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12,温かいスープは氷をも溶かす

 完成したスープを二人に手渡した……例の「パサパサのパン」を添えて。


「ありがとうございます、アレンさん!」


 ルシアは目をキラキラと輝かせ、ゴクリ……と小さく唾を飲み込んだ。一方のクリスティア令嬢は、いつも通りのポーカーフェイスを装ってはいるものの、その綺麗な唇はどこか嬉しそうにふっと緩んでいるように見えた。

 二人は待ちきれないとばかりにスプーンを動かし、温かいスープを、ほぼ同時に口へと運んだ。


――じゅわリ。 


「「っ……!?!?」」


濃厚なベーコンの旨味と、香草の爽やかな香りが、二人の口いっぱいに弾け飛ぶ。


「ふぁ……美味しいです。こんな美味しいスープを飲んだのは生まれて初めてです」


 スープを飲み込んだ瞬間、ルシアの顔はまるでスライムかと言わんばかりに、でろりと締まりなく緩みだした。


「ええ、本当に美味しいわね、これ。」


 いつもはツンと澄ましているクリスティア令嬢が、今は年相応の少女のような笑みを浮かべて、素直に褒めてくれる。……あかん、そんな綺麗な顔で真っ直ぐ褒められると、流石に照れる。俺は照れ隠しに、人差し指でポリポリと頬を掻きながら視線を外した。 

 そんな俺の様子に気づいているのかいないのか、クリスティア令嬢はスプーンを上品に持ったまま、続けて語りだす。


「最近、貴族の間でも有名になっていて。うちのシェフ達にも同じようなものを作らせてみたけど。これと同じような味にはならなかったわ。流石は……という所ね」


 クリスティア令嬢はふっと目を細め、どこか悪戯っぽく微笑んだ。……え、と言うかそんな噂が広がっていたの。マジで知らなかったんだけど。

 俺が手で口を押さえながら、深刻な表情を浮かべている――そのすぐ横でルシアは、スープと一緒に手渡したパンを小さくちぎり、そのまま口に放り込もうとする。


「あ、ルシア。ちょっと待って!」


 俺の突然の呼びかけに、ルシアは口を開けたまま「ひゃいっ!?」とびくっと肩を揺らして驚いてしまった。


「あ、ごめん、突然呼び止めて。でも、その味気なくてパンを、劇的に美味しく食べる方法があるんだ」


 俺がそう言いながら悪戯っぽく笑うと、ルシアだけでなく、隣でスープをスプーンですくっていたクリスティア令嬢までもが、興味深そうにこちらへ視線を向けた。


「なんですか、その美味しく食べる方法とは?」


 首を傾げながら、可愛らしい表情でこちらに向けてくる。……くそあざと可愛いな、もう!! 乙女ゲームのヒロインの破壊力を、モブの俺に、至近距離で発揮するのはやめてほしい。心臓がもたん。

 俺は内心の動揺を隠すようにコホンと一つ咳払いをすると、自分の手元にある「パサパサのパン」を小さくちぎる。


「やり方は簡単だよ。このちぎったパンを、スープの中にドボンと浸して……そして、食べる」


 その瞬間、パンによく染み込んだコンソメスープが、じゅわぁっ……!と口の中で一気に溢れ出した。

 水分がなくて口の中の水分を全部持っていかれるような、あの味気ないパサパサのパンが、濃厚なベーコンの極上の脂と、旨味たっぷりのスープをスポンジのように吸い上げることで、驚くほどしっとりとした極上のジュワフワ食感』へと完全に化ける。


「んめ……っ」


 俺が至福の表情で咀嚼している姿を見たルシアも、手に持っていたパンをスープにそっと浸し、パクリと口に運ぶ。口に運んだ瞬間、そのあまりの美味しさに、両手をパタパタと小刻みに揺らして身悶えし始めた。言葉にならない感動を伝えるように何度もコクコクと頷き、とろけるような笑顔をこちらに向けてくる。

 ルシアの表情を見ていたクリスティアも、二人を真似るかのようにちぎったパンをスープに浸し、そっと口へと運んだ。直後、クリスティアの美眸びぼうを大きく見開き、ピキリと硬直した。


「――ッ!? 本当に美味しいわね、これ。今までこのパンは苦手だったのだけど。これなら毎日でも食べたいわね。」


上品に口元を押さえながらも、その瞳は驚愕に揺れている。


「ですよね、ですよね。……でも私は前にアレンさんと食べた『あのフワフワのパン』の方がやっぱり好きですね」


 ルシアが何気なく放ったその一言に、クリスティアはピタリとスプーンを動かす手を止めた。クリスティアはゆっくりとルシアの方へ顔を向ける。その綺麗な笑顔の奥の目が、少しだけ座っている気がするのは俺の気のせいだろうか。


「前に食べたパン……と言うのは何かしら?」

「あ、えっとですね! 初めてアレンさんと出会った時に食べさせてもらったんです。確か『かつさんど』っていうお料理だったんですけど、ジューシーなお肉を挟んでいたパンが、もうフワフワで……! とっても美味しかったんですよぉ」


 ルシアはあの時食べたカツサンドの味を思い出しているのか、頬に手を当てて「ふふへへ」と、これまたあざとくも幸せそうな笑みを浮かべている。

 ……可愛い。

 その話を黙って聞いていたクリスティアは、平然とした表情のまま「そう……」と一言だけ言い放つ。

 ……意外とそっけないな、と俺が思っていたのも束の間。


「それは、とても美味しそうね。……でも私はどちらと言うと甘いお菓子の方が好みね。前にこの人に作って貰った『ぷりん』なるものは、とても絶品だったわ」


 おいおい、何を張り合っているんだこの令嬢は。そんな風に無邪気な女の子相手にムキになってマウント取るなんて、それじゃあまるで悪役令嬢じゃないか。……あ、悪役令嬢か。


 スープを啜りつつ、二人の会話を黙って聞きながら、心の中で一人虚しいツッコミを行っていると――。


「ぷりん? あの、アレンさん! 『ぷりん』ってなんですか!!」


 ルシアがもの凄い勢いで俺の顔の目の前まで詰め寄ってきた。あまりの距離の近さに、ルシアの甘い香りと、プリンを食べ損ねていることへの凄まじい執念プレッシャーが伝わってくる。

 俺は冷や汗を流し、そっと視線を逸らしながら答えた。


「……さぁ、なんだろうな。俺もちょっとよく分からないな」


 必死にはぐらかす俺の横で、クリスティア令嬢は、何事もなかったかのよう平然と優雅にスープを啜り続けていた。……くそ、この悪役令嬢めッ!!

 心の中で激しく毒づく俺だった……。

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