19,肉の焼き加減はどうしましょう?
出来上がった料理をルシアとクリスティアの前に並べる。目の前に置かれた料理を目の当たりにした二人は、今までに嗅いだことのない香ばしい匂いに、思わず生唾を飲み込んでしまい、その光景をみた料理人たちも一緒に生唾を飲み込む。
「さぁ、お上がりよ!」
一度は言ってみたかったセリフを吐きながら二人は、恐る恐るナイフとフォークを持ち上げる。
まずは、肉にフォークを突き刺すが、その瞬間、二人の動きがピタリと止まった。なぜなら、分厚い肉塊へ吸い込まれるようにフォークが簡単に刺さってしまったのだ。
「な、なんですの、この柔らかさは……っ!?」
恐ろしく柔らかい肉に驚愕しながら、今度はナイフを滑らせる。それまた全然力を入れていないというのに、まるで空気を切っているのではないかと思わんばかりにナイフの重さだけでスッと肉が切れてしまう。
肉の異常な柔らかさに驚きつつも、切り分けた肉をフォークで持ち上げる。すると、切った断面から溢れんばかりの肉汁が零れだす。だが、断面を見た二人は、少し疑問に思った表情を浮かべる。
「……あの、アレンさん。このお肉……まだちゃんと火が通ってないように見えますが」
「そうね。これではまた食べれないわ」
と率直な意見が飛んできた。……まぁ、知らない人からすれば、そういう意見が飛んでくるもの納得なだ。
俺は、自分の心で納得しながら、二人の意見に対し返答する。
「いや、これはそれでいいんだ。言ったろ、余熱で火を通すって……。まぁ心配なら俺でも他の人でもいいから味見してもいいが」
一つの妥協案を提案する俺。するとルシアが、慌てたようにぶんぶんと首を横に振りだす。
「い、いえ、違うんですアレンさん、ちょっと聞いてみただけなんです。私、アレンさんが作ってくれた料理だったらなんだって信じます!!」
「そうね。アレン君が変な料理を作るとは到底思えないものね」
二人は何の疑いもなく、フォークに刺さったルビー色の肉を、一斉に口へと頬張った。……いや何、俺の料理に対する絶対的に信頼は、ちょっと嬉しいけどさ。
そんなことを内心で呟きながら、二人のリアクションを見守っていると――二人の動きが、完全にピタリと止まった。そして、次の瞬間。
ルシアは、瞳を大きく開き、これ以上ないと言わんばかりの幸せそうな表情を浮かべると、まるでスライムのように頬を緩ませた。
「っ……!?!? お、美味しぃ……」
口の中に入れた瞬間、極上の肉汁が口いっぱいに広がる。まったく噛んでもいないというのに、お肉が自然と溶けていってしまうような感覚。さらに、肉によく絡んだハチミツソースの酸味と渋みが最高のアクセントになり、何度食べても飽きさせない至高の味わいに仕上がっていた。
そんなに嬉しそうに食べるルシアを見て、俺の口元からもつい笑みが零れてしまう。さて、お嬢様はどんな反応を見せて……って!!
「もう無くなってるぅぅぅーーッ!!」
俺が見たときには既に皿に乗っていた肉は綺麗さっぱり消え去っていた。ナフキンのようなものでお淑やかに口元を拭っているクリスティアの姿があった。……どんだけの早食いだよ。大食いチャンピオンのびっくりだよ。
気品漂うポーズの裏でソース一滴すら残っていない空皿を見つめながら、俺は心の中で全力のツッコミを炸裂させていた。
(……まぁ、美味しかったのなら、それでいいか。さて、じゃあ俺も……)
二人が美味しく食べるのを見た俺も自身のステーキを食べようと思った、その時……。
――ぐぅぅぅ~~……。
どこかしらお腹の鳴る音が厨房に響き渡った。俺は、恐る恐る音の鳴る方へ顔を向けると、――そこには、公爵家の料理人たちが、ギラギラと飢えた獣のような眼差しでこちらをじっと見つめていた。
流石に、無視し続けるのに限界だと感じた俺は……。
「……えっと、皆さんも食べられます?」
引きつった笑みで、俺が妥協案を提案した。
――それが合図だった。 次の瞬間、彼らはまるで肉に餓えたゾンビかと言わんばかりに猛烈な勢いで肉へと群がり、激しい奪い合いを始めたのだ。
怒号とフォークの金属音が厨房に激しく飛び交う。
そして数秒後。
俺が食べるはずだった肉は――跡形もなく消え去っていた。
――これは余談になるのだが、俺が作ったミノタウロスステーキが思いのほか好評だったらしく、市場に出回っていたミノタウロスが、どこぞの大貴族に根こそぎ買い占められたとか、なんとか……それはまた、別の話である。
結局、自分の肉を食べ損ねてしまった俺は、少しムッとした気分になりながら厨房の片付けを行っていた。
「アレンさん、機嫌を直してください。次はきっと食べられますから」
「そうね。いつまでもクヨクヨしているのはみっともないわ。それに、これから爵位を授与される者としての品位を疑われてしまうわよ?」
隣で一緒に後片付けを手伝ってくれているルシアに、健気なフォローをされてしまう。一方で、俺に追い打ちをかけるようなセリフをのたまうクリスティア。……誰のせいだと思ってるんだ、このお嬢様は!!
心の中で怒りを大爆発させる。だが、いつまでもクヨクヨしているのはよろしくないな……。
「……はぁ。そうだな」
俺は小さくため息をつき、気持ちを切り替えた。
……ん?
今、お嬢様は、なんて言った?
「爵位」……「授与」……?
ひねくれていて話を半分聞き流していたが、今とんでもないセリフがクリスティアから聞こえた俺は、恐る恐るクリスティアの方に顔を向ける。
「あのー、ティアさん? 先ほど、爵位授与とか意味の分からないセリフを聞こえたような気がするのですが。誰が何をされるって言いました?」
頬を引きつらせ、ドス黒い冷や汗を流しながら尋ねてみる。するとクリスティアは、いつも通りのクールな表情で首を傾げた。
「誰って。あなたに決まっているでしょ、アレン君。」
その言葉を聞いた瞬間、全身に石化の魔法を喰らったような衝撃が走り、思考が完全にフリーズする。そして次の瞬間――。
「な、なんだそりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
その場に立ちすくんだ俺の絶叫が、厨房の天井に虚しく響き渡ったのだった。




