675 妻の役割、妻の役目
今回はマール夫人側のお話。
マール夫人は真っ青な顔をして、馬車の中でただ黙っていることしかできない。
恋し、愛し、尽くした夫。
彼は決して彼女のことを咎めることはなかった。
それどころか今回の話を受けても彼女の肩を優しく叩き「やってしまったものは仕方ない」と慰めてくれたのだ。
だが――それが慰めであったとしても、子どもたちに夫が下した指示を聞いて、顔色をなくした。
そこまですることか? と。
事実、今回の内容だけで言えば大したことはないのだ。
王家の使用人に対して、というのはいただけないけれども茶会のホストとして謝罪をし、またお客さまに対しても個別の謝罪と、王女殿下には最大の謝意を示せば済むはずだったのだ。
その上で、王女宮筆頭に許しを乞い、娘を王女の友人という立場にできるよう個人として王女宮筆頭と親しくなれれば、くらいに思っていたのだ。
それなのに、夫は突如として宮勤めの息子に辞職するよう告げ、娘共々領地に戻るように指示を出した。
夫婦揃って謝罪に行く際には、家宝も含めた目録を執事に作らせて持っていくという。
そこまでのことなのか?
そう夫人が問い詰めても、夫は頑として答えない。
ただ一言。
「マール侯爵家は堅実であるべきなのだ」
夫の口癖だ、と夫人は思った。
でも初めてそうではないのかもしれない、と思った。
堅実であるべき――常に夫が口にする、マール家の家訓のようなもの。
どこの家であってもそうだが、突出した才のある人間が輩出されることは少ない。
だからこそ領主として、貴族として、堅実に民のために尽くすべきだ……そうマール夫人は解釈していたのだ。
この事態になるまで。
彼女の解釈を聞いても、夫はこれまで何も言わなかったから。
(ああ、どうして……わたくしは、何か思い違いをしていたというの?)
謝罪に行く時には必要以上の言葉は紡ぐな、謝罪の言葉以外はだめだときつく言われて慄いた。
夫にそれほど強く言われたことなど、なかったから。
妻としてこれまで傍にいて、こんな夫を見たことがなかった。
常に許されていたから、自分は妻としてしっかりやれている、と……そう思っていたのだ。
しかし一度芽生えた疑念は、マール夫人の内側を蝕んだ。
『堅実なるマール侯爵家の皆さまには、これからも貴族社会の模範であっていただきたいものですね』
謝罪の場で目録に目を通したあの筆頭侍女が言っていたその言葉に、夫が『過分』と返したことも、気持ちが追いつかない。
(わたくしは……ずっと、勘違いしていたの?)
堅実であるべき。
いいや、おそらくは夫人が思った言葉のままで構わないのだろう。
ただ、そこだけで終わらないのが当主なだけであって。
(妻の役割を、わたくしは……勘違いしていた?)
堅実であるべき。
ならば、家臣も含めその堅実さを守るために揺れないことこそが求められていたのだろうか?
次代を押し上げて、家を安定させることこそが堅実とばかり考えていたマール夫人にとっては大きな課題が残るばかり。
そしてその答えを、誰もくれることがないというのが、彼女の心をより重くするのだった。
ちょっとした箸休め(?)




