23 本部1
ホテルに荷物を預け、外に出た。
外は夕方、仕事帰りなのか観光なのか、たくさんの人が歩いている。緯度が高いせいか、夕方でも外は明るくて、歩いている人も疲れた顔をしていない。この近辺はパリの中でも観光地として有名らしい。
「なんか、おなかすいた。フランス料理食べに行こう!」
「そーだな。せっかくだから、何か旨い物食べたいな」
観光地だけあって、辺りにはいろいろなお店が並び、スーパーマーケットらしきものもあった。
「あった! あったよ、フランス料理。 あれにしようよ!」
すぐ近くの通りにフランスパンにごってりハムやチーズを挟んだサンドイッチが売っている。意外にすぐにフランス料理にありつけそうだ。
お腹すいたし、おいしそうだ。さっさと指さし注文し、「あん(一つ)」といってみると、「one?」と返ってきた。せっかく安藤トロイわ(1 un2 deux3 trois
)って覚えたのに。
武尊も仕方なさそうに一つサンドイッチを選んで注文し、金を払う。
「フランス料理って……これかよ」
ブツブツ文句いっている。
だって、フランスパンだよ? フランス料理だよ!
「川が近くにあるな。川までいって食べるか」
え? 川を見ながら食べるの? もう食べかけてますけど……。
武尊は地図に目を落とすと、さっさと歩きだす。
私はモグモグしながら、慌てて後を追った。辺りは似たような建物ばかりで、さっきのホテルも少し歩けば見失いそうだ。迷子にならないよう、武尊の上着のシャツをつかむ。
なぜだろう。武尊はこっちの人ごみに紛れると、日本ほど目立たない。それは見失う確率も高いということだ。
「ん」
武尊が片手を差し出した。
「ん?」
「手。服、引っ張るな」
武尊の上着シャツから手を離し、武尊の手をしっかり握った。
子供の頃から酷い方向音痴で、出かけるときは母親を見失わないよういつも必死だった。
「おお~ しゃんぜりぜー」
歌いながら手をつなぐと、ここはシャンゼリゼ通りじゃないから、と冷静なツッコミがあった。
デートみたいだね、というと、そーだな、とそっけなく返ってくる。
おや? 武尊にしては素直な返事ですね。
途中でジュースを買い、お菓子屋さんでチョコレートを買い、川原につながる石畳の階段を下りた。可愛らしい歩道、並木、ベンチが現れる。
ベンチに並んで腰掛け、川面を眺めていると、賑やかな小型の船が通り過ぎて行った。
サンドイッチ一つですっかりお腹が膨れてしまった。
「フランス料理は満足か?」
武尊が笑いながら聞くので、もちろん、と答えた。
ブラブラと武尊と手をつないで川原を散歩し、可愛らしい街並みに同化しているホテルに戻る。部屋はちゃんと二つ予約されていた。
「じゃ、明日の朝7時に朝食をとって、8時にロビーでな」
「………わかった」
いよいよ、明日だ。
で、翌朝。
「おお、クロワッサン!」
まずは腹ごしらえですね。
「日本でも食えるだろ」
ご飯派の武尊はボロボロ崩れるサクサククロワッサンが食べにくそうだ。
「本場だよ、本場。で、なんで武尊着物なの?」
武尊は凛々しい袴姿だ。
なかなかよいではないか! 私は清楚な紺のワンピースだ。
「舐められたくないとき、ハッタリかませたいときはキモノって決まってるの」
武尊は事もなげにいう。武尊、ハッタリかませに行くの? ハッタリかませなくても、凄んで脅した方が早そうだけど。
「確かに武尊の袴姿、様になってるし、エラそうだもんね!」
納得だよ。
美味しく朝食終了。8時にホテルの前に車がいた。
メガネが素敵な、金髪を後ろにひっつめている美女が車から降りてきた。落ち着いた雰囲気のマダムって感じの美人だ。
「イノウエソラさん? 初めまして。今日からソラさんの通訳を務めさせていただく宮下です。ジンノタケルさん、ゴブサタしています」
