26 説得と別れ
いやあ、脱ぐのかと思っちゃったよ。
武尊はなかなか良い体をしているから、脱いでもスゴイと思うけどって、何いってるんだろう私。
そうじゃなくて、武尊がシャルルやエルベエさんを説得してくれるという。
とりあえず、看護学校を卒業するまでは、伴侶云々の話は待ってほしいという方向で。
「俺には説法というスキルがある。たいていの者なら高度な説得技術により、けむに巻き、詐欺同前まるめこむ自信はある」
けむに巻いて詐欺同前まるめこむって……それでいいのか、坊さんよ。でも、頑張れー!
頑張ってみんなを説得してくれー!
次の日、本部の応接室にはエルベエさんと、シャルル・アゴがオシリ、ムッキムキの鱗マッチョ、宮下さん、そして紳士然とした見知らぬ男が一人いた。その男は、ただそこにいるだけで、エライ人だっていうのがわかる。
「彼は、代々保存委員会のパトロンをしてくれている貴族の末裔で、本部役員のX氏よ。」
宮下さんが教えてくれる。
なぜにX氏。
首をかしげていると、X氏が私の方を見て少し微笑んだ。穏やかな表情だけれど、隙が無い人だ。彼らを前に武尊は英語で語り出した。武尊が話す英語はまだ聞きとりやすいけれど、会話の速さについていけない。
まず、ムッキムキの鱗マッチョに変化が現れた。
目をうるうるさせ、頷いている。
『いい話や。そうか、今は亡きお祖母ちゃんに立派な看護師さんになるって約束したのか。頑張れ、きっといい看護師さんになれる』
な、何が起こったのだ。
宮下さんがうつむき、涙をぬぐっている。
エルベエさんまで涙ぐみ、私の横に移動してきて、私の頭にそっとキスした。
『生き別れになったお父さんと、やっと会えたばかりだったんだね。今すぐ結婚するより、まだ娘としてお父さんとの時間をすごしたいよね。もう少し待つことにするよ』
えーと、何言ってるんだろう。
シャルル・アゴがオシリが白いハンカチを取り出し、チーンと鼻をかんだ。
『若い子なのに、苦労して……』
武尊の説得術は、泣き落とし作戦なのだろうか。ふーむ、何を言ってるかわからないけど、概ね成功しているようだ。
ただ、X氏だけが穏やかな表情を崩さないまま、変化が無い。
そのX氏が口をひらいた。
『ソラの看護師になりたいという夢は尊いし、日本の学校を出るまで伴侶選びを待ってほしいという気持ちはわかります。それで、あなたは日本でソラを守りきる自信があるのですか? 猶予期間にソラが翼種以外の男を慕う可能性は無いのですか? 例えば、あなたを』
X氏の言葉に武尊が一瞬動揺したのがわかった。
どうしたんだろう?
不安になって武尊を見あげると、武尊は目を逸らした。
『空を守る自信はあります』
『そうでしょうね。あなたほどの力があれば、ソラを守る事は難しくない。だが、あなた自身からソラを守る方法は無い。ソラの肖像画をみました。画家から聞きましたよ。ソラのあの表情、あなたをみていたときの顔を描いたそうですよ』
うーむ、何をいっているのだろう。
何だか武尊の旗色が悪くなっている気がする。
武尊、頑張れ! 頑張れエールのこもった目で武尊を見あげていると、エルベエさんが(そういえば、すぐ隣に座っていた)私をむぎゅと抱きしめて武尊を睨みつけて、何か言った。あれ、ますます武尊の旗色が悪くなっている。
「ソラ、あなたタケルの事、どう思っているの?」
突然宮下さんが日本語で話しかけてきた。
むむ。
変態なところがあり、煩悩タップリで、嫁も来ず、将来が心配な坊さんです。
と、正直に答えていいのだろうか。
でも、宮下さんを介して会話するとろくなことがない。
ただでさえ武尊の旗色悪そうだし。よし、ここは武尊を持ち上げておこう。
「頼りになる、とても良いお坊さんです」
うん、無難な回答だと思う。
ね? 良い回答だよね?
武尊の方をジッと見て、同意を得ようとしたけれど、武尊は表情を変えず前を向いたままだ。宮下さんはそれだけ? というような顔でこちらを見ている。
あれれ? もうちょっと持ち上げた方がいいのかな?
「えと、武尊はご飯作るの上手だし、困ったときは助けてくれるし、力持ちで、ちょっと口が悪いけれど本当はとっても優しくて、ドライブするときは安全運転で、着物姿がなかなかかっこよくて、えーと、すっごく素敵な坊さんです!」
どうどう? これでいいよね?
武尊の方を見ると、武尊は呻いて目をつぶってしまった。
何かまずかったのでしょうか……。
宮下さんがため息をつき、英語で翻訳している。
X氏が首を横に振り、何かいった。
エルベエさんが怒った声をあげ、シャルル・アゴがオシリがみんなを諌めるように何かいう。武尊が冷静な声で何か答える。みんな早口で、とてもじゃないけれどヒアリングなど不可能だ。
しばらく話し合いが続いていたが、やがてお開きとなったらしい。みんなぞろぞろと部屋から出てゆき、武尊と私だけが部屋に残された。武尊は少し疲れたような顔をしている。説得、失敗だったのかな……。武尊の顔を見あげると、少しだけ笑って私の頭に手を置いた。
「空が看護学校に行けるよう、何とか話をとりつけた。伴侶の話も、卒業まで強制しないと約束してくれた」
なーんだ。
説得失敗しちゃったのかと思ったけれど、大丈夫だったのか。
「じゃあ、日本に戻って学校行けるんだね! 看護師にもなれるんだね!」
ちゃんと国家試験に合格したら、だけどさ。
「ああ。頑張れよ」
武尊がポムポムと私の頭を木魚のようにたたいて言う。
「うん! ありがとう武尊!」
嬉しくて、武尊に抱きつこうとして、でも続いた言葉に固まった。
「もう直接会うことはないけれど、ずっと空を応援している」
……え?
直接会うことはないって、どういうこと?
武尊を見あげると、優しい目で私を見下ろしていた。
「どうして? どうして直接会えないの?」
わからないよ。
「大丈夫だ。空なら立派な看護師になれる。直接会えなくても……ちゃんと影でサポートする」
答えになってないよ。
日本にいられるということは、武尊と一緒にいることだと、勝手に思い込んでいた。
「一緒にいると迷惑なの? 醜聞だから?」
ちょっと泣きそうになる。
武尊と一緒にいるのが、いつの間にか当たり前になっていた。
でも、武尊にとっては違っていたのかもしれない。
ずっとずっと迷惑だったのかもしれない。
「そうじゃない」
静かに武尊が答える。
「じゃあ、ちょっと会うだけは? ちょっと会うだけならいいよね?」
武尊は何もいわなかった。
「武尊?」
泣きそうだった。
武尊が何も言わないまま、むぎゅうと私を抱きしめた。
長い長い間、ずっとそうしていた。
そら。
小さな声で武尊がつぶやくのが聞こえた。
そして、本当にその日から武尊は私の前から姿を消してしまった。




