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紅華の原 蒼の空  作者: 奈鹿村
1章
6/7

4話 こういう仕事は「慣れない」 1


「おい、トドネス!」


 言われて、トドネスは立ち上がった。振り返ると家の扉が開かれていて、中から照明のぼんやりした明かりが外に漏れていた。父親が玄関先から叫んでいた。


 はーい、と言って、トドネスは父親に手を振った。もう飯だ、と父親は伝えてきている。


 トドネスが顔を上げると、先ほどまで山の向こうに少しだけ見えていた夕日が完全に消えていた。辺りは闇が満ち始めている。直にこの辺りの薄暗闇も、一気に暗さを増していくだろう。


 トドネスは手に持っていた長い太い棒を、斜面の下に無感動に放り投げた。トドネスはつい先ほどまで、ここの芝草の生えた空き地に座り込んでいた。ここからは緩やかな短い斜面が続いていて、先は小さな窪地になっていた。トドネスの感覚ではついさっきまでここで友達と遊んでいたのだった。その時はまだ夕日が高く、オレンジ色の夕日がこの窪地を照らしていた。棒切れはトドネスの大事な武器で、屈強なジーダスを打ち倒すのに大きな活躍をしてくれた。トドネスはこれでジーダスの尻をぶったのだ。彼は叫び声を上げながらくるくると斜面を転がっていった。みんなでそれをみて笑い合ったものだった。敵組にいた者も、仲間のジーダスの滑稽な姿を見て笑っていた。それからいくら時間がたったのかはわからない。友達はみんな家へ帰ってしまった。すぐそこに我が家のあるトドネスだけがまだここにいた。


 トドネスが玄関扉を開けたら、中ではもう母親がスープをお椀に注いでいた。テーブルの上の燭台に立てた蝋燭がオレンジ色のぼんやりとした明かりをはなっていた。


 母親がすべて用意を終えると同時に、父親が奥の部屋から現れた。彼がテーブルに座って、夕食が始まった。トドネスは両親とともに、手を組んで、肘をテーブルにつけた。みんな眼を瞑る。両親はトドネスにはわからない内容の言葉を、呪文のように呟いている。もちろん、呪文だ、などと言えばぶたれるに決まっているから、言葉に出したことはない。トドネスは両親が呟いている間は、手を組みながら、ただ黙って祈りに参加するだけだった。トドネスはなぜこんなことをしなければいけないのかよくわかっていない。両親は夕食前に必ず祈るが、こう見えて案外信心深くないらしい。だから、折を見てトドネスに信仰について語るが、それほどうるさく教え込んでくることはなかったのだ。トドネスは実のところ、昔両親から教えられたこの祈りの意味をすっかり忘れているだけだ。


 けれど、トドネスの友人たちの家はそれぞれ事情があるようで、ある友達など、母親がうるさいと言っていたのを覚えている。


 最後の祈りの言葉が母親の口から呟かれたとき、トドネスは顔を上げて組んでいた手を解いた。


 食事が始まり、トドネスは母親に今日友達と何をしたかを話した。父親がいくらかトドネスに質問した。なんの変哲もない、ただの日常だった。この日も、トドネスは何の感慨もなく夕食を終えた。




 山間にひっそりと存在する小さな村は貧しい。けれども村人は、もう何代もこの村で慎ましく、強かに生活を営んでいた。村は平野の中にある村のように周囲を木壁で囲ったりはしてこなかった。村は厳かな自然に囲まれているのだ。人々は防御を必要としなかった。


 村は周囲の森を開拓し、畑としている。森も生活の糧だ。そしてそこに住む動物も、また自然の恵みだった。村は貧しいとはいったが、それは外界の富を必要としないということだ。村は完全に自立していた。石造りの街にあるような宝石や、高級な家具や道具はないけれど、港街のように桟橋や岸壁を船が埋め尽くして、そこから新鮮な魚や外国の奇妙な品が下ろされたりはしないけれど、それでも村は森と山から必要なものと少しの生活の色合いを豊かになるものを十二分に得ていた。


 とはいえ、村は外界との接続を完全に立っているわけではない。村は国に税を納めているし、時折交易のために荷馬車すら来る。村には二本の道が外から繋がっていて、それぞれ反対方向に伸びていた。


 村の始まりから今までに、どれくらいの歳月過ぎたのかは村の誰も記憶していない。けれど、初めにこの村がどのような者たちによって開拓されたかは、言い伝えで継承されていた――。村人たちの記憶に拠れば、国々に居場所を失った放浪の旅人たちが先祖なのだ、という。確かに、ここへ来る商人も、徴税に来る役人も、この村の人間を同じ国の人間ながらまるでよそ者のように扱っていた。もっとも山間部にひっそりと存在する村など、どこも似たような扱いなのかもしれないが。


 村の周囲を囲む山は険しい。しかし村の一方は山の勾配がなだらかだった。村人はこの上の森を取り払い、緩い丘陵とした。村の側は田畑となっている。


 その丘の上、騎乗した者たちの影がひっそりと佇んでいた。影は夜空を背景にそれよりも黒々としてそこにあった。虫の泣き声と夜風が芝草をなぐ音に混じって、馬の吐息がかすかに聞こえる。影の数は、三十騎。夜を背景に機会を伺っている。


 しばらくして、一騎が前に進み出た。銀色の甲冑に白いマントを着て、白い軍衣を甲冑の上に羽織っていた。その影が、肘を軽く曲げて手を上げる。それが背後に佇む手下たちに向けての合図だった。先頭の影の馬が大声でいなないた。もはや影の中に身を隠す必要がない。騎士たちはそれぞれ改めて覚悟を決めて剣を抜いた。先ほどの馬が竿立ち、堂々たる姿を見せた。この馬の前足が地面についたとき、みんなが一斉に丘を駆け下りた。

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