帰艦
燃料は相当にギリギリだったが、ヘンダーソンはどうにか雲の切れ間から母艦を視界に納めるにまで至った。燃料計の針はほとんど0を指している。目を離したいが離せない緊迫の心理にあった。
着艦コースに機体をのせたところでとうとう針が0を指した。ギョッと驚くヘンダーソン。だがエンジンはまだ動いている。
ああそういえばとヘンダーソンは飛行学生だった時教官が言っていたことを思い出した。
航空機の姿勢を理由として、時に燃料計は完全に残燃料と連動しない。
今はおそらく機が前傾しているから燃料がエンジンに回っているのだろう。となれば機が水平になればエンジンが停止するやも。
となればやり直しは不可。1発で着艦する必要がある。
けれど問題があった。雲のために母艦の視認が遅れ、着艦するには高度も速度も高いのだ。けれど通常通り、旋回してゆっくりとなんてできない。ポートに速度はついてるが着艦を強行すると伝えてもらった。
甲板ではオーバーランを防ぎ機体を受け止めるためのネットが展開された。左後端では着艦信号士官(LSO)が機体の姿勢や速度を伝えてくれる。
速度が早過ぎると伝えてくるがやり直しができない以上、やはり強行するしかない。
まず通常の手順に反するが出力を0にした。横滑りで速度を削ぎつつ、フラップをいきなり着陸位置にまで下げて減速。少しでも空気抵抗を増やすためにエンジンカウルフラップを最大まで展開しキャノピーも開けた。
時速300キロでランディングギア展開、同時に横滑りを止めた。母艦はもう眼前。母艦後方につけていたトンボ釣り(着艦に失敗し海没した機と搭乗員を救助する作業)の駆逐艦をあっという間に追い越した。
着艦するには未だに速度がつき過ぎていて、フラップのせいで生まれる過剰な揚力のために機体は浮き上がろうとする。操縦桿を押し倒し機体を押し下げる。姿勢は滅茶苦茶。飛行学生時代なら大目玉間違い無し。
飛行甲板に激突するように進入。本来機首が上がり、尾輪が甲板につく三点着陸の姿勢でなければならないところ、機はほとんど水平だった。
速度は依然過早。けれどなんとか、というレベルにまでは落ちた。
着艦の直前、胴体着陸の要領でヘンダーソンは腕を前の計器版に突っ張り衝撃に備えた。
尾輪の前部に備えられている着艦フックが飛行甲板のアレスティング・ワイヤーを捕えた。経験の無い急制動がかかった。金属が軋み、切り裂かれたような不気味極まる音が着艦フックのあたりからした。
パスンとエンジンから音がしてエンジンが止まった。機体が後傾したことで燃料が供給されず、シリンダーに空気だけが送られたために生じた音である。
どうやら、なんとか着艦に成功した。
熾烈な対空砲火の織り成す煉獄への急降下爆撃、2度の空戦、極限状況での着艦でヘンダーソンは肉体も精神も疲労困憊の極致だった。ために自分で立つことすら儘ならず、整備員に引っ張り出してもらわなければならなかった。
ポラリスはドーントレス艦爆19機の内7機、戦闘機10機の内4機を失った。実に半数近くを喪失した。
初の本格的な戦闘、甚大な喪失のためにポラリスの搭乗員は深い精神的ショックを受けていた。
奇襲できると思っていた。それこそ自分達がウォルマス海軍基地でされたのと同じように。けれど敵は油断することなくしっかりと備えていた。
ヘンダーソンは、爆撃及び機銃掃射後、集合点に友軍機がいなかった理由を知った。
爆撃及び機銃掃射終了後、友軍は分隊、小隊毎に比較的編隊を保ったまま集合点に達したらしい。
ところが、偶然か待ち伏せか送り狼(戦闘空域から離脱する敵機を追うこと)かわからないが、そこへ敵戦闘機群が降ってきたとのこと。
特に今まで対潜哨戒の経験しかなかったポラリス搭乗員の大半は、敵基地から離脱したことで気が抜けてしまったらしい。
そこを奇襲されたのだから、惹起された混乱は相当なもので、損害の大半はこの時に出たらしかった。
出撃した搭乗員の半数近くが未帰還になったから、食堂の搭乗員のテーブルには空きが目立った。搭乗員はショックと喪失感のために堅く口を閉ざし、配膳の主計兵は呆然とした。




