22 初めてのおフランス
飛行機の中は、客室乗務員さんも日本人だし、アナウンスも日本語と英語で、全く問題ない。武尊はのんびりとフランスの地図やら、旅行ガイドらしきものを眺めている。これでは夏休みの海外旅行である。
「あの、本部ってフランスのどこにあるの?」
教えてもらってもフランスの地理、わからないけれどさ。
「着陸が地図のここのS空港。で、宿をとったのが、パリのルーブル美術館とかオルセー美術館のある辺り。本部はパリから更に離れた郊外にある。本部の人に、朝ホテルまで迎えに来てくれるよう手配しておいた」
武尊が地図を見せてくれる。武尊は心なしか、いや、かなり楽しそうだ。
「それから、ここがセーヌ川で、ここがノートルダム寺院。こっちがシャンゼリゼ通りで、これが凱旋門。地下鉄を使えばすぐ行ける」
武尊よ、完全なる観光客ですね。私の事、どうでもいいですね。私をさっさと本部の連中に預けて、観光する気ですね……。
「武尊はすっごく楽しそうだね。こっちは昨日の夜眠れなかったっていうのにさ」
ジト目で武尊を睨んでやる。
「あーははは。飯くって、寝ろ」
武尊はシンプルだ。結局武尊の言った通り、その後機内食の時間になり、魚か鶏肉かと聞かれ、魚を選んで食べて、悔しい事にその後ぐうぐう寝てしまった。で、起きると飛行機の下はおフランスだった。のっぺりした大地にパッチワークのように畑が広がっているのが見える。
「おおお、これがおフランスか。緑が足りないね」
それくらいしか、感想は出なかった。
フランスっていうと、おしゃれなマダムが歩いてて、お城があってシンデレラがいるイメージ? なのに、こんな畑ばっかりの国だとは……。そういえば、食の国だったか。美味しい物、いっぱいあるかも。
「空、よく眠っていたな。フランスは夕方だよ。空港からタクシーで宿まで行こう。本当は途中で地下鉄に乗り換えた方が安上がりだけれど……」
武尊が地図を見せてくれるが、「入国審査で聞かれる英会話メモ」を見るのに集中した。カーネ○おじさん&天狗殿の写真も持った。
入国審査はあっけなく終了した。ハンサムな入国審査のお兄さんが(私のお父さんほどハンサムじゃないけどね!)何か聞いてきたけれど、いえす、とか言ってるうちに、ニッコリ笑って、はぶぁないすなんとかとかいって、さっさと通してくれた。逆に時間がかかったのは、武尊だ。質問されまくっていた。やっぱり、外人からみてもカタギの人間には見えないんだね……。合掌。
「それにしても、何この匂い。空港に香水でもまいてあるの?」
そう思うくらい、空港中どこまでいっても甘ーい匂いが続いている。おフランスのマダム達の香水の匂いだろうか。
「確かにすごい匂いだな。空、荷物を貸せ。タクシーひろうぞ」
武尊は荷物を持つと、スタスタ歩いて行ってしまう。私は慌てて後を追った。こんな所で武尊にはぐれたら、どうしていいかわからない。
タクシーに荷物をのせ、私をのせ、運転手に英語で何か言ってホテルの住所らしきメモをみせ、どっかりと後部座席に座る。
それにしても、武尊は英語が得意だ。普通にしゃべっているように見える。
「武尊は英語上手だよね。いつ、どうして勉強したの?」
坊さんに英語ってあんまり必要なさそう。
「英語を勉強しようと思ったのは、英国人のバックパッカーに出会ってからかな。俺が学生の頃、突然外人が寺に泊めてくれってやって来たんだ。自由で気ままでいい加減な人で、あちこちの国を巡り歩いていた。うらやましかったんだよ、彼が」
そういって、武尊は遠い目をした。
「……その頃、息が詰まりそうだったんだ。俺は一人っ子で、寺を継ぐのは決定事項で、周りもアイツは坊主になるって目で見てくる。特になりたい職業があったわけじゃないけれど、それでも坊主確定という圧迫感は大きかった。反抗してもよかったけれど、お袋が病気で倒れて、反抗どころじゃなくなった」
武尊の反抗期って、かなりすごそうだと思ったんだけど。反抗し損ねたのか。
