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「王太子殿下、ユリア・フォン・ファンディッドが参りました」
「楽にしろ」
「はい」
王太子殿下の執務室――ここに来るのは正直トラウマものの、あのお父さまがやらかした事件の折にクビ宣告された場所でもあります。
まああくまであれは優しい勧告であり、挽回のチャンスでもあったわけですが……。
それでも!
プリメラさまと離れなくちゃいけないのかとあの時は本当に、本ッッッ当に大ピンチでしたからね!!
しかも騎竜にも乗せられて最大速度で突っ走らせるという淑女としてはとてつもない試練まで味わわされたあの日を忘れられるものですか。
いいえ正直言えば忘れたいですが強烈すぎて忘れられないものですとも……!
「今日ここに呼んだのは特に用事などではない」
「……?」
「私はここで独り言を話す。それだけだ」
王太子殿下はペラ、ペラ、と書類をめくってはサインをして、また書類を確認しては『ニコラス、これの資料を持ってこい』だの『茶はまだか』などとテキパキお仕事をこなしてらっしゃいました。
こわいわ~~、有能な陛下の血筋を感じるわ~~~。
いやこれは王妃様の方か……?
いずれにせよ、有能な人たちの有能な部分が受け継がれている王太子殿下は我が国の誉れなのでしょうが、末恐ろしいなあと思ってしまうのは私が凡人ゆえでしょうか。
まあそれはともかくとして、殿下が『独り言』を私に聞かせたい、ということは理解できましたので大人しく座っておくことにしました。
こういう時えらい人の言葉には従っておくといいんですよ、私知ってるんです……。
「現在我が国にある侯爵家は六つ。近年ではないが、過去には王族の伴侶に迎えられた者もいれば、王族が降ったこともある」
そうです、その実績があるから公爵に陞爵……なんてジョークも出てくるのです。
とはいえ最近の血筋ではないのでありえないからこそのジョークなんですけどね。
貴族ジョークはわかりにくさが命です!
色々柵が、あるから……。
「枝分かれしていく有象無象の貴族たちの中で、公爵家と侯爵家にはそれぞれ役割があって当然だ。その中にいくら野心や二心を抱こうともな」
(おっと物騒なことを仰る……!)
いくら独り言で室内にニコラスさんもいるからって、王太子殿下ったら大胆!
私にはとんでもなく重荷でしかないんで止めてください切実に。
「マール家はその中で侯爵家の均衡を守る為、あえて有能でも無能でもない立ち位置を貫く役割を与えられている。バウム家と似たようなものだ」
マール侯爵家は堅実に。
それを繰り返していた侯爵の顔を思い浮かべ、苦笑が浮かびそうになるのをなんとかほっぺたの内側を噛んで我慢しました。
「別に何もなければ、特にこれといって問題もなかろう。だからこそ当主くらいしか引き継いでいない。だが、時には手綱を引き締めておかねば緩むものだろう」
手綱を引く。
その言葉が意味をするところは、陛下が『最近のお前、弛んでない?』ってキュキュッとしたってことで間違いないようです。
わあ、やっぱり……というのが私の感想ですかね!!
「どうせマール夫人の動きを体よく利用することを思いついた御方が社交界の流れを掴ませるためにもどこぞの筆頭侍女にぶつけたのだろう。色々と便利だからな。……ニコラス、この書類は却下だ、突き返せ」
「承知いたしました」
「今回の件も誰かが教えるだろうが、誰に教わるかでまた立場が変わることもあるだろう。侯爵家伝いはだめだ、折角の保たれたバランスにまた揺らぎが出る。公爵家もだめだ、より柵が生まれる。そうして誰も彼もが曖昧に伝えると、巻き込まれるのはプリメラだろうな」
(……つまり、プリメラさまのためにわざわざ手を差し伸べてくださったと)
「あの御方も私の動きすら計算に入れているだろうから、気にすることもあるまい」
蝋を垂らし、封蝋を施した王太子殿下が私を見てその書状を渡してきたのでそれを恭しく受け取らせていただきましたが……なにこれ?
「王妃殿下が茶会を開かれる。プリメラに渡しておいてくれ、私がエスコートをすると」
「……かしこまりました」
「下がっていいぞ」
うちの王族って、どうして厄介な人しかいないんでしょうね?
やっぱりプリメラさまが天使だから?




