25 本部3
エルベエさん、やたらスキンシップが多いです。
おフランスの文化なのでしょうか? 翼種の特性なのでしょうか?
郷に入れば郷に従え……るわけがない。
ぎゃあ、触らないでー。
お口にチュウはいりません! ええい、何ていえばいいのだ。
「ノーキス、ノーサンキュウ」
思わずグーでパーンチ。
「オウ、カラテ!」
エルベエさん、グーパンチすら喜んでいる。マゾかもしれない。
「ソラ、ラブラブのところをお邪魔して悪いけれど、シャルルが呼んでいるわよ」
宮下さんに呼ばれて、エルベエさんからやっと離れることができた。でも、ホッとしたのもつかの間、さらに事態は悪化していた。
呼ばれて部屋に入ると、シャルル・アゴがオシリがニコニコしながらたくさんの書類を広げている。
『本当はソラに6人の伴侶候補を用意していたのですが、エルヴェと上手くいっているようですね。大変結構です。それでは、結婚前提のお付き合いということで、ソラがこちらに住めるよう、手配しましょう。とりあえず、語学留学するのが妥当だと思いますよ。必要であればホストファミリーも用意します。ああ、エルヴェと一緒に住んでもいいですよ』
ケッコン前提? 語学留学? 宮下さんが訳してくれたシャルルの言葉に青くなる。
いつの間にか「とりあえず付き合っちゃえば」が、「結婚前提のお付き合い」に昇格している。早く誤解を解かないと大変な事になってしまう。
「ごめんなさい、私は日本に帰って学生の続きをやる予定なのです。外国の方とお付き合いする気はありません」
訳して、という思いを込めて宮下さんを見たけれど、黙殺されてしまった。
保存委員会なんて学術っぽい名前だけれど、実際は関連企業や学校、病院等、ネットワークがはりめぐらされている国境を超えた巨大闇組織というかんじ。今回の伴侶云々の話も組織的に白翼種の増産をしているようで怖い。
ニッコリ穏やかな顔でシャルルが言う。
『この書類にサインしてください』
「ほら、この書類にサインしてって」
宮下さんにペンを持たされる。
「……コレ、何の書類ですか?」
いっぱいある書類、英字びっしりで何が書いてあるかサッパリわからない。わかるのはサインしたら不味い事になるという事だけ。
「語学留学関連の手続き書類と、銀行もこっちの口座いるでしょ? それから、こちらに住むために関連する書類がこれと、これと……。あ、これは保護者のサインを後でもらわないとダメね」
うわー……。用意がよすぎる。
私、ちゃんと日本に帰れるのだろうか。
「あの、一度、武尊に相談させてください。書類一式貸してください。母とも連絡をとらないとならないので」
ここは、いったん逃げるのですよ。このままでは悪徳商法にかかったカモですよ。
「そうねえ、彼に相談してもいいけれど、ソラは白翼種の登録をしたときに、西ヨーロッパの管轄に変わったのよ。タケルはあなたの担当から外れているわ。まあ、彼に相談したいというなら、今日はホテルまで送るけれど。」
宮下さんの言葉にあわてて首を縦にふる。とりあえず、今日は撤退するしかない。
武尊が私の担当から外れた。そのことに思いのほか動揺した。
でも、考えてみれば当然かもしれない。武尊は私をこちらに引き渡すために連れてきたのだから。
ホテルまで宮下さんに送ってもらうと、武尊がホテルに併設されたカフェで雑誌を見ながら、のんびりとお茶を飲んでいた。もう用事は済んだのだろうか。
「武尊……」
その姿を見るだけで気が緩み、ホッとする。
と、思ったけれど。
「空、おかえり。今日はどうだった?」
そういって振り向いた武尊の手にしていた雑誌が目に入った。
英字雑誌の表紙はちょっとだいぶエッチなお姉さん。
……そうですか。
私をやっかいばらいして、この腐れ煩悩坊主は、日本じゃ買いにくいエロ雑誌を買ってご満悦だったのですか。私がこんなに困ってる時に、この男は!
