17,見た目は完全に牛肉です!
えっと、この令嬢何を言っているのかな。魔物を……食べる?それも、俺を殺そうとしたあのクソ牛を?
「えっと……本気ですか?」
「ええ、本気よ」
「俺、一応病み上がりなんですよ?」
「それが何か?」
上品に、けれど一切の迷いなく、悪役令嬢様は満面の笑みで――知るか、と言わんばかりに小首を傾げられた。俺は必死に次の防衛線を張る。
「いや、俺じゃなくて、ここにいる優秀な料理人たちに作って貰えばいいのでは……」
「あなたの料理が食べたいの……だめかしら?」
「うっ……」
令嬢の上目遣いで、ウルウルとした瞳で見つめられる。普段の高飛車なお嬢様からは想像もつかない、無自覚な破壊力の塊がそこにはあった。
不覚にも可愛いと思ってしまった自分が憎い……はぁ仕方ない、やるか。これ以上、公爵令嬢のお願いを断り続けたら、今度は俺が、このミノタウロスと同じ目にあいかねないしな。
言っておくが、可愛さに負けて作るわけではない。大事な事だから二回言う、断じて可愛さに負けたから作るわけではないからな!!
誰に言い訳をしているか分からなかったが、俺は半ば諦めの感じで調理に入る。
調理台の前に立った俺は、厳重な包みから現れた巨大な塊肉をまじまじと観察した。
(うーん、見た目は完全なる牛肉。脂身も少なく肉質のいい牛肉だ)
改めて観察して、まんま牛肉だと思った俺。……というそもそも「魔物の肉は食べても大丈夫か?」と思われるかもしれないが。結論、食べても問題はない。
魔物の肉自体、特にこれと言った毒とかが含まれているわけでもなく、それどころか魔物の種類によっては、普通の豚肉や牛肉よりも、美味しいのだ。
一部の場所では、魔物の肉や素材などを食べる所もあるのだ。
……現に俺もとある事情、魔物を肉を使って料理をした事があるが……あれはとても美味しかったなぁ~。
あの時の料理のことを思い出した俺は頬が緩み、口から涎が垂れる。……っといけない、集中集中。
俺は慌てて口元の涎を袖で拭いながら、そもそもなぜこれほど美味い魔物の肉が、一般的に食べられていないのかを思い出す。簡単に言えば……縁起が悪いからだ。
魔物は人々を襲う人類の敵。そんな不浄な存在を口にするなど不吉極まりない、というのがこの世界の宗教観であり、共通の常識なのだ。それに、生きていた時の姿が生理的に受け付けないような魔物も存在するため、見た目の面でも嫌悪されがちという側面もある。
……まぁ、初めて見る食材や、食べたこともない物を見て「食べてみたい」と思える人なんて、そうそういないよな。俺がいた前世の地球でも、ナマコだとかウニだとか、最初に食べた先人は正気を疑うレベルだし、新しい食材はいつの時代だって最初は嫌悪されてきたものだ。
それなのに、どうしてこのお嬢様は、これで料理をしてくれだなんて言うんだ……まともな神経ではないな。
俺は、不審者を見るような目でクリスティアを睨みつける
(まぁ、考えていても仕方ない。とりあえず味見してみるか)
俺は思考を切り替え、公爵家のピカピカな調理器具の中から手頃なフライパンを拝借して火にかけた。
まな板の上のミノタウロス肉を、まずは味見用に薄くスライスし、塩だけで軽く下味をつける。肉本来のポテンシャルを測るなら、余計な味付けは一切不要だ。
熱したフライパンに肉を滑り込ませると、ジューッという小気味いい音と共に、芳醇な脂の香りが厨房に広がった。薄くスライスしているため、そんなに時間をかけずとも、あっという間に肉へ火が通っていく。
そうして手際よく皿に盛り付けた、軽く焼いてみただけのミノタウロスの肉。 立ち上る湯気と香りは――やっぱり、どこからどう見ても極上の牛肉だった。
(さて、味の方はどうかな……っと)
俺は躊躇することなく、焼き上がったばかりの肉を口に頬張った。 すると……ッ!
