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18/30

18,女心は肉のように柔らかく!?

 肉にしっかりタレが染み込むまで間、添え物に使用するジャガイモを頼んでおいたルシアたちでも見てみるか。そう思った俺は、調理台の向こう側で作業をしている二人の様子を確認することにした。


「おお、凄いなルシア。凄く手際がいいな」


 ルシアをよく見ると、慣れた手つきでジャガイモの皮をスルスル向いていく。さすがはヒロイン、家庭的なスキルもバッチリなようだ。


「ありがとうございました、アレンさん。アレンさんに褒められると凄く照れちゃいますね」


 嬉しそうに微笑みかけてくるルシアの姿を見た俺は、心臓がトッキュン!となるが何とか耐えた。あぶない、病み上がりの体にあの真っ直ぐなヒロインスマイルは刺激が強すぎる。

そして、一緒に作業をしているクリスティアの様子を見てみると、そこには――。

 額に薄っすらと汗をかきながら、眉間にシワを寄せてナイフを握りしめ、元の大きさからほとんど実が残っていない、綺麗に四角く削られた『サイコロサイズ』の物体を持った公爵令嬢の姿があった。


「いや、何があった!!」


 俺の口から思わず魂のツッコミが飛び出す。

 どうやら完璧超人と思えた彼女は、料理に関しては『ド』が付くほどの初心者で『超』が付くほどの不器用のようだ。


「……どうやら私は、かなりの不器用だったようね」

「だ、大丈夫ティア! 誰だって最初は出来ないものだよ」


 自身を卑下するクリスティアを出来る限りのフォローをするルシア。

 完璧超人と思えた彼女にも、意外な弱点があるのだなと……少し親近感を覚えた。それに、誰よりも真剣にジャガイモと取り組んでいる彼女の姿を見て、ほっとけないと思った俺は……


「……そうだな。初めから上手くできる人なんていないからな。俺も一から教えるから、一緒にやらないか?」


と言って、手を差し伸べていた。

 しばらく黙り込んでいたクリスティアだったが……。


「……ええ、お願いするわ」


いつも通りのクールな表情で、小さくコクりと首を縦に振った。

 そして俺は、手取り足取り皮むきについて教える事に。包丁の正しい持ち方や、安全な皮むきの方法など、それはもう丁寧に、実演を交えながらレクチャーしていく。

……なんだかこうしていると、前世で妹に料理について教えていたことを思い出す。


 実家の台所で、これまた『超』が付くほど不器用だった妹に「危ないからこう持つんだよ」と、横からハラハラしながら口を出していたあの頃の記憶。


『お兄ちゃん……出来ないよぉぉぉ!』

『……はぁ。だから、こうやってやるんだよ』


 あの時、俺は泣き言を言う妹の手をギュッと握りしめ、このようにやるんだと身をもって教えていた。そんな懐かしい記憶をよみがえらせながら、いざ現実に目を覚ますと俺は……。

 無意識のうちにクリスティアの背後に回り込み、包丁を持つ彼女の小さな手を、上から自分の手でギュッと握りしめていたのだ。


「……ッ!!」

 

 脳裏を冷たい戦慄が駆け抜け、俺は言葉を失いながらすぐに彼女の手から離れる。相手は貴族の中でもトップの立場の公爵令嬢。対して俺は、辺境のド田舎に拠を構える、ただの男爵。そんな俺が不可抗力とはいえ、公爵令嬢……ましてや殿下の第一婚約者候補の女性の手を無断で握ったともなれば、それこそセクハラ(不敬罪)で俺の首が飛びかねない!!

 俺は咄嗟に……。


「すみませんでした!!」


パンッ、と小気味いい音が厨房に響くほどの勢いで、俺はもう見事なまでに九十度曲げた謝罪を披露した。

 正直、『終わった!』と心の底から覚悟を決めた。


……。


(……あれ? 何も言ってこない?)


 クリスティアが何も言ってこないと疑問に思った俺は、恐る恐る顔を上げる。すると、クリスティアが不敵な笑みで俺の方に振り返ってきた。


「あなたって……以外にも大胆なのね。別に嫌いではないけれども」


 いつも通りのクールな表情で語った彼女は、言いたいことだけ言い放ちくるりと作業へと戻った。


……。


(……いや、怖いんだが!?)


