は涎を垂らしながら、今すぐにでも手を出そうとした──まさにその時だった。
ぐうぅぅ……ッ。
突然、廊下の方から盛大なお腹の鳴る音が聞こえてきた。深夜の静まり返った公爵邸に響き渡る、なんとも可愛らしく、だけど容赦のない重低音。
一体誰だろうと思い、俺はゴクリと唾を呑みながら、恐る恐る厨房の扉を開ける。すると、そこには──。
お腹を両手で必死に押さえながら、これ以上ないほど顔を真っ赤に染めている、パジャマ姿のルシアの姿があった。




