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21 海外旅行のお守り

お盆近く、武尊と武尊のお父さんは更にお仕事が忙しく、家を空けることが多くなった。天狗殿はそれをいいことに、武尊のいないときを見計らって「英語教師」としてやってくる。無料でマンツーマンで英語を教えてもらえると思えば、ありがたくないこともないこともないけれど、そう簡単に英語は身に着かない。


武尊からは、一度保存委員会本部へ行くことになる、と脅されている。武尊が英語でやり取りする電話も頻繁になっていて、不穏な雰囲気だ。そんなある日、武尊がとうとう切り出した。


「空、保存委員会の本部へ行くの、いつにする? 本部がそろそろ迎えを寄こすといってきた。今行くなら、空の学校も夏休みだし、親父が家にいるから俺が付き添いとして、一緒に行ってあげられる。秋以降になると、空一人で委員会の連中と海外へ行ってもらうことになる。今俺と行くのと、もっと遅くに一人で行くの、どっちがいい?」


どっちがいい、といわれ、武尊の言葉に飛びついてしまった。


「今行く! 武尊と一緒の方がいい」


「じゃ、そうしような。お盆がすぎれば、俺もちょっとは暇になるし。夏美さんにも連絡をいれておいた方がいいな」


よく考えれば、いやよく考えなくても、「絶対に保存委員会本部へ行かない!」って、つっぱねる選択もあったんだよね。でも、その時は、「学校休んで、一人ぼっちで知らない外人と海外へ行く」or「学校に影響のない夏休み中に、武尊と一緒に海外へ行く」の二択だと思ってしまったのよ。それが敵の手だとわかったときは後の祭りだった。


「じゃ、空の言った通り、夏休み中に行くと本部に連絡したから。航空チケットも、ホテルも予約したからな」


「うー」


「心配しなくていい。俺が一緒に行くから」


「むー」


で。

もう腹をくくって行く事にした。

ロベルトさんやレオナルド君に会って、外国・外人・英語に対する恐怖感は少しだけ薄れた。絶滅危惧種保存委員会の中で私の立場がどうなっているのか知りたい、というのもある。英語も一応お勉強したし。

本部はイギリスにあると思い込んでいたけれど、フランスにあるそうだ。本部のある場所は決まっているわけではなく、イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア等で三年おきに持ち回りで変わるらしい。せっかく英語を勉強したのに、ボンジュールっていうの? と聞いたら、英語でいいといわれた。英語でいいといわれても、………だけどさ。


「空、準備はいいか?」


うぃ。私はお守りを握りしめ、頷く。


「そんなに緊張しなくてもいいのに」


笑いながら武尊はいうけれど、緊張しますとも!

初めての海外デビュー。更に、飛行機自体、あまり乗ったことが無い。

羽の出し入れがある程度制御できるようになったとはいえ、万が一、人ごみの中で羽がニョッキリ出てしまったら? 正直、海外云々よりも、そこが一番不安だった。

だから、私はお守りを持ってきた。絶対羽が出てこないお守り。

国際空港の中は人々でいっぱいだ。


「空、パスポートはあるな? ハンカチは持ったか? スリに気をつけろよ。ほら、大きな荷物は貸せ。荷物を預けてくる」


小さな子供の世話を焼くように、武尊は私の身の回りをチェックする。いつの間にかチェックインも済んでいる。私も武尊もカジュアルなシャツにパンツ姿で、夏休みに海外旅行に出かけるカップルみたいに見えるかもしれない。相変わらず武尊の頭は坊主なので、妙な迫力があるし、年齢不詳だが。


「手荷物検査に行くか」


大きな荷物を預け終わり、「保安検査」と仰々しく書かれた手荷物検査場を指差す。

私はお守りをギュッと握りしめた。荷物検査場は結構人が並んでいる。飛行機に危険物を持ち込ませないために、検査をするだけだとわかっている。でも、検査するヒトが数人立っているのをみると、私が羽を持つ人外だって暴かれそうで怖い。金属探知機であろう黒いゲートも羽に反応しそうで怖い。


「もしかして、飛行機初めてなのか? 怖い?」


武尊があまりに緊張している私に苦笑しながら聞いてくるけれど、私の頭の中は羽の事でいっぱいだ。意識すればするほど、羽が出てきそうだ。


「飛行機は初めてじゃないけれど、ほとんど覚えてなくて。海外は初めて」


いいながら、お守りを見つめる。

お守りとして2枚の写真を持ってきた。白い髭に黒縁メガネの白人紳士の写真と、スーツ姿の背の高い男の写真。


ケン○ッキーフライドチキンのカーネ○おじさんの写真と、天狗殿の写真だ。

この2枚さえあれば、私の羽は出てこない。

羽をしまうときはこの2人を思い浮かべる。それだけで、ゾクリとして瞬時に羽が消えるのだ。だから、この写真さえあれば、大丈夫なはず。


「そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ。ところで、何を大切そうに握りしめているんだ?」


「何でも無いよ。ただのお守り」


武尊が私の手からヒョイ、と写真を一枚抜き取った。

天狗殿の爽やかスマイル写真だ。


「これは……天狗殿の写真? 空、お前……もしかして……」


ちょっと、今が一番大切なときなんだよ!

荷物を検査するヒトが立っている。

この金属探知ゲートを羽を出さずに通り抜けなきゃならないのだよ!