「継ぐのが会社だったら、会社をデカくして儲けてやろう、とか思えたのかもしれないけれど、寺だからな。寺っていうのは、神野家個人の私物ではないんだ。借り物という考え方に近いかな。それを、ずっと守りつとめさせていただく。ど田舎の山寺でね。バックパッカーの彼がどうしても自由に見えて、いつか俺も海外巡りをしたいと思うようになったんだ」
「それで、英語の勉強を?」
「例のバックパッカーはうちにタダで泊まれる事に味をしめて、日本に来たときはわざわざ必ず立ち寄って、英語と日本語ちゃんぽんで土産話をしていく。俺も大学在学中に海外巡りをしてみようと思って彼に同行させてくれと頼んだら、日程が合えばいいよってOKしてくれたんだ。さすがに英語ができないとマズイだろうと思って、自己流だけど一年半必死に勉強したさ。で、肝心の海外巡りは一年に満たない間だったけれど、大学を休学して、彼と一緒にバックパッカーをやった。今でも思い出すのは腹壊して死にそうになった事とか、全身蚊にさされて悶えた夜とか、スリと間違われて片言の英語で必死に弁解した事とか、女に騙さ……大変だった事ばかりだけど、楽しかったな。旅の後は、日本は食いものも水も旨いし、坊主も悪くないと思って、憑き物が落ちたみたいに気分も楽になっていた」
「そか……。海外で女に騙されたのか」
そういえば、武尊の女性遍歴謎だよね。
「そこ、食いつかなくていいから」
苦虫を噛み潰したような顔で武尊がいう。
うーん、もっと聞きたかったのに残念。
「で、英語ペラペラになった、と」
「いや、その時は片言の英語がせいいっぱいだった。仏教系大学卒業して、修行して、坊主試験受けて、剃髪して……、坊主やりながら、妖怪どもの世話を焼いて、サイドビジネスもして、忙しかったけれどボチボチ英語の勉強は続けていた。そこに、絶滅危惧種保存委員会の海外勤務の話があったんだ。日本では、妖怪なんかを保護する小さな組織しかないけれど、ヨーロッパには大規模な組織があって、情報交換をしたり、連携協力して保護活動をしたり、絶滅危惧種の調査や海外種とのすりあわせをしたりしていた。本部から日本人を数人よこせという要請があって、ウチに話があったんだ。親父と俺で仕事しているから、短期なら一人抜けても何とかなるし、海外勤務するつもりで、英会話学校までいって必死で勉強したわけだ。英語が上手く話せない苦労は身に染みていたからね」
なるほど。それくらい年季と気合いれて勉強しなきゃ話せないわけね。
「あれ? でも武尊じゃなくて、武尊のお父さんが海外勤務にいったんだよね?」
「それなんだよ。せっかく必死に勉強したのに、土壇場になって、英語もろくに話せない親父が『絶対に俺が行く』って言いだして、結局、親父が本部に駐在することになったんだ。今になってわかったけれど、親父、ずっと夏美さんとロベルトさんを引き裂いてしまったことを気にしていたんだ。空の事もずっと気にかけていたし、本部に行けば、何かできるって思ったんだろうな。」
ふーん。
武尊のお父さんが頑張ってくれたおかげもあって、ロベルトさんやレオナルド君にも会えたのかな。
でも。
「お父さんや弟に会えたことはよかったとして、私の顔写真を勝手に公開したり、余計な事もしてくれたような気が……するのですが」
「確かに、空にしてみれば余計な事だったのかもしれないな。でも、写真公開していっぱい問い合わせが来たんだろ、人気があるって良い事じゃないのか? 山寺で坊主なんかやってると、出会いもなあ……未亡人のおばあちゃん90歳とかだし。……空はけっこう可愛いし、すぐに誰かの所にいっちゃうんだろうなぁ」
苦労していたのですね。贅沢なコト言ってごめんなさい。
いつも眼光鋭い、カタギにはみえない武尊なのに、ボンヤリした顔でため息をついてる。
なんなの? そのオッサンじみた哀愁は……。
「私は誰の所にも行かないよ」
少なくとも日本語話せない人は却下だよ。
「じゃ、ずっと俺の所にいる?」
前を向いたまま、武尊はいう。
えと。あの。
「……じょーだんだよ。ホテルついたら荷物置いて、飯食いに行こうな」
武尊は私の方をみると、ちょっと笑って頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
読んでくださってありがとうございます。




