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21,モブはモブらしく生きていきたい(後編)

 流着さすがはメインキャラたちだ。二人が並んで踊っているだけで、まるで一枚の絵画のように美しく映える。 貴族の──それも王宮での格式高いダンスなど経験したこともないルシアを、流石は王族と言わしめる圧倒的な技術で、しっかりとスマートにリードしていくシリウス殿下。……やっぱりモブである俺が立っていいステージではなかったな。

 一人で勝手に納得していた俺は、モブらしく背景の隅っこで王宮の料理を食べながら、料理の研究を行っていた。


「……うん、美味しいな。流石は、王宮の料理だな……だが、どうも俺には合わないな」


 王宮の料理は確かに美味しい。……だがどうにも俺の口には合わないのだ。 

 元々前世でも、こんな高級な料理など食べた事がなく、基本的に『B級グルメ』と呼ばれる安くて美味いものしか口にしてこなかった俺からすれば、正直どこか物足りなくて微妙だった。

 ただでさえ、この世界の料理は、まだ発展途上の最中なのであるから、余計にそう感じてしまった。

(もっとガツンとニンニクを効かせるとか、あるいは醤油ベースのタレを絡めるとか……。いや、ハチミツを隠し味に使ったあのミノタウロスステーキのタレなら、この肉を何倍も美味くできるな)

 一人心の中で、どう調理すれば美味しくなるのか研鑽していると。背後から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「あら、こんな所で一体何をやっているのかしら。アレン君」

「ん? ティアか」


 もぐもぐと肉を噛み締めながら、俺は一切の警戒心なく、いつも通りの軽い調子で振り返った。


「見て分からないか。ご飯を食べている」

「いえ、それは見れば分かるのだけど。今は、ダンスの時間よ……あなたは踊らないの?」


 クリスティアの口から放たれたその単語を聞いた瞬間、俺の身体はガタガタと震えだした。 なぜなら──俺はダンスなんてこれっぽっちも踊れないからだ。……厳密に言うと、踊りたくない。

 ただでさえ、こんなきらびやかな王宮のど真ん中でステップを踏む奴らなんて、俺からすれば全員『一軍の陽キャグループ』である。前世から筋金入りの陰キャである俺からすれば、そんな文化はナンセンス以外の何物でもない。

 こういうのはメインステージに立つルシアやシリウス殿下たちがやるべきことであって、背景のドット絵にすぎないモブの俺がしゃしゃり出ていい場所ではないのだ。


「いやー、俺は遠慮しておくよ。俺みたいな新参者が神聖なダンスフロアを汚すわけにはいかないし。それにそもそも俺、ダンス踊れないからさ。そういうティアは踊らないのか? 公爵令嬢ともなれば、いろんな殿方からも引っ張りだこだろに」


 話題をらすかのように、俺は一切の警戒心なく、いつも通りの軽い調子でクリスティアに問い返す。するとクリスティアは不敵に笑いだす。


「そうね。私くらいにもなれば、いろんな方から誘いはあるわね。さっきも、どこぞの貴族の方からダンスに誘われたもの」

(……なんだよモテ自慢かよ。)


心の中でそっと白目を剥く。

 確かに、クリスティアはお世辞抜きに顔が整っているし、スタイルだって「おいおい前世のモデルかよ!」と全力でツッコミを入れたくなるほど抜群に良い。さらに、国を支えるアイズベルグ公爵家の令嬢でもあるのだ。いろんな奴から引っ張りだこなのは当然だろう。

──だったら、なんでそんな高嶺の花が、わざわざ俺のところに来てるんだ?

 ふとした疑問が頭をよぎる。他の男たちからのアプローチをすべて袖にして、わざわざ会場の隅の、こんな暗いバルコニーに隠れているモブの元へ、彼女は自分の足でやってきたのだろうと考えた。だが、いくら頭を捻っても答えなど出るはずもなく、俺は思い切って直接聞いてみることにした。


「そうなのか。それで、そんなアイズベルグ令嬢様が何で俺の所に? あいにくと今は、お嬢様を満足させられるような物(お菓子)は持ち合わせていないぜ」


 俺は少し皮肉交じりに問い返してみる。すると、クリスティアは一瞬だけ呆気に取られたような表情を浮かべたかと思うと、すぐにいつものクールな表情へと戻る。


「あら、それは残念。でも、今回は別にお菓子が欲しく近づいたわけではないのよ」

「だったら、どうして」


「分からないの? ──あなたと最初に踊りたかったからに決まっているじゃない」


 ドストレートなセリフを聞いた瞬間、俺の思考は完全にフリーズした。一瞬で心臓が跳ね上がり、自分の顔がボッと音を立てるかのように赤くなった。


(……は? な、何言ってんだ、この令嬢……!?)


 氷の令嬢らしからぬ直球すぎる告白に、俺は動揺を隠せない。なぜなら、こういう社交界で最初に踊る相手と言うのは、『貴方は私にとって、特別な存在です』という意思表示に他ならないからだ。それを分かってやっているのか、それとも単に俺をからかって遊んでいるだけなのか……この令嬢。


(はぁ~、落ち着け俺。とりあえず冷静になるんだ)


 相手がどういう意図で俺を誘っているのかこの際どうでもいい。それよりも相手が公爵令嬢である事のほうが重大だ。正直、俺はこれ以上目立ちたくはない、だがもしこの誘いを断ったともなれば、それこそどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。……進も地獄、戻るも地獄、だったらまだましなほうに進むだけだ。


「……はぁ。言っておくが、リードとか出来ないからな」

「ええ、構わないわ」


 俺は深いため息を吐きながら、半ば諦めたようにそっと左手を差し出し右手を自身の胸に当てた。


「クリスティア嬢。俺と一緒に一曲踊ってくれますか?」

「……ええ、よろこんで」


 ティアの白く細い手が、俺の手の上にそっと触れた。ひんやりとした……けれどじんわりとした温かい手だった。


 俺は、クリスティアの手をそっと支えながらダンスフロアへと歩みだす。もちろん、モブである俺が公爵令嬢……それも高嶺の花とも称されるクリスティアと歩いていれば自ずと周囲の視線が俺に突き刺さる。


「……おい、誰だあの隣に奴は」

「知らねぇ。誰だアイツ」

「確かあれよ、今日子爵にあがった……アルなんとかっていう」


(うう、周囲の視線が痛い……)

 周囲の視線から何とか耐え抜いた俺は、ルシア達がいる踊っているフロアへと足を踏み入れた。俺とクリスティアが入るや否や、さらに周囲からの視線も増え、シリウスと踊っていたルシアもこちらに顔を向ける。その表情は、なぜだか安心したような表情であり、なぜかちょっと怒っているようにも見えた。

 そうこうしているうちに、次の曲へと切り替わり、ゆったりとしたワルツの旋律が流れ始める。

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