4話 こういう仕事は「慣れない」 2
子供たちは村で一番大きな建物の中に隠れていた。一階広間にはたくさんの子供と、いくらかの大人たちがいた。大人たちは扉の側に、子供たちは奥の側で座り込んで息をひそめている。トドネスは広間奥の、神壇に肩を寄せかける形で縮こまっていた。
建物は村の他の建物と同じで木造りで、森と村の境目近くに建てられている。二階建てで、一回は広間で二階は小さな空間がある。建物の入り口は村の中心を向いている。両扉の柱は太い木をそのまま持ってきて立てたようなものだった。扉から地面に階段が続いている。
「おれたち、どうなるの?」
隣にいた友人のアルが言った。トドネスは一層、身体を神壇に押し付けながら答えた。そうすれば少しだけ安心できた。
「わからない……。でも、きっと大丈夫だ……」
その言葉に力はなかった。トドネスの声は震えていた。アルがこちらを見た。その顔は悲哀に満ちていて、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだった。アルは声を荒げた。
「でも父ちゃんも、隣に住んでたおっちゃんも、全員殺されちまったよう!」
「うん、でも」
トドネスも泣きたかったし、実際涙をぐっとこらえていた。
「母ちゃん、どこにいると思う?」
トドネスは何も言えなかった。
「きっと大丈夫だよ」
「本当?」
アルが顔を一層しかめて言う。もう彼の顔を、トドネスは見ていられなかった。
「ああ」
言ったトドネスは、もうアルを見ていなかった。涙が流れる。
正体不明の兵士がトドネスの家を襲ったのは、今から少し前のことだった。大体、二時間くらいはたっていると思う。まず家の扉が乱暴に開けられ、兵士が家の中へ踏み込んできた。トドネスはその光景に呆気にとられた。ちょうど、夕食の時間が終わるや否やの時間だった。兵士の恰好は白装束で、鎧の上に白い衣装を纏っていた。大きい剣で父親を切り殺すと、兵士はそのまま母親の身体に手をかけた。ひどい悲鳴は、父親か母親か、どちらのものだったか。両方のものだったかもしれない。兵士と母親がもみ合っている間、地面に倒れた父親の身体から血が流れ、トドメスの足元まで来た。トドメスはくらくらして、もう立っていられない、と思った。
母親は片手で兵士の剣の柄をつかんだ、兵士はそのまま両手を振り上げて、剣を振り下ろそうとしている。母親が残った方の手をトドメスの向けて、逃げてと言った。その言葉に弾かれるように逃げ出したトドネスはその先を見ていない。
トドネスが外へ出ると、夜の闇の中を黒い影が右往左往していた。所々で叫び声が聞こえる。自分がどこへ行くべきなのかわかっていた。村の一番大事な神様のところ、村で一番大きな建物、村が守らなければならないところ。あそこなら、自分も守られる……。トドネスはすぐに走った。
祠につくと、すでに何人もの人がそこにいた。この頃はまだ大人たちがたくさんいた。だが大人たちの多くは、村の中へ戻った。より多くの人を助けるためだろう。自然と子供ばかりが多くなった。
トドネスはこの祠にまつられた神が、自分たちを助けてくれるとは思わない。まだ幼いトドメスにとって、信仰は命を守ってくれると確信できるほど確固たるものではなかった。
静かだ。泣き声や鼻をすする音が、壁に染み入るようだ。いろいろな音がしているはずなのに、ひどく静寂を感じる。……こんな状況だからだろうか。トドネスは半分茫然としていた。外はどうなったろう。あの兵士たちは、全員大人たちにやっつけられただろうか。それとも、恐怖の包囲は狭められているのだろうか。
トドネスはアルの肩を抱いた。アルを神壇の陰へ引きずるようにして連れてくる。そこで二人で抱き合った。アルがトドネスの胸に顔を沈めた。
「怖い」
アルが言い、トドネスは努めて笑んだ。
「大丈夫、なんとかなるよ……だから――」
祠を騎士たちが囲んでいる。馬に乗ったものが数人、大半が今は降りている。建物は森と村との境に立てられている。建物の後ろの森は夜のせいもあって黒い闇を湛えている。木は建物の裏手すぐまで迫っていた。そこにも騎士が潜み、この祠をにらんでいる。
