急降下爆撃の下
敵基地攻撃から1日が経ち艦隊は西進していた。
ポラリスは戦艦の発する発光信号を受信した。
『13:20 対空電探敵編隊ラシイ一目標探知』」
ラシイ、と付くのはレーダーに敵味方識別の機能が無いためだ。
しかしこの海域に所在する味方艦隊はいない。だからまず間違いなく敵であるを
直ちに『対空戦闘配置ニ付ケ』が艦隊全艦で発令された。
『直掩機搭乗員、甲板ニ急ゲ!』
艦隊に傘をさすべく当番の戦闘機搭乗員が戦闘機に駆ける。
「行くぞポート!」
「え?おいヘンダーソン!」
当たり前だが2人は戦闘機搭乗員ではないし、ポートを呼ぶということは複座のドーンドレスに乗るということ。
確かに飛行甲板には丁度彼らの愛機が復路の哨戒のために待機している。
「戦闘機は無理でも爆弾抱いたヤツなら墜とせる!」
「了解!」
ドーントレスの機体性能では敵戦闘機にはもちろん、敵艦爆であるサイレンにも勝てない。しかし対艦攻撃のために爆弾や魚雷を抱いて鈍重になったサイレンなら撃墜できる。
とこほが2人が飛行甲板に出ると、乗機が整備員に押されてゴロゴロと艦尾の方へ押されていく。まるでこのまま艦尾から海中へ投棄するかのような勢いだ。
ポラリスが風上に向かって急速に転舵を始めたために転びそうになりながら甲板を走って整備員に怒鳴った。
「馬鹿野郎!何してんだ!」
俺の愛機だぞ!出撃するんだぞ!と怒鳴ると整備員も怒鳴り返す。
「阿呆!戦闘機が優先だ!」
後ろで待ってろ!と一喝されてヘンダーソンは大人しく従った。空戦性能では戦闘機に軍配が上がるのは論を俟たないからだ。
また整備員の、上げられる機なら一機でも上げたいとの思いも読み取れた。直接武器を持たない整備員としては、迎撃に参加できるなら機種を問わず一機でも参加してほしいのだ。
「すまない!」
ヘンダーソンは自らの不明を簡潔に詫びると操縦席に収まった。
脇で対空機銃群が忙しく戦闘準備を整えている中、ポラリスは全速力で突っ走り戦闘機の発艦が始まった。ヘンダーソンは発艦準備を整え順番を待つ。
ところがあと二機というところでポラリスが転針した。いよいよ敵編隊が接近し、発艦を打ち切らざるをえなくなったのだ。
ヘンダーソンは自らの力量を頼みに強引に発艦してしまおうかとも思ったが、前を戦闘機二機が塞いでしまっていて、それもかなわなかった。
操縦席から双眼鏡を通して戦闘機と敵編隊を見る。
味方戦闘機が爆弾や魚雷を抱いたサイレンに突撃する。しかし敵の護衛戦闘機がこれに気付きすぐさま乱戦に。1機2機と突破してサイレン編隊に向かうのも見られるが、しかし撃墜したと思われる黒煙は見えない。
一方で戦闘機同士の空戦空域からは幾筋もの黒煙が尾を引いて海面に向かう。敵味方どちらのものかは遠すぎてわからない。
いよいよ艦隊に敵機が近付き、まず外縁の駆逐艦が、次いですぐにポラリスも対空射撃を始めた。
まるで狂乱。上は40ミリ砲から下は12.7ミリ機銃までが一斉に撃ちまくる。その様はまるで狂気に駆られた長髪の女が、その髪を振り乱しているかのようだ。
あまりの音の大きさに風防を閉めた。射撃の衝撃で機は絶えず細かく揺れ、濃い硝煙の匂いが鼻を刺激する。
対空砲火は、特に両空母の間に配された戦艦もあって弾幕は厚い。
……ように見える。しかしヘンダーソンの優秀な視力は対空砲火の稚拙なところのあるのを見抜いていた。
まず照準が拙い。敵機とはまるで関係ない場所で炸裂しているもの、軌跡を描いて飛んでいくものが相当数見られる。あれらは弾幕を形成しているとは言えない。
次に砲弾の信管の設定秒時が甘い。敵機のかなり手前で炸裂する砲弾、逆に遠くで炸裂する砲弾。
よくよく考えてみればポラリスも、まるで射程の違う40ミリ機関砲と12.7ミリ機銃を同時に撃ち始めているのもおかしい。
ともかく、各艦、各人必死の対空戦闘虚しくサイレンの群れはするするとポラリス上空までやってきた。
そしてサイレンの3機編隊が全機一斉に急降下に入った。
対空火器の射撃音、炸裂する音を衝いて液冷エンジンのキーンという音、機体が空気を掻き乱す音が耳に刺さる。
最初、豆粒にも満たない小さな黒点だった敵機は急降下するにしたがいその輪郭を鮮明にする。
強烈な逆ガル翼に備えられたダイブ・ブレーキを展開し逆さ落としに突っ込んでくる。その様子は怪鳥が自分を喰い尽くさんとしているよう。
まるで空に押し潰されるかのような感覚。これが急降下爆撃を受けるということか。
グングンと迫ってきた敵機は、目測400メートルで投弾した。ヘンダーソンは投弾アームが放り出した爆弾から、溶接されているかのように目を離すことができなかった。
爆弾は限りなく真円に見える。向かってくる爆弾が真円に見えたなら、それは命中する。弾頭と自分が一直線に並んでいるからそう見えるのだ、と経験者は言っていた。
では今回のように限りない真円の場合は?高速で落下する爆弾はヘンダーソンの目を振り切った。
次の瞬間、爆弾は全て海に突き刺さり、炸裂によって大量の海水が持ち上げられた。
ヘンダーソンはその凄絶な、しかし美しい光景に不覚にも見惚れてしまった。蒼い海中にカッと閃く真紅、噴き上がる水柱。
見惚れたのも束の間、今度はその間欠泉のように噴き上がった大量の海水が落ちてきた。
1トン爆弾3つによって持ち上げられた厖大な質量の水。
ドシンメキメキと機体が軋んだ。隣の対空機銃群に目を向ければ撃殻薬莢が洗い流され、兵員の中には転んだ者もあった。
「あっ!」
驚いたポートによれば、航空機整備員1名がこの激流のために押し倒されそのまま落水してしまったという。
2人して大急ぎで救命浮き輪を投げようとしたけど、さすがに戦闘行動中の軍艦は早く、手に取った時には整備員は既にあまりに遠くにいた。
この急降下爆撃を最後に敵機は潮が引くように去っていった。
艦隊の損害は、戦艦被雷一、駆逐艦被撃沈一、その他軽破だった。この内駆逐艦については、敵雷撃機からポラリスを守るために身を呈した結果だった。