金髪美女が日本語でいった。宮下サンという事は日本人と結婚しているのだろうか。
「空、宮下さんは、父の通訳もしてくれている」
武尊がいう。それにしても、通訳ですか! そんな裏ワザがあるとは。
飛行機はどうの、日本の天候はどうの、当たり障りのない話をしながら、車は進む。可愛らしい街並みが途切れ、森や畑が広がる。
いいかげん眠くなったころ、木立ちの中に、可愛らしいお城のような建物が見えてきた。
「昔、迎賓館として使われてきた建物ですが、本部がフランスに移ってからは、ここが本部として使われています。宿泊施設もあるので、こちらに泊まってもよかったのに」
宮下さんが説明してくれる。
古城の中は、空調が効いていた。
中身は古くないらしい。
カツン、カツンと宮下さんのヒールの音が響く。
『ようこそ、井上空さん!』
宮下さんのヒールの音に対応するようにドアが開き、濃い感じのアゴがお尻なナイスミドルが現れた。
「ようこそ、っていってます。彼は本部の役員のシャルル 」
シャルルの後は聞き取れなかった。シャルルって私の中では金髪の儚い美少年系のイメージだよ。武尊と、濃い感じのアゴがお尻は英語で挨拶して、握手している。
立派な応接室に通され、お茶を飲み、私の登録とやらを始めた。
いきなり、家系図を見せられる。
すでに私の名前が入っている。はああ、なんだこりゃ。
ロベルトさんの両親やら何やらかなり遡ってわかる。母親は井上夏美でカッコがついているだけだ。カッコは鳥人間じゃないって意味だろう。
宮下さんがアゴがお尻の話をわかりやすく通訳してくれた。
名前の確認から始って、生年月日、住所、血液型、身長体重等、個人情報を搾取された。
「登録時には羽の形状も記録します。電子媒体に羽の姿を直接残す事はしません。伝統的な方法で記録しますので、あちらの部屋で着替えてください」
伝統的な方法って何? 魚拓みたいに墨塗ってスタンプするんじゃないでしょうね??
若干嫌な予感を覚えながら案内された部屋に入ると、そこには白い布のような物が折りたたまれて置いてあった。
ギリシャ神話ですか? ってハズカシイ恰好をさせられ、別の部屋に案内されると、そこにワキワキして待っているのは絵筆を持った画家さん?
もう、泣きたい。
「さ、羽を出してください」
出してっていわれても……。
出さない努力はしてきたけれど、出せっていわれるとなかなか出ない。
えーと、こういうときは、チキンラーメンの歌を……。
すぐおいし。
すごくおいし。
精神を統一してヒヨコ踊り。
バサリと音がして羽が出た。
目をあけると、武尊が頭を抱えていた。
宮下さん、何笑ってるんですか。
ちょっと、アゴがお尻まで笑うな! アンタが羽出せっていったんでしょ!
画家だけが目を見張って私を穴の開く程見つめている。
『美しい』
「綺麗だといっています」
宮下さんがすかさず訳してくれる。
『月の光を集めたかのような美しい羽の色、完璧な羽の形、君は宇宙の神秘さえ感じさせる。私は今まで数々の鳥人間の肖像画を描いてきたが、ここまで美しい羽は初めて見た。ああ、神よ! この地上に降り立った天使の姿を描ける事の幸せを……』
「あー、すっごく綺麗だといってます」
宮下さんが訳してくれる。
だいぶ文字数が減ってるけれど、この絵描きさん、褒めてくれてるのね。どうでもいいから、さっさと画いてよ。この恰好ハズカシイから。
『空、本当に美しい。私も驚いたよ。東洋の島にこのような宝石が眠っていたとは』
アゴがお尻が何か言った。
「えー、シャルルも綺麗だっていってます」
宮下さんが訳してくれる。
フランス人は女性をホメるっていうもんね! あれ、イタリア人だっけ?