あわてて武尊にとられた写真をひったくって、念仏を唱えながら、写真を拝む。

そうそう、念仏もちょっとだけ、唱えられるようになったんだよ! 正直、英語より念仏を覚える方が早かったよ。


「ハイ、荷物はこちらに。腕時計や携帯、手に持っているものは、このトレーに乗せてください」


先に並んでいた武尊は風貌が怪しいせいか、入念なチェックを受けているようだ。

ついつい挙動が不審になる。

羽が出ませんように。

係員の指示どおり、念仏を唱えながら写真をトレーに乗せた。言われたとおりにしたのに、そっとトレーに置いたケン○キーフライドチキンのカーネ○おじさんの写真をみた係員、爆笑している。こっちにはのっぴきならない事情があるの! 


無事ゲートを通過し、荷物を受け取り、写真を握りしめる。

とりあえず、ホッとする。カーネ○おじさんよ、ありがとう。


その後は特に問題も無く、出国審査を終え、飛行機に乗って出発。

そりゃそうだ。まだ国内で、日本語だし。


武尊は荷物検査が済んだ後から、口数少ない。何か考えごとをしているのか、どこか上の空だ。いったい、どうしたというのだろう? 

離陸して、耳がキーンとなって収まって、飲み物が配られ終わった後、隣の座席に座っていた武尊がいった。



「空、お前……天狗殿のことが好きだったのか?」


はい? 何ですか、藪から棒に。

じっとこちらを見ている武尊の表情はちょっと暗い。


「ヤツの写真を握りしめて、念仏唱えていただろ?」


「普通、好きな人の写真握りしめて念仏唱えますかね?」


「怖いときに思わず頼りたくなる相手なのかな、と思って」


ああ、そゆことね。むしろ、反対だよね。天狗殿をみると怖くてゾビッとして羽が消えるわけだから。でも、ちょっと意地悪して聞いてみちゃう。


「もしそうだったら、どうするの? 私と天狗殿の仲を取り持って、海外お見合いを止めてくれるの?」


武尊が止まるのがわかった。

ピタリと空気が止まり、しばらくして、ため息が漏れた。


「そうか……。そうだったのか……。あー、天狗殿は……頭いいし、稼ぎもいいし、マメだし……、背も高くて……よくよく考えてみれば結構いい男なのかもしれないな。空が嫌がっているとばかり思っていたから……。空は白翼種に嫁いだ方がいいけれど、保存委員会もそう思っているけれど、でも、空が天狗殿と想いあっているのなら……俺は……」


長っ。

途中で聞くの飽きた。

ぶつぶつと何言ってるか、わかんないし。


「もういいよ、天狗殿を好きなわけじゃないから。天狗殿とカーネ○おじさんの写真をみると、怖くて背中がぞみっとして羽が消えるから持ってきたの。もし、人ごみで羽が生えると大変なことになるでしょ?」


小声でいって2枚の写真をみせると、納得したのかプッと吹き出した。



「私はね、海外やお見合いが嫌っていうより、単純に看護師になりたいの。うち、祖母と母と私だけだったでしょ? 祖母がお母さん役で、家事をやってくれて、母がお父さん役で看護師としてバリバリ働いて稼いでいたの。二人ともパワフルで明るい人だったから、特に寂しいと思ったこともなかった。でも、元気な母も、夜勤明けにめちゃくちゃ疲れて青い顔で帰ってくることもあってさ。腰痛持ちだったし。もし、母に何かあったら、私が稼いで母と祖母を守らなきゃいけないんだなって、いつも思ってた。だから、看護学校に行って看護師になれればなんとかなる、って思ってすごく頑張ったんだ。看護学校に受かった時はすごく嬉しくて、すごくホッとしたんだよ」

看護学校は結構学費安いしね。


「結局、祖母は合格前に亡くなってしまったし、母は金持ちそうな人と結婚して、守る必要も無くなっちゃって、なんだかちょっと気が抜けちゃったけれど。でも、せっかくここまで頑張ったんだから、きちんと資格とって、看護師になりたい。私に羽があるっていうだけで結婚しようと思う男なんて、信用できないんだよ。ハッキリいって」


「…………」


「だからさ、羽があっても無くても私の事好きでいてくれる人がいいなあって思う。あとね、ギャンブルと浮気と暴力の人は絶対ダメだって。これは祖母の遺言なんだよ。祖母には私の看護学生になった姿をみせたかったなあ。欲を言えば看護師になった姿も」


武尊は無言で私の頭をわしゃわしゃと撫でた。

わしゃわしゃ。祖母も、昔よくこうして私の頭を撫でてくれた。


「…………よく、頑張ったな」


武尊がぽつんといった。


「武尊、お祖母ちゃんみたい。お祖母ちゃんがほめてくれているみたい」


嬉しくなっていったけど、武尊は変な顔をした。


「お祖母ちゃんみたい、か」


「うん。あとね、たまにね、お父さんみたいなの。えーとね、天狗殿が出てきて怖かったときギュッてしてくれて、そのときね、武尊のことお父さんみたいって思ったの。本物のお父さんは想像していたのとだいぶ違って、ビックリしたけれど」


まさか、実の父がロベルトさんみたいな人だとは思ってもみなかった。

あれはあれですごくいいけどね。


「お父さんみたい、か」


武尊は苦笑している。


「うん」


武尊は微かに目許を弛めると、もう一度わしゃわしゃと私の頭を撫でた。




読んでくださってありがとうございます。

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