「空? どうした? 何かあったのか?」
心配そうに覗き込んでくる武尊にデコ突きした。
「何です、そのいかがわしいエロ雑誌は! 聖職者のくせにハズカシイと思わないのですか。神様に申し訳ないと思わないのですか。捨ててらっしゃい!」
びしーっと雑誌を指差して言う。
「こんなのエロ雑誌の内には入らな………あーー……ごめんなさい。……それから神じゃなくて、仏です」
「捨 て て き な さ い」
「…………ハイ」
全く、嘆かわしいことですよ。
武尊に相談しようと思ったけれど、これじゃあねぇ。ため息がでる。
あーあ、どうしようこれ。
ごそごそと、シャルルから渡された書類を狭いテーブルの上に広げる。
「どうしたんだ? この書類は……。語学学校入学、これはビザの申請、履歴書、銀行……、空は語学留学のため、フランスに滞在するということか?」
書類を横からのぞきこみ、武尊が首をかしげている。
「そーよ。気がついたらエルベエさんって人と結婚前提で付き合う事になっていて、フランスに語学留学することになってて。何の説明も無いまま、書類にサインしてってシャルルからわたされたのよ」
「ふーむ、いくらなんでも急だな。その、エルベエとかいう男はちゃんとしたヤツなのか? 白翼種の若い女を絶対に逃がしたくない、という気持ちはわからないでもないが」
「エルベエさんは良い人だと思う。でも、それとこれは別問題だよ。今、看護学校辞めてまで、エルベエさんと付き合うために大嫌いな語学のお勉強で留学するなんて考えられないよ……何とか断らないと」
「将来的にエルベエと付き合う意志はあるのか?」
武尊が腕組みをしている。
「いやー、それも誤解が原因で付き合うことになっちゃって」
お付き合いOK! の意味がある事を知らず「羽を出すところ」をエルベエさんに見せちゃったこと、宮下さんがちゃんと訳してくれないことなど語った。
「空が羽を出すとこなんか、俺は何度でもみているぞ。俺的には羽を出すところよりも、羽を出したまま畳の上でお昼寝しちゃったり、羽に寝癖つけてちょっと寝ぼけてたりする空がツボだけどな」
……マニアックなツボですな。
っていうか、人の昼寝してるトコなんか見るな! この変態坊主。
「エルベエとは付き合う意志が無い、誤解だった、とシャルルとエルベエに伝えればいいんだな?」
そうだけど、そうするとまた別の伴侶候補と会わせようとするだろう。言葉も通じないのに。
「それだけじゃ足りないと思う。私には日本に結婚を誓い合った恋人がいることにするの。二人は深く深く愛し合っていて、誰も引き裂くことはできないの。だから、エルベエさんとは付き合えないし、留学もできないって事にするの。そういう風に、シャルルと宮下さんに説明して」
「うーむ、くっさい三文小説のような説明だな。ヘンテコな恋愛ドラマの見すぎじゃないのか」
眉間に皺をよせて武尊がいう。
「三文でも値がつけば、スゴイ小説なんだよ。恋愛を馬鹿にする者は恋愛に泣くんだよ」
「誰とも付き合ったことの無い空に言われたくないな。それに、空にそんな恋人がいるって嘘っぽすぎるし、すぐばれるだろ」
武尊のヤツ、鼻で笑いながら私の頭をナデナデしている。うぐぐ屈辱。
「嘘っぽいって失敬な。ではその栄えある私の恋人役を、全然恋人ができない武尊に演らせてあげるよ」
「貴重な白翼種の女を誑かす日本支部の性悪坊主の役をか?」
そういって今度は苦笑いしている。
「そーよ! 嫌ならいいのよ? 日本に帰ったら武尊が金髪美女にデレデレしていたことや、エロ本買って読んでいた事、みんなにばらすから! お坊さんはイメージ商売だから、困るでしょ」
武尊の弱みは握ったからね。
「あのなぁ……そんな事よりも、未成年の空と同じ屋根の下で一緒に暮らしている事や、2人で海外来ている事の方がよっぽど醜聞なの」
「じゃあ、そっちをばらすよ!」
「恐喝は感心しないな。それに、ばらしてどうするよ? 妻帯は認められている宗派だから、空を嫁にすることになるぞ」
「うう?」
「空、あのな」
武尊がないしょ話をするように顔を近づけてきた。
何? と思ったら、鼻にちょん、とキスされた。
「う? うわあ? あああ?」
鼻が、鼻があああーっ!
鼻を押さえてジタバタしていると、横で盛大なため息が聞こえた。
「愛し合っていて、誰も引き裂くのとのできない、結婚を誓い合った仲だっけ? が、コレってお粗末すぎるだろ。あーあ、困った子だなぁ。……ひと肌脱ぐか」
「えっ、脱ぐの? ここで?」
「脱ぐか、ボケが」
ポカリと頭を殴られた。