『では!』
絵描きが気合を入れるのがわかった。
アゴがお尻、武尊が部屋を出て行った。
かなり長時間ポーズをとって疲れた。
絵のモデルさんって、本当にスゴイよ。
私には無理。
トイレ休憩と軽食を挟み、またお絵かきをして、殆ど一日かかってしまった。
『お疲れ様です。とても良い絵が画けました』
画家さんが潤んだ目で私を見つめ、握手を求めてくる。
ちょっと怖い。握手は両手でにぎにぎされた。
描かれた絵は……ううう何なのコレ? 恥ずかしすぎる。死ぬ前に燃やしたい。
羽を中心に詳細に描いたものが一点。これは、何となくわかる。植物画のボタニカルアートみたいな感じ。だが、全身像を描いたこれ、必要なの?
ギリシャ神話をモチーフにしたかのようなハズカシイ衣装をまとい、小首をかしげ、羽を展ばし、恥ずかしそうに微笑む私の姿が! 私、絶対こんな表情してないし。
しかも服は背中が大きくはだけているため、妙にエロっぽい。これ、肖像画っていうより、妄想画だよね!
ガックリと膝をついたところで、アゴがお尻と武尊が部屋に入ってくる。
「うわ」
「オウ」
二人が絵を見て声をあげている。
「と、トイレいかせて。それからご飯……」
宮下さんに言って、私は部屋から逃げ出した。
とりあえず、今日はこれでおしまいらしい。
「ソラさん、タケルさん、お疲れ様です。ホテルまで車で送りますが、途中で食事しませんか? 美味しいレストランをご紹介します」
宮下さんがニッコリ笑って言う。
「いいですね。是非、お願いします」
武尊も嬉しそうにいう。
それから宮下さんオススメのレストランに行って。とっても美味しい食事をして。すごく満足したのだけれど……。
ふと気づくと、いつから切り替わったのか、英語で2人で談笑している。宮下さん、金髪の睫毛バサバサですっごく綺麗。いつの間にかメガネ外してるし。武尊もビシッと背筋を伸ばしたまま表情はくつろいでいる。さすが着なれているだけあって、袴姿も決まっている。でも、ちょっと、デレデレしてない? このイガグリ煩悩坊主!
アウェイですよ。
二人の世界ですよ。
なんか、好い感じですよ。
私お邪魔ですかね?
空は未成年だから飲むなとかいって、二人でワイン飲んじゃってるのも癪にさわる。
っていうか、宮下さん、この後車運転するんですよね!!
フランスはグラス一杯なら大丈夫って、本当ですか??
くっそう、私も飲んでやる。やってらんないよ。
ホテルの前で。
「今日はありがとう、君のおかげで楽しい夜だったよ」
「ええ武尊、私もよ。また明日会えるのを楽しみにしているわ」
というような英会話をしているんじゃないでしょうかね、この2人は。ムード出てるんですけど。私が英語できないってわかってて英会話って何よ。
ムッツリとした顔でホテルに戻る。
「空、疲れたのか? ゴメン、空が疲れているんだったらさっさと食事を切り上げるべきだった」
武尊が私を気遣っていう。
ケッ。よく言うよ、2人の世界だったくせに。
「空の絵、綺麗だった。儚げで、どこか手の届かない所へ飛んで行ってしまいそうで」
私の絵が綺麗、じゃなくて、私が綺麗っていえよ!
んー、何か私やさぐれてるかもしれない。
二人の目を盗んでワイン飲んだせいかな?
あふう。
「空、まさか酒飲んだのか? ちょっと顔赤いぞ。大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。大丈夫ですってば」
「足、ふらついてるし、ロレツあやしいし。全く本当にもうお前は……」
武尊が私をベッドに腰掛けさせ、水を飲ませてくれる。
「ベッドに入って寝ろ」
命令通り、ベッドにごそごそ潜り込む。途中、足をつかまれて、靴を脱がされた。
「おやすみ。水は机に置いておくからな。明日は七時起床だぞ」
「あい。おやすみなさい。おやすみのちゅう」
「は?」
ぐう……。