(……ッ!!う……んめえぇぇぇ……ッ!!)
なんだこれ、俺が前世に食べてきた牛肉よりも遥かに美味しい。モグモグと咀嚼した瞬間、俺の脳内に電撃のような衝撃が走り、語彙力が一瞬で吹き飛んだ。
(少し筋肉質で硬めだが、それを凌駕するほどの肉の旨味が口いっぱいに広がる。これはあれだな、前世で言う所のブランド牛と同じやつだな!!)
感動で胸がいっぱいになっているは、しっかりと肉を噛みしめながら、名残惜しそうに飲み込んだ。
(……はぁ~。うまいなこの肉。文字通り、命がけで戦った甲斐があるな。……さて、これをどう調理しようか)
味見を済ませた俺は、この超絶美味しい肉をどう調理しようか考える。正直、これだけのポテンシャルがあれば、どんな料理にしても間違いなく美味しい。煮込んでも最高の出汁が出るだろうし、カツにしても絶品だろう。……だが、最初は肉の味がしっかり分かる、肉と言えばっていう『あの料理』だな!
何を作るか決めた俺は、調味料が保管されている場所に足を運ぶ
「流石は公爵家。色々揃ってるな~」
並べられた食材を眺めながら、内心、感心しながら例の物を探す。すると……。
(……お、あったあった。流石は公爵家。こんなものまで取り揃えているなんてなぁ~)
俺が手に取ったのは、瓶の中に詰められている黄金色に輝く……『ハチミツ』である。
「さて、じゃあ調理を開始しますか!!」
「……あ、あの。アレンさん」
いざ調理を開始しようと思ったその時、突然ルシアが俺の名前を呼び出した。一瞬動揺してしまったが、すぐに冷静になり、ルシアの方に顔を向ける。
「え、どうした?」
「え、えっと。アレンさんがよろしければ……私もアレンさんのお手伝いが出来ないかと思いまして」
もじもじと指を動かしながら、上目遣いで健気にお願いしてくるルシア。そのあまりにも可愛らしい表情に目がくらんでしまったが、何とか耐え……。
「え、えっと。ありがとう。じゃあ、そこのジャガイモの皮むきをお願い出来るかな?」
「はい!!」
元気よく返事を返してくるルシア。病み上がりの体に、彼女のその真っ直ぐな優しさは正直めちゃくちゃ身に染みるぜ……と思っていたら。
「じゃあ、私も手伝おうかしら」
「え!?」
なぜか言い出しっぺのクリスティア様まで手伝おうと言いだしてきた。思わぬ展開につい口から素の驚きが出てしまった。
すると、お嬢様は美しい眉をぴくりと動かして、冷徹な悪役令嬢の瞳でこちらを見つめてくる。
「何かしら?」
「いえ、なんでもありませんです、はい!!」
表情は笑っていたが、内心憤怒の如く怒りを表していると察した俺は、それ以上何も言わなかった。
クリスティアはそれ以上何も語らず、黙ってルシアの方に駆け寄り、二人仲良くジャガイモを洗い出した。……ミノタウロスよりも怖かったぁ。
「……はぁ。殺されるかと思った」
本気で恐怖を覚えた俺は、これ以上何も言うまいと、気を取り直して調理を開始する。
まず、ミノタウロスのブロック肉を二センチほどの厚さで豪快にカットしていく。余計な脂身のない極上の赤身肉が、吸い付くような手応えで包丁を受け入れた。
切った肉に隠し包丁……五ミリくらいの細かな格子状に切り込みを入れる。
(これをやるかやらないかでだいぶ、舌触りが変わってくるからな!)
次に、先ほど手に取ったハチミツに、細かく刻んだニンニクと俺のマジックポーチにしまっておいた特製ブレンドの香草を入れ、切り込みを入れた肉をその特製のタレにドボンと投入。しっかりと肉にタレが染み込むように漬け込む。しっかり漬け込んだら、これから十五分くらい放置する。