 クリスティアが何を考えて先ほどのセリフを言ったのか分からないが。俺からすれば、怒っているなら普通に怒られた方が何十倍もマシだよ!怒っているんだよね……内心、はらが煮えくり返るくらい怒っているんだよね。もう、何を考えているかわかんねぇーよ!!

 俺が心の中で冷や汗を滝のように流している――そんな俺のあずかり知らぬ所で、クリスティアは頬を赤らめながらどこか嬉しそうに微笑んでいた。

……そして、その光景を黙って見ていたルシアは、なぜだか頬を小さく膨らませて不満げにしていた。 

 俺は、心の中で小さなため息を吐きながら、なんとか気持ちを切り替えて料理の続きを行うことにした。


 皮を剥いたジャガイモをくし形に切り、しばらく水に浸す。

 ジャガイモの処理をしている間に、先ほど特製のタレに漬け込んでおいた、肉を取り出し。周りについているハチミツをできる限り落とす……本当はキッチンペーパーとかで拭いた方がいいんだが、あいにくこの世界にそんな便利な物は存在しない。

 そして、取り出した肉を豪快に焼く!!


――ジュゥゥゥウウウウウッ!!!

 

 フライパンに肉が触れた瞬間、厨房に鼓膜を震わせるほどの良い音に、そこから香り出る犯罪的なまでに香ばしい肉の匂いが一気に厨房を満たしていく。

その暴力的なまでの『美味そうな香り』を前に、その場にいた全員が、ゴクリッ! と同時に生唾を飲み込み、口から涎が零れ落ちそうだった。

 今回は、キッチンペーパーなどでハチミツを取りきっていないため、あまり火に掛け過ぎるのはよくはない……焦げちゃうからね。

ある程度、肉に焼き色がついてきたら、皿に乗せ換え。深めのボウルなどで蓋をする。


「あの、アレンさん。どうして、そんなことをするのですか?」


不思議そうに首を傾げるルシアに俺は説明する。


「ああ、これは肉の中まで火を通すためにやってるんだ。あまり火を入れすぎちゃうと、お肉の繊維がギュッと縮んで固まって……まぁ要するに、美味しくなくなっちゃうっていうわけだよ」


 最初はタンパク質の熱凝固の話でもしようと思ったが、ルシアがちんぷんかんぷんといった表情を浮かべたため、慌てて噛み砕いた言葉に切り替える。


「だから、余熱……暖かい熱で中までじっくり火を通すのさ。そうすれば硬くならず、驚くほど柔らかく仕上がる。……まあ、口で説明しても分かりにくいだろうから、食べてみるまでのお楽しみってことで!」


 俺はニヤリと笑いながら、次の工程……ソース作りと添え物作りに入る。……ちなみになぜか、公爵家専属の料理人たちも俺の調理する様子を物凄い食い気味に見てくるが……気にしない事にした。


 まずソースだが、肉の旨味がたっぷり残ったフライパンに赤ワインを注ぎ、しばらく煮立たせてアルコールを飛ばす。そこに、先ほど肉の下ごしらえで使用した特製のハチミツダレを加え、塩を少々振って微調整を繰り返す。バチリと味が調ったところで火を止め、仕上げにバターを少々加える。粗熱でバターがしっかり溶けたら、ソースの出来上がり。

 次に添え物のジャガイモだが。まずは、水からジャガイモを取り出し、しっかりと水気を取る。次に、ボウルで塩と俺特製の香料を満遍なく和えたら、熱したフライパンにバターを贅沢に溶かし、そこへジャガイモを一気に投入!

 ――ジューーーッと、バターの泡の中でジャガイモが踊り、香料の爽やかな香りがフワリと立ち上る。

表面が崩れないよう、あまりかき混ぜすぎないように注意しながらじっくりと炒め、綺麗な黄金色の焼き目がついたら――ジャガイモのソテーの完成!!


 そして最後に、先ほど休ませておいた肉をボウルの蓋を開ける。中からは、閉じ込められていた旨味(肉汁)がじわりと滲み出る、見事な塊肉……いや、極上の『ステーキ』が姿を現した。

俺が包丁を入れると、本来なら硬くて噛み切れないはずの魔物の肉が、驚くほど吸い込まれるようにスッと切れていく。しっかりと切り分けた肉の断面は、肉汁をたっぷりと抱え込んだ、完璧なミディアムレアの美しいピンク色に染まっていた。

切り分けた肉と添え物のソテーを皿に乗せ、ソースを上からかければ……『ミノタウロスのステーキ、特製赤ワインバターソース添え』の完成!!

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