20,狂った歯車が戻るとき?(後編)
そうこうしている間に気づけば夜になり、王宮でのパーティーが開かれる時間になっていた。
俺は着慣れない窮屈な正装に身を包み、大ホールの入り口近くでルシアとクリスティアが来るのを待っていた。
「お、お待たせしました。アレンさん……」
どこか気恥ずかしそうに声をかけてくるルシア。俺はその声のする方に顔を向けると俺は息を呑んでしまった。
そこには、いつもの学園の制服とは全く違う、見違えるほど美しい二人の姿があったからだ。
純白のドレスに身を包み、着慣れないスカートの裾を気にしながらモジモジと恥ずかしそうに佇んでいるルシアと。
流石は公爵令嬢と言わんばかりの気品あふれる立ち振る舞いで、夜空を切り取ったかのような深い王紺のドレスを完璧に着こなすクリスティアの姿があったからだ。
俺はしばらくの間、完全に二人に見とれてしまい、――ふと我に返る。
「……あ。えーっと……。二人とも、よく似合ってる……な」
思春期の男子かと言わんばかりに、あさっての方向へと目を逸らしながら褒める俺。……いや、こんな美少女二人のドレス姿なんか見たら誰だってこうなるだろ!!
誰に言い訳をしているのか分からない俺。俺に褒められた二人は……。
「あ、ありがとうございます……」
「ふふ、ありがとう」
顔を真っ赤にして指先をモジモジさせるルシアに対し、クリスティアは公爵令嬢たる堂々とした立ち振る舞いでお礼を言ってきた。
そんなドキドキ純情少年のような場面を繰り広げた俺は、主役級の美少女二人を両脇に従えて大ホールに足を踏み入れた。そこには、流石は王族が開くパーティーと言わんばかりの、着飾った貴族たちが勢揃いしていた。
俺と一緒に入ってきたクリスティアの姿を見るや否や、貴族たちは光に誘き寄せられる虫かと言わんばかりの凄まじい勢いで、一斉にクリスティアの周りに集まりだした。
「クリスティア様、今夜のドレスも実にお美しい!」
「今宵は、ぜひとも私と一曲――」
挨拶の嵐に包まれる公爵令嬢。
一方、俺とルシアは、押し寄せる貴族たちの人波に揉まれ、まるで『おはじき』のごとくあっという間にクリスティアから綺麗に剥がされ、輪の外へと放り出されてしまった。
突然の事に茫然自失になってしまった俺とルシア。しばらくして、我に返った俺は、ルシアの手を取り、とりあえず落ち着ける会場の隅へと避難する。
「ふぅ~、怖かったなぁ。大丈夫かシア?」
何とか、避難することが出来た俺とルシア。とりあえず俺はルシアが無事か確認するために、ルシアの方に顔を向けた。すると、ルシアの顔は真っ赤で何があったのか焦ってしまう。するとルシアが……。
「あ、あの……アレンさん……。その、手……」
ルシアの視線を追うように自分の手元を見る。――そこには、俺がギュッと彼女の小さな手を握りしめたままの光景があった。
「うわああああっ! 悪いシア、悪気はなかったんだ、ただ必死で……っ!」
「い、いえっ! 大丈夫ですよ。その、ちょっと急な事だったのでちょっと驚いただけですから……っ」
慌てて手を離す俺と、さらに顔を真っ赤にして両手で顔を覆ってしまうルシア。
……。
気恥ずかしくなった俺とルシアの間に、しばらく気まずい静寂の時間が流れる。 このままでは心臓が持たないと、我慢の出来なくなった俺は――。
「あー、ちょっと熱いな。俺飲み物取ってくるよ!!」
「あ……ッ」
ベタな言い訳を叫び、俺は逃げるようにその場から離れた。ルシアは、何か言いたそうに俺に手を伸ばしたが驚異的なフットワークを発揮した俺は、気づけばすでに人混みの中へと消えていた。
きらびやかなドレス姿のまま、凄く不安そうな表情でその場にポツンと立ちすくんでいるルシアの元へ、ゆっくりと近づいていく影があった。
「あら、あなた……。確か特待生の」
突然、ルシアに声をかけてくる甲高い声が聞こえた。ルシアは声のする方に顔を向けると、そこには、いかにも高級そうなドレスを身に纏い、扇子を片手にいかにもな三人組のグループの上級貴族の令嬢たちがいた。よく見ると、ルシアと同じ学園の通う同じ生徒だった。
「あら、あなたもこのパーティーに誘われたの」
「え、ええ。はい」
「そうだったのね~。まぁでもここは、あなたみたいな平民には分不相応な場所かもしれないわね」
クスクスと意地の悪い笑い声をあげながら、扇子で口元を隠してルシアを馬鹿にする令嬢。さらに続けて、容赦のない猛攻がルシアを襲う。
「そう言えばあなた。ここに入ってくるとき、クリスティア様と一緒に入ってこられたわよね?」
「え、ええ。はい」
「勘違いしないで頂戴ね。ミノタウロス一匹を一緒に倒した程度で、クリスティア様と同等になれただなんて。どうせあなたも、あのもう一人の底辺貴族も、クリスティア様のお零れを貰っただけでしょうに」
その言葉を聞いた瞬間、ルシアの身体が一瞬ピクリと反応した。
自分のことならまだしも、自分のせいでアレンまで侮辱されたことが、彼女には耐え難かったのだろう。
――これ以上、アレンさんのことを悪く言わせない。
キッと力強い光を瞳に宿し、覚悟を決めたルシアがその令嬢に対し言い返そうとした、まさにその時だった。
「……おや、それは聞き捨てならないね」
突然、令嬢たちの真後ろから、低く、だが驚くほど凛とした声が響いてきた。嫌がらせの邪魔された令嬢は、露骨に不機嫌な態度をとりながら振り返った。そこには……シリウス殿下の姿があった。