包囲を成す騎士の一人が前に進み出た。その手には松明を持っていて、そこから火の粉が登っている。暗闇に、その松明はよく映えていた。背後では村の家々が燃えている。それはちょうど、今進み出た騎士の持つ松明に似ている。騎士の一人は思う。この村はよく浄化されるだろうか。
松明の火が、祠にかけられた。木造りの祠はよく燃えるだろう。火はすぐに燃え広がった。はじめ、片側の下部にかけられた火は、すぐに建物の半面を覆い、次いで屋根を覆った。見たところ古い建物だ。木が乾いている、すぐに燃え落ちるだろう。
中には村人が大勢立て籠っているはずだ。火の粉と黒煙を上げながら、祠は燃え落ちようとしている。中から声が聞こえたような気がしたが、兜越しではうまく聞こえない。それに、自分を含めてこの場の誰もそんなものをもはや気に掛ける理由を持ち合わせていないのだ。
彼がため息を吐こうとしたとき、隣から声をかけられた。
「終わったな」
そう言った声は、女のものだった。彼女こそ、この一隊の隊長である。名前をミシュベア・ギザーローグという。まだ若いこの女は、非常な才覚の持ち主として評価されていた。
「はい」
彼は答えた。彼が吐こうとしていたため息を、ミシュベアが代わりに吐いた。
「こういう仕事ばかりだと気が滅入るか?」
聞かれて、彼は首を振った。
「いいえ。もう慣れました」
「そうか、わたしは慣れないよ」
ミシュベアが間髪入れずにそう答えるから、彼はぎょっとした。竜角笛の騎士団はその規律の高さで知られている。騎士団は惰弱を許さない。
「変なことを言ったか?」
ミシュベアが彼を見て、問うように片手を彼に向けた。彼は兜の中で眼を泳がせてから、言った。祠の天井の一角が落ちた。
「ええ、少し――。あまりそういうことは言わない方がよろしいかと思いますよ」
「別に情けをかけているわけじゃないぞ」
彼は少し年下の少女を見ながら、首をひねった。兜越しだから、相手にどれほど伝わったかはわからない。できれば気づいていないといいが。
二人が話しているところに、遠くから別の騎士が声をかけた。
「隊長! 村の方から、十人戻ってきました。すべての家の確認が終わりました」
ミシュベアは腕を振って合図した。次に行動にうつれ、の意である。言われた騎士はさらに遠くに向けて身振りで合図を飛ばす。
「さあ、もう終わりだ! 撤収!」
ミシュベアは彼に言ってから、近くに止めていた彼女の愛馬のあぶみに足をかけた。それを見ながら、彼はあとずさり、自らの作業に移る――。
トドネスは知らないが、この祠こそ彼らの大きな目標の一つに他ならなかった。
かつて退廃の女神ララ・クーシュはこのグランニーヴァで大きな影響力を持っていた。それは他の神々を超えるものではなかったが、それに並ぶものだった。ララ・クーシュの教会を「退廃教会」という。この魔神の信徒らは世界を夕日の落ちるときに例えた。夕暮れ時のあの焼けた空を、昼と夜、生と死のはざまをたとえたのだ。世界は永遠であり指を弾けば消える夢である、と彼らは言った。魔神の信徒は各地に散らばりながら女神をあがめていた。だが三十年ほど前に、神々の連合によってララ・クーシュの信徒のせん滅がこのグランニーヴァの世界で図られることとなった。その牽引を、主神である「幸運のアルメディア」より命じられたのが、「鉄壁のガラシュ」である。世界はこの世であるグランニーヴァと、神々が住む世であるカトシュとからなる。この村を襲った騎士たちは、鉄壁のガラシュの信徒からなる「竜角笛の騎士団」の所属だった。
カトシュではララ・クーシュと彼女の宮殿は、神々によって地の底に沈められた。グランニーヴァでは、ララ・クーシュの信徒たちは、他の神々の信徒たちにより強烈な迫害を受けた。ララ・クーシュの信徒たちの組織はほとんどが壊滅したものの、残党は各地に潜伏した。この村はそんな異端者たちの隠れ里の一つだった。村人は全員、退廃の女神の信者だ。村が辺鄙な山間にあるのを活かして、彼らは今日まで生きながらえてきたのだ。
森は暗闇に包まれていた。赤い炎が点々と暗闇の中で立ち昇っている。火の粉が空をまい、夜空を飾った。今夜、一つの村が完全に死んだ。